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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2015年5月号

「校産校消」を目指した取り組みと特別支援学校における食育指導

吉田清美

「先生、明日の給食は何?」「今日の給食はトルコライスだね。楽しみだな~」

私が勤務する長崎県立佐世保特別支援学校の子どもたちは生き生きとした表情で給食の話をしてくれる。言葉がなくても、好きな献立が出るといつもより口をたくさん動かして、一生懸命に飲みこもうとしてくれる。食に携わる仕事をする者として、何ともうれしい瞬間である。

佐世保特別支援学校は長崎県の北部に位置し、知的障害教育部門と肢体不自由教育部門を併せもつ特別支援学校である。各部門とも小学部から高等部まであり、「健康・協力・自立」の校訓のもと、「健康でたくましく、生き抜く児童生徒」を目指す児童生徒像の一つにあげ、日々の学習に取り組んでいる。

特別支援学校における食育では、「食生活に対する正しい理解」と「望ましい食習慣」を身に付けることだけでなく、生命の維持や健康状態の回復や保持、増進など、障害による健康上の困難を改善・克服し、将来の自立を見据えて必要な知識や技能、態度などを身に付けることも大きな課題だとされている。そのため、特別支援学校の食育は、児童生徒の「いのち」を守り育てることにつながる指導の中心だといわれている。

また、「障害のある児童生徒が、将来自立し、社会参加するための基盤として、望ましい食習慣を身に付け、自らの健康を自己管理する力や食物の安全性等を自ら判断する力などを身に付けることは極めて重要なこと」1)だと言われている。そこで、本校においても児童生徒の生涯にわたる健康のため、学校給食を教材として利用しながら、健全で安全な食生活を実践し、健康で豊かな人間性を育んでいけるよう、栄養や食事のとり方などについての、「生きる力」を育むことを目指した食育に取り組んでいる。

その一環として、本校の学校給食では、「おいしく楽しく、安全に」をモットーに、子どもたちの食に対する関心を高めるため、地域の特産物や地場産物、そして、校内で生産した農作物を使用した給食作りに取り組んでいる。特に、校内で生産した農作物の使用については、「地産地消」に合わせて「校産校消」と称し、年間を通して子どもたちが栽培学習や作業学習で育てた農作物を給食に使用している。

校産校消への取り組みは、あらかじめ教育課程に合わせて給食の年間の献立計画を立てるところから始まる。特に、知的障害教育部門高等部の農業班においては、春はグリンピースやスナップエンドウ、夏はなすやきゅうり、ピーマン、秋はさつまいも、冬は大根、人参と、実にさまざまな農作物を育てている。そこを中心に、給食の献立にもそれらの農作物を組み込んでいる。校内産の農作物の収穫時期がずれた場合に使用材料の変更をするなど、柔軟な対応も必要である。

校内の農作物を給食に使用するにあたって、彼らの作業を取材することもある。夏の暑い日の草むしりから、冬の寒い日の大根の水洗いまで、実に丁寧な作業を行なっており、頭が下がる思いである。農業班が育てる農作物はどれも立派だ。しかも無農薬なので安全であり、給食の使用日に合わせて収穫してくれるため、何といっても新鮮でおいしい。味も香りも天下一品である。出来上がった給食もその日は一段とおいしく感じられる。本校給食の自慢の一つである。

また、関連した取り組みとして、高等部の農業班が栽培・収穫したグリンピースを、小学部の子どもがサヤ出しをし、給食に使用することもある。子どもらは最初こそ戸惑うものの、真剣にグリンピースと格闘し、徐々にサヤ出しを進めていく。グリンピースの香りや手触りを確認したり、転がしてみたり…。本物に触れることで、子どもらの食べ物への関心がさらに高まるのを感じる。サヤ出しをした後に1年生が描いたグリンピースの絵がとても上手で、担任教諭と一緒に感動したものである。そうして取り出されたグリンピースを調理員に託し、その日の給食で食べる。その日はもちろん、グリンピースの栄養についても一緒に学ぶ。自分たちが手掛けたものを食べるという喜びに、普段グリンピースが苦手な子どもも一つ二つと食べることができた。まさに、学校給食が食育の生きた教材として活用できた取り組みだったように思われる。

このような校産校消の取り組みを行う日には、必ず全校に向けて情報を発信する。そのことにより高等部農業班の生徒は、小中学部の子どもや職員から感謝されたり声をかけられることにより、労働の喜びを感じ、栽培意欲が向上しているようである。また、校内で食材に関する話題が多くなり、保護者にも通信等で情報を提供することで、学校全体の食材に対する興味関心の高まりを感じている。そして、給食を食べた子どもたちにおいては、農作物や給食作りに関わった人々への感謝の気持ちをもつという点で教育効果があったと考えられる。

ただ一つ残念なことは、農作物を提供してくれる高等部農業班の生徒は給食がなく、実際にできあがった給食を食べることができないことだ。なので、提供してもらった農作物と、それを使って作った給食の写真に合わせ、給食を食べた小中学部の子どもたちの感想や感謝の気持ちを「感謝状」として渡している。また、毎年1月に行われる全国学校給食週間に合わせて、校内でできた大根・人参を使って豚汁を作り、農業班の生徒と一緒にいただいたこともある。そうすることで、農業班の生徒らも、自分たちが栽培している農作物と実際の料理が結びつき、料理への興味関心が高まったようだ。

