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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2014年12月号

文学やアートにおける日本の文化史

鬼・障害者・江戸川柳(番外編)

花田春兆

博学の関義男さんの、行き届いた文章と鬼の写真に裏打ちされた「鬼と山と障害者」(本誌2014年2月号)に魅かれて、あやかろうと、「山」を「江戸川柳」と置き換えての同じ三題噺を、企むだけならまだしも、予告までしてしまったのだ。

鬼・障害者、となら、俳句より川柳の方が相応しかろうと思ったのと、たまたま目にした川柳柳樽(やなぎだる)、これをアンチョコにすれば案外いけそうだ、と早とちりしたのが運の尽き。どうにも身動きできなくなっていた。そそった犯人は?清水勲著の「江戸のまんが」。タイトルはやさしいが、まんがといってもいわゆる漫画もその中に組み入れた江戸浮世絵全体から、古代日本の絵巻物まで視野に収めた本格的学術書だ。

ただ視力・体調・その他諸々の条件が重なって、開いたページの2、3行を拾うのがやっとで、とても読んだと言える状態ではない。

だが、同じ耐えるにしても、ユーモア溢れるゆとりを豊かに湛えているばかりか、その底には何者にも屈しない、明るくしたたかな根性を据え、果ては、時空を超えた全世界、否、全宇宙を我が物顔にしてしまっている江戸庶民への懐かしさは、募ってくる。

でも、前編、中編まで綴った段階で、立ち往生…。それを助けてくれたのが編集部のSさん。古川柳*1や誹風柳多留(はいふうやなぎだる)*2の約3000句をつぶさに点検されて、それらしい句を拾い挙げてくれた。いくつか紹介しよう。

関取のうしろに暗いあんま取
指先の六つの点で知る天地
因果な物で銭儲けする見せもの師
終い湯に一本足が跳んで来る
按摩取りいびきを聞くと手抜きをし
せきばらいごぜも少々にが笑い
ごぜの尻たゝけば無理な目を開キ
弐三人見物のあるごぜの灸
ごぜの供何をはなすかにこつかせ
おれもよい男とごぜをくどく也

ただご覧のように、ごぜ・あん摩・1本足のお馴染みのほか、あまり目新しい作句例はお目にかかれないような気がする。長きに渡った徳川中期の引き締め政策による生産力の頭打ちや、打ち続く天変地異などの災害が重なっての、物資不足が招いた耐乏生活を余儀なくされている江戸庶民が、ものを大切にするこころに乗せて、歌い上げた詩がこれら川柳というわけ。川柳作家たちの目は、障害者より、世の権力者たちの方へ向きたがったのではないか、と思えてくる。いわゆる反骨精神?

一方、絵にした川柳とも呼べそうな戯画をはじめ、絵巻物も含めた浮世絵には、雅俗・貴賎を問わず多くの障害者が登場する。

その代表的傑作で風格もあるのが、葛飾北斎の「北斎漫画」。大のお気に入りで、吹聴したくてたまらず、私の「ゑびす曼陀羅」(DVD)に挿入させてもらった。

また、最近も実際に見て来た坂部明浩君情報によれば、東京駅八重洲口から日本橋に通じる地下コンコースの壁を埋め尽くす大絵巻(オリジナルの複製版)「熈代勝覧」(きだいしょうらん)には、1805年の頃の、琵琶法師、ごぜ・座頭をはじめ、あん摩、片足、車いすのような箱車、門(かど)付け、物乞いから一般農民、町民、職業も大家のご隠居から居候、地方を歩いてきたと思われる虚無僧や六部や願人坊主、山伏など、実にさまざまな人たちが行き交い、活気ある商いの町日本橋の目抜き通り(神田今川橋~富士山を臨む日本橋)が描かれている。

日本橋はまた、「時の鐘」といって今の時計代わりの鐘が聞こえていたところだ。時の鐘は石町(現在の日本橋室町4丁目付近)にあったもので、今は十思(じっし)公園にあるそうだ。こちらのヒントを与えてくれたのが堀沢繁治君。堀沢君は、今年の本誌2月号「高齢障害者問題」の特集をしたときに執筆してくれ、「車生考」の編集人だ。そこで連載中の「江戸市中引廻」がおもしろい。自身の電動車椅子で江戸の町を古地図を基に歩いているのだ。

石町の時の鐘の川柳には、「石町の江戸を寝かせたり起こしたり」「石町の鐘はオランダまで聞こえ」とある。オランダというのは、実は十思公園のすぐ近くにオランダ人を江戸で泊めた長崎屋があったからなのだ。江戸っ子は、興味本位で見に行ったらしいが、異国のオランダ人を見て「鬼」「赤鬼」だと思ったものも居たに違いない。

また、日本橋を歩く山伏も六部(巡礼する宗教者)も“本当の鬼”を見てきたように語ったかもしれない。鬼も障害者も身近な話題だったのではないだろうか。

「鬼・障害者・江戸川柳」の三題噺も、長くシルクロードの旅から巡り巡ってここ、お江戸日本橋で、大円団となった。しかもアジアから日本、そしてオランダまでがつながってしまったのだ。

仰臥の夢昆倫山の秋に酔う
餅腹のまどろみに観む我が卒寿
初夢もシルクロードを翔けたしや

番外編は楽しんでいただけただろうか。

(はなだしゅんちょう 俳人、本誌編集委員)


【参考文献サイト】

*1 http://www.jscf.org/jscf/SYOHYOU/hanada-3.htm

*2 http://homepage3.nifty.com/muratoma/yanagigakusyuu.htm