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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2015年4月号

期待と夢

頸髄損傷者の未来の生活

横田恒一

四肢マヒの頸髄損傷者のそう遠くない未来の生活を希望を込めて物語風に紹介します。

主人公は「けいそん二郎」、32歳独身、練馬区在住、会社員。頸髄損傷のため首から下はマヒしていてほとんど動かすことができない。

二郎は練馬区郊外の福祉系マンションの一室に一人で住んでいる。ここは、障害者、高齢者が住人の3割を占め、ヘルパーステーション、訪問看護ステーションの出張所があり、職員が常駐している。住人もヘルパーステーションに登録しているので困った時はすぐ対応してもらえる。

20××年3月○○日(月)朝、今日も新しい1日が始まる。

朝6時。カーテンが開き、ベッドサイドのモニターに朝刊のデジタル版が映し出される。毎朝6時に動作するようホームコントローラー(環境制御装置)にセットしてある。今では、家電製品は家庭内LANに接続され、ホームコントローラーから制御できるようになった。

二郎は差し込む陽の光で目覚める。昨夜もよく眠れた。体温調節機能付き毛布とエアコンのおかげだ。寝ている間、胸に付けてある体温センサーと交信して、寒くもなく暑くもない快適な温度に調節してくれる。

「次ページ。拡大」と二郎は音声で朝刊を読み進める。ホームコントローラーには音声認識機能が付き、音声で操作できる。朝刊にiPS細胞の記事が載っている。『頸損者は医学の進歩により生み出され、いつか医学の進歩により消滅するのだろう。脊髄損傷が治る日はいつなのだろうか』

朝7時。起床。二郎が物思いにふけっていると、玄関のベルが鳴り、モニターに訪問者が映しだされる。ヘルパーのゆかさんだ。「玄関、オープン」、二郎は声で自動玄関を開ける。「おはようございます」と言いながらゆかさんが寝室に入ってくる。彼女は福祉系大学の2年生で同じマンションに家族と住んでいる。大学に行く前にちょっとアルバイト。パワーアシストスーツを装着して介護を始める。このスーツは、腰と上肢をアシストしてくれるので小柄な彼女でも男性を無理なく介護できる。世間話をしながら、二郎を体位交換させながら着替えをさせて、リフターを使ってベッドから電動車いすへトランスファーさせる。

二郎は、体温調節機能付きベストを愛用している。このベストのおかげで冬は厚着をすることがなく、夏の暑い日の外出も苦にならなくなった。

朝食。二郎はゆかさんが作ってくれた朝食を食べ始める。二郎の電動車いすにはロボットアームが取り付けてあり、上肢の代わりをしてくれる。「トーストが食べたい」と言えば、ロボットアームが自らトーストを掴(つか)み口元まで運んでくれる。ロボットアームには人工知能が搭載され、半自動的に動作するのでかつての難しい操作は必要なくなった。ロボットアームのおかげでヘルパーさんは食事介助をする必要がない。二郎が食べている間に、ゆかさんは昼食のお弁当を用意して、「お疲れ様でした」と言いながら笑顔で帰って行く。進化した福祉機器のおかげで、以前の半分の時間で介護を終えられるようになった。

朝9時。勤務開始。二郎は大手旅行会社に勤務し、高齢者・障害者向け部署に所属している。担当は所属部署のWebサイトのメンテナンス。時々、車いす使用者のための海外ツアーの企画も担当している。

週のうち在宅勤務が3日、オフィス勤務が2日。今日は在宅勤務日なので、自宅から会社のシステムにログインして作業をする。ログインすると、同時にバーチャルオフィスシステム(テレビ会議システム)にも接続され、ディスプレイに同僚の顔が映しだされる。「おはようございます」と朝の挨拶をしながら仕事を開始する。

PCには音声認識ソフトがインストールされているので、ほとんどの操作を音声でできる。「メールソフト起動。受信ボックスオープン。次のメール」と声で操作していく。もちろん、テキスト入力も音声で行う。今では、ほとんど手を使わずにPCを操作できるようになった。

昼12時。昼食。二郎は用意してあるお弁当を一人ロボットアームで食べる。

午後1時。外出。今日は、ある特別支援学校高等部様との修学旅行企画会議に参加するために会社へ向かわなければならない。予約してあるとおり、ヘルパーのようこさんが来て、外出の準備をしてくれる。ようこさんも同じマンションの住人で、子どもが学校に行っている間、ヘルパーの仕事をしている。同じマンションに住んでいるため、短い時間の介護でも頼みやすい。ようこさんとは玄関で別れ、二郎はひとり会社へ電動車いすで向かった。今ではバスも電車もアクセシビリティ化が進み、介助なしに一人で乗れるようになった。

残念ながら誌面の都合上、この物語はここで終わりです。この先、二郎はベッドに入り眠りに落ちるまで、どのような技術・機器を使い、どのような生活を送るのでしょうか。みなさんも未来の生活を想像してみてください。

(よこたこういち 東京頸髄損傷者連絡会副会長)