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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2014年12月号

分野別課題

司法手続

大胡田誠

1 はじめに

日本における司法手続は、障がいのない人を想定してその仕組みが作られている。

したがって、わが国における訴訟手続に関する諸法令の中で、障がいのある人が司法手続を利用することを想定した規定はほとんどないといってよい。わずかに、民事訴訟法154条1項および刑事訴訟法176条で、聴覚障がいのある人に対する裁判の場での手話通訳等の保障が規定されているのみである。

しかし、当然ながら、障がいのある人が障がいのない人と平等に司法手続に関与するために必要となる配慮は、これらにとどまるものではない。

ところで、2016年4月より施行される障害者差別解消法(以下、「差別解消法」という)では、三権分立の観点から、裁判所は、同法第3章に規定する差別の禁止等に係る具体的な措置を行うべき対象機関とはなっていない。すなわち、司法手続における合理的配慮等については、差別解消法に根拠を求めることができないのである(ただし、司法手続のうち、犯罪捜査および受刑は行政に分類されるので、差別解消法が適用される)。そのため、この分野における合理的配慮については、民事訴訟法、刑事訴訟法ないし裁判所規則の改正等によって、障害者権利条約がその第13条「司法手続の利用の機会」において定める水準を達成する必要がある。本稿では、そのことを前提に、刑事訴訟、民事訴訟のそれぞれについて、障がいのある人が、平等に司法手続を利用するために必要となる事項について考えてみたい。

2 刑事訴訟に関する課題と求められる配慮

(1)犯罪捜査の過程における配慮

犯罪捜査の過程では、以下のように、障がい特性に適合した捜査方法が取られる必要がある。

まず、知的障がいのある人は、理解できていないことについても分かっているかのように対応したり、捜査官の誘導に迎合する傾向があるといわれている。また、精神障がいのある人(発達障がいのある人をも含む)や知的障がいのある人は、抽象的な概念の理解が困難であったり、独自の過程で物事を考えることがあるため、その人をよく知る人物(少なくとも障がい特性を理解している人物)が取り調べに同席する必要がある。このような配慮を欠いて取り調べが行われた場合、事実を大きく見誤る危険性があり、実際に、冤罪事件も生じている(重度知的障がいのある人が連続強盗犯人の濡れ衣を着せられたいわゆる「宇都宮事件」等)。

また、情報保障の点においても、単に筆記や手話・点字を形式的に提供することでは不十分であり、その者が日ごろ慣れ親しんでいる手段によりコミュニケーションがなされなければならない。たとえば、日本語対応手話利用者に日本手話による通訳が行われた事例や、文書を読むことができない聴覚障がいのある人に対して筆談による取調べが行われた事例が報告されている。

(2)刑事裁判における配慮

次に、障がいのある人が刑事裁判の当事者となった場合、たとえば、視覚障がいや聴覚障がい、知的障がいをもつ被告人に対する適切な情報保障、知的障がいや発達障がいをもつ被告人の供述特性を十分に理解した立会人の配置など、障がいをもつ被告人がその障がいゆえに不当な判決を受けることのないよう、裁判所による万全の合理的配慮が行われなければならない。

また、障がいのある人が裁判員に選ばれた場合には、その人がその職務を果たすことができるよう、適切な情報保障や補助者の配置等を行うことが必要である。

3 民事訴訟に関する課題と求められる配慮

現行制度では、一連の民事訴訟手続のほとんどは書字情報のやり取りによって行われているところ、書字情報を自由に読み書きすることができない視覚障がいのある人や、難解な訴訟関係書類の内容を理解することが難しい知的障がいのある人にとっては、このことが民事訴訟手続を利用する上での大きな壁となる。また、裁判所でのやり取りは、口頭で会話ができることを当然の前提としており、聴覚障がいのある人や、難解な言葉を直ちに理解することが難しい知的障がいのある人にとっては、このような仕組みも大きな障害となる。

そのため、民事訴訟においては、障がいのある人が当事者となった場合に、適切な情報伝達方法を使用すること、ないし適切な補助者を付与することを制度として保障する必要がある。

また、現行制度では、たとえば、聴覚障がいのある人が手話通訳などを使用して裁判を行い、敗訴判決を受けた場合、通訳費用がその人の負担となる可能性がある。障がいのある人の裁判を受ける権利を実質化するためには、合理的配慮のために生じた費用は、すべて国が負担することを明確に定めることが必要である。

4 研修制度の充実

現在、わが国の司法関係者のほとんどは、障がい者や福祉分野について十分な理解を有しているとはいえない。

障がいのある人の司法手続の利用を保障するためには、前述した制度の整備のみならず、実際に制度を運営する司法関係者が、障害者権利条約や障がいのある人に対する支援の方法などを理解することが必要である。そのためには、司法関係者に対する、継続的で専門的なプログラムと、座学だけではなく実地体験を含む研修体制を全国均一に整備する必要がある。

(おおごだまこと 弁護士)