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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2014年12月号

分野別課題

情報・コミュニケーション分野での障害者差別とその解消

新谷友良

1 はじめに

障害者差別解消法(以下、差別解消法)は差別解消の枠組みを、差別の禁止・合理的配慮の提供・環境整備の三つの方向から構築した。差別禁止は比較的分かりやすいが、合理的配慮と環境整備との関係は複雑である。特に、情報・コミュニケーション分野では、手話通訳や要約筆記などの人的支援が、ある場面では合理的配慮として提供され、他の場面では環境整備として準備されるため、合理的配慮と環境整備の関係について正確な理解が求められる。

2 差別について

差別解消法は差別の内容についての詳細な規定を置かず、基本方針・対応要領・対応指針の記載に委ねることとしている。ただ、内閣府が作成した「障害者差別解消法Q&A集」は「障害があるということだけで、正当な理由なく、商品やサービスの提供を拒否したり、制限したり、条件を付けたりするような不当な差別的取扱い」と「社会的障壁を取り除くために必要で合理的な配慮を行わないことで、障害のある人の権利利益が侵害される場合」を差別と説明しているので、「障害を理由とするあらゆる区別、排除又は制限と合理的配慮の不提供」が差別解消法の禁止する「差別」の内実と考えられる。

情報・コミュニケーション分野での差別(区別・排除・制限)は赤裸々な形で現れる(たとえば博物館や美術館が目の見えない・聞こえない人の入館を断わる)ことは稀で、特別な配慮をしない(たとえば、入館拒否しないが、特別な字幕・解説サービスは準備しないなど)形で差別的取り扱いがなされることが圧倒的である。そのため、差別への気づきがまず問題となり、次に求められる配慮が何かを考えることが連続する。ある集まりで、参加した聴覚障害者が「磁気ループを用意してほしい。それがないと聞こえない」と声を出すことで、集まりの主催者は初めて差別的取り扱いをしていることに気づき、必要な合理的配慮あるいは環境整備が何かを知ることになる。

3 合理的配慮について

差別解消法は「合理的配慮」の定義規定を置いてはいないが、条文の中で「その事務又は事業を行うに当たり、障害者から現に社会的障壁の除去を必要としている旨の意思の表明があった場合において、その実施に伴う負担が過重でないときは、障害者の権利利益を侵害することとならないよう、当該障害者の性別、年齢及び障害の状態に応じて、社会的障壁の除去の実施について必要かつ合理的な配慮をしなければならない。」(第7条、第8条)としている。また、前述の「障害者差別解消法Q&A集」は合理的配慮を「社会的障壁を取り除くために、障害のある方に対し、個別の状況に応じて行われる配慮」と説明している。

この条文、説明で特徴的なフレーズは「障害者からの個別の意思の表明」と「個別の状況に応じた配慮」であり、後述の「環境整備」との相違は大きくこの点に関わる。「職場の研修実施に当たって資料の事前配布があり、当日の研修がスライドを多用して進行される場合はCART(文字通訳)の準備は過重な負担となる」という例が「障害を持つアメリカ人法(ADA)」の聴覚障害事例集に紹介されている。「個別の意思の表明」や「個別の状況に応じた配慮」は、合理的配慮の柔軟性を示す謳(うた)い文句だが、それ自体が新たな負担を生みだすと同時に、ADAの例のように合理的配慮提供に消極的に作用する点には十分注意する必要がある。

4 環境整備について

差別解消法は「社会的障壁の除去の実施についての必要かつ合理的な配慮を的確に行うため、(中略)必要な環境の整備に努めなければならない。」という環境整備の規定を第5条に置いている。例として、目の見えない人へのガイドヘルプは多くの場合、合理的配慮であり、駅のエレベーターは環境整備とされる。

情報・コミュニケーション分野は、個人対個人、個人対多数、多数対多数のさまざまな関係が切り結ばれる。前述したように手話通訳や要約筆記などの人的支援もさまざまな場面で利用されるが、合理的配慮の要件を考えると個人対個人では合理的配慮として、多数対多数では環境整備として利用される傾向が想定される。これを字幕表示に進めれば、テレビ字幕は多人数が自由に利用する典型的な環境整備である。

また、情報・コミュニケーション分野の技術の進歩は、合理的配慮が圧倒的であった個人対個人においても、音声認識技術をもとにする会話のプラットホーム(会話支援)整備をもたらし、当事者が自由にプラットホームを利用してコミュニケーションする形が今後増えていくことが予想される。

5 まとめ

差別解消法は行政機関、事業者に障害を理由とする差別の禁止を求めているが、差別の禁止が実効的なものになるかどうかは行政機関、事業者そして社会一般の差別に対する意識の度合い、敏感さがカギになる。そして、この障害者差別に対する意識の強弱が、配慮義務を巡る当事者間の混沌を整理し、合理的配慮の水準を決めていく。

差別解消法は障害に対する意識向上を国民の責務(第4条)としたが、障害者権利条約は「意識向上」を条約の非常に重要な課題としてとらえている(第8条)。差別解消の枠組みは障害を理由とした差別禁止、合理的配慮の提供、環境整備、そして障害に対する社会の意識向上の4点から構築する必要があると思える。

(しんたにともよし 一般社団法人全日本難聴者・中途失聴者団体連合会理事長)