この他にも、小中学部の子どもたちが掘ったさつまいもで給食のさつまいもごはんを作ったり、学級園でできた2本のきゅうりを、「給食に使ってください」と大事に持ってきてくれるクラスもある。きっと、いつも一生懸命野菜を育ててくれる先輩たちへの憧れもあるのだろう。何とも誇らしげな顔で持ってきてくれる。このような校産校消の取り組みは給食だけでなく、バザーでの販売や、自分たちで栽培した農作物を使って調理実習をしたり、家庭に持ち帰って家族と味わったりと多岐にわたり実施している。

このように、校産校消を進めることで、学校給食はより「生きた教材」としての価値を高め、子どもたちは食べることを通して、心身の健康や食文化への理解、生産者や自然の恵みへの感謝の気持ちや社会性を学ぶよい機会となっている。

本校の学校給食は1年間に約190回程度繰り返し行われる教育活動である。給食には子どもたちが大好きな「食べる」という活動を伴い、モチベーションも高まる。苦手な食べ物も学校でみんなと一緒ならがんばって食べられるという子どももいる。楽しみにしていたゼリーを食べるために、がんばって自分で蓋(ふた)を開けようとする子どももいる。食べるということは子どもたちの意欲を高めることができる機会である。そこに一人ひとりのニーズに応じた食育を上手に組み込み、「生きる力」を養うことで、その子のQOLを向上させることにもつなげることができると思われる。たとえば、給食の献立や使用している食材の名前と実物をマッチングさせたり、給食の選択メニューを利用して自分が食べたいものを他者に伝えたり、給食指導を通して食事のマナーを身に付けさせることを目指したりなど、その可能性は大きな広がりをもっている。給食は本当に素晴らしい教育の場である。

その他の給食を教材として利用した食育の取り組みとして、食形態への取り組みがある。本校に通う児童生徒の中には、障害のため「食べること」への支援が必要な子どもも在籍している。支援の内容はさまざまだが、咀嚼(そしゃく)(食べものをかみ砕くこと)や、嚥下(えんげ)(食物を飲み込むこと)などへの支援が必要な子どもたちにとっては、食べる機能に応じた食形態での食事をすることが、食べる機能の発達のために必要な行為である。また、無理なく食べられることで食べることが楽しくなり、生き生きとした時間を過ごすことができる。このような子どもたちにとっては、給食を「食べること」自体が、「生きる力」を育むための重要な食育である。

そこで本校の学校給食では、子どもたちの食べる機能に応じたより安全な学校給食を提供し、食べる機能の発達を促すために、普通食の他に、中期食(絹ごし豆腐くらいの柔らかさのもので押しつぶし機能の練習食)、初期食(ヨーグルト状のもので嚥下、補食機能の練習食)を作っている。中期食の肉や魚は、生の状態でペースト状にし、芋類や豆腐をつなぎとして加えて蒸すことで、ちょうどいい硬さのテリーヌにする。野菜類は圧力鍋を使って調理することで、上あごと舌でつぶせる硬さに仕上げる。主食はおかゆやパンがゆ、柔らかい麺である。パンがゆは牛乳や砂糖、マーガリンを使って作るためほんのり甘く、子どもたちにも人気がある。初期食は、中期食をさらにペースト状に調理したものである。業務用のミキサーを使用し、食材によってはさらにこし器でこすことで、粒もなく滑らかな状態に仕上がる。この食形態への取り組みは9年目になるが、個人の食べる機能に応じた給食を提供しているため誤嚥などが減り、初期食から中期食へ段階が上がる子どもが出てくるなど、機能獲得の練習食としての役割も果たしている。

食べることは、生きる基本であり、子どもたちの心身の健康の源でもある。楽しく、おいしく、安全に給食を食べながら、子どもたちの持てる力を可能な限り伸ばし、食べる意欲や食べる機能、食事に必要な体の動き等を含め、将来の自立に向けた、食における「生きる力」を身に付けられたら素晴らしいことであろう。学校の時間割に「食育」という教科はないが、年間190回の給食の積み重ねと、学校生活全般で行われる食育活動、そして家庭との連携した指導により、子どもたちの将来の自立に向けた「生きる力」という大きな花を咲かせることができると信じている。

子どもたちは、日々たくさんのことを学びどんどん成長していく。スピードに個人差はあれど、どの子もたくさんの可能性を秘めた存在である。学校を卒業した後、それぞれの道を進み、社会の中で生きていく。

食べる内容や方法は違っても、食べることは一生続く活動であり、豊かな人生にとっても欠かせないものである。社会の中で心身ともに健康で、多くの人たちと関わりながら楽しく生活を送るために、食への生きる力を育むことは、子どもたちの健康で輝かしい未来に通じているであろう。そのためにも、子どもたちが給食を通していろいろな食経験を積み、友達や先生方と関わりながら、安全に楽しく食事ができる力を身に付けることができるよう、今後も本校の給食管理と食育活動に邁進していきたいと思う。

(よしだきよみ 長崎県立佐世保特別支援学校栄養教諭)


【参考文献】

1)文部科学省「食に関する指導の手引―第一次改訂版―」p176