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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2015年4月号

期待と夢

喉摘者の言語発声支援装置の現状と今後

松山雅則

1 はじめに

喉頭摘出手術を受けた人(以下、喉摘者という)の最大の後遺症は、コミュニケーション手段である音声機能の喪失です。言葉を知ってはいるが、声が出ないのです。喉摘者は訓練により代替音声での意思伝達が可能です。代替音声としては食道発声、電気式人工喉頭(EL)発声、シャント発声、会話補助装置による発声、笛式人工喉頭発声(利用者は少ない)などがあります。これらの代替音声は自力発声であれ、機器を使う発声であれ、健常者の発声には遠く及ばない弱点が多数あります。喉摘者が望む発声支援装置とは、代替音声の弱点を緩和する違和感のない発声支援機器です。すなわち、騒音対応、明瞭な音質、自然な抑揚、ハンズフリー、小型軽量、廉価、目立たない外観などが要求されます。

2 自力発声の支援装置(食道発声、シャント発声)

食道発声は食道に空気を取り込み、その空気を排出するとき食道の粘膜を振動させて声を作ります。食道発声は機器に頼らない便利さの反面、大きい声は難しく、騒音のある場所では厳しいです。また、一定期間の発声訓練が必要です。

シャント発声は、声を作る場所は食道発声と同じですが、食道と気管の間に通路を作り肺の空気を食道へ導入して発声します。訓練期間が短く、大きめの声が習得できますが費用がかかり、清掃と定期的な病院通いが欠かせません。そこで、ケアが簡単で、低コストの食道発声の弱点を補完する装置の開発が活発に行われています。すでに、音量増幅を目的とした拡声装置はありますがハウリング、携帯性、ハンズフリー、目立たない外観という点では問題があります。

これらの問題解決のためワイヤレスマイク、ワイヤレススピーカーや骨伝導マイクを利用する研究が進んでいます。骨伝導マイクは、話し手の声が頭蓋骨を振動させることを利用して音声を再現します1)。本人の発声振動音だけを拾い、周りの環境音声を拾うことがないので騒音現場での音声伝達に実用化されています。これを食道発声支援装置に利用することにより、ハウリングの解決や騒音下の伝達には有効であり、また、ワイヤレス化によりハンズフリーと外観を解決できます。残された課題は、マイクの接触安定性と低価格です。

3 機器による発声支援装置の進化(EL発声、会話補助装置)

機器を使う代替発声装置としては、ELや会話補助装置などがありますが、ELは第二次世界大戦中、喉頭摘出手術を受けた戦傷者のためにアメリカで開発された発声支援装置で、円筒状の先端の振動板を顎下の皮膚面に当ててブザー音を喉の内部に取り込み発声します。食道発声の習得が難しい人や早く職場復帰したい人はEL発声を選択します。EL発声は、比較的短期間に習得できますが片手がふさがり、器械音声に違和感を覚える人もいます。

これら弱点を克服するためハンズフリー、抑揚制御機能付き、小型軽量の目立たない外観のELの開発が進められ、最近では、スイッチの強弱で抑揚をコントロールできる機器が市販されて歌を歌えるものもあります。

ハンズフリー、目立たない外観への取り組みとしては、EL機器の小型薄型化によって顎下にネックバンドで固定し、前腕部の腕時計のようなセンサーを動かしてON/OFFおよび抑揚を制御するELをテスト中です2)

最近の会話補助装置の研究では合成音声のほか、「自分らしさ」を示す発声支援装置が開発されていて、声を失う恐れのある人に対し、声を失う前に本人の声で音声ライブラリを作り、声を失った後に再現して伝達音声として利用するものが試作されています3)。今後、ELの器械とこの会話補助装置の合体が進めば、さらに使いやすい自分の声での発声支援装置が生まれるでしょう。

4 近い将来期待したい発声支援装置

食道発声、シャント発声、EL発声の音声を補聴器型や眼鏡型の目立たない骨伝導マイクなどで発声振動を拾い、「手術前の自分の声」や「健常者モデルの声」に再現して発話する小型軽量の騒音対応の発声支援装置の実用化をまずは期待しています。さらに発声音が無くても口、舌、唇など構音機能の動きで「手術前の自分の声」、または「健常者モデルによる声」を再現するスマホレベルの発声支援機器が完成すれば、理想の発声支援装置になるでしょう。しかし、喉適者の究極の願いは、iPS細胞による声帯再生による自分独自の声の再現かもしれません。

(まつやままさのり 公益社団法人銀鈴会会長)


【文献】

1)北海道医療大学、西沢典子教授、玉重詠子准教授、北海道大学、本間明宏准教授、武市紀人講師、岩崎電子KK 中津政典部長『骨固定型ピックアップを用いた食道発声支援装置用骨伝導マイクロホンの開発』
http://www.noastec.jp/kinouindex/data2011/pdf/01/S10.pdf

2)大阪工業大学、松井謙二教授『ユーザーと共に発声支援装置の開発』 電気学会誌Vol.134(2014)No.4、pp216―219、2014年4月

3)株式会社ウォンツ『言語障害者向けに人間味のある声で会話補助する支援機器の改良に向けた開発』障害者自立支援機器等開発促進事業平成23年度報告書