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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2015年7月号

ADA施行後の高等教育での障害者対応

千葉俊之

1990年に施行された「障害をもつアメリカ人法」Americans with Disabilities Act(ADA)は、米国の障害をもつ当事者にどのような暮らしをもたらしたのだろうか。「ADA施行後の高等教育での障害者対応」について、私がカンザス大学在籍中の1年間(2008年)に見聞したこと、感じたことや思うことなどをまとめる。

私は胸髄5番以下の脊髄損傷で手動車いすに乗っている。日常生活動作(ADL)の食事・更衣・移動はほぼすべて自立している。

カンザス州滞在中に所属した組織はResearch and Training Center on Independent Living(RTC/IL)である。
http://www.rtcil.org/

当研究所の目的は、障害をもつ当事者が地域社会で自立して生活するための研究や、そのための実践的な取り組みを行うことである。所長のグレン・ホワイト教授も私と同様、アクシデントにより脊髄を損傷して車いすを使って生活している。

まずカンザス大学の住宅支援について簡単に述べる。大学の広大な敷地内には寮があり、当初、私もその中のバリアフリールームを紹介された。その建物は傾斜地の中腹に位置していたため、手動車いすの私にとって、毎日の通学のためにその傾斜を上るのはとても大変だった。そのため、やむなくそこを2週間で退居して、市内の民間のアパートを借りることになった。

市内の不動産屋を訪ねたが、車いすユーザーが感じる、賃貸物件を借りる際に感じる不便・差別的な対応を感じることはなく、自分が希望する条件(場所、家賃、手動車いすで利用できること)に合った物件を紹介してくれて、スムーズに契約することができた。さらに、使いにくい箇所があれば改善するから遠慮なく言ってくれとのことであった。ADAが住環境の面で実質的に障害当事者の生活をサポートしていることを実感するとともに、特筆すべきは、その効力が私のような、研修のために滞在している外国人にも及んでいることである。

次に、介護ヘルパー制度(日本でいう総合支援法上の居宅介護)が利用できないか、地元の自立生活センターであるIndependence, Inc.と交渉した。
http://www.independenceinc.org/

障害をもった人の自立生活を支援するサービスをPersonal Care Attendant(PCA)という。残念ながら、社会保険番号を持たず、メディケアにも加入していない私は、サービスを受ける資格がないとのことだった。そこでPCAの利用を断念して、個人的なルートでヘルパーを確保した。

ここから、カンザス大学における障害をもった学生の支援について述べる。障害をもった学生は、まずStudent Access Servicesにアクセスする。
http://access.ku.edu/

最初に、自分が大学生活を送るうえでいかなるサービスが必要かをカウンセラーと相談する。その内容は、障害の種別によって多岐にわたる(移動、介助、ノートテイク、手話通訳、テスト受験時の配慮など)。

カンザス大学は起伏のある地形に位置しているので、手動車いすを使う私にとってはキャンパス内の移動をどうするかが心配だったため、スタッフにはキャンパス内をどのような経路や設備(エレベーターやスロープ)で移動できるかについて説明を受けた。

カンザス大学のあるローレンス市には、T Lift Paratransitというサービスがあり、ADA上で認められた障害をもっていれば、ドアtoドアの送迎を片道2ドルでサービスしている。
http://lawrencetransit.org/ada-services

カンザス大学内には、障害をもった学生の学生生活をサポートするとともに、大学のアクセシビリティをさらに向上させるために活動する学生で構成されるAble-Hawksという組織があり、障害をもった学生が中心となって、カンザス大学が、さまざまな多様性をもった学生に対応できるようになるためにどうしたらいいか活動をしていた。

現在の日本の大学においては、活発に活動するこのような組織が存在しているケースと、活動自体が皆無なところと差があるのが現状だと考えられる。このような活動を小規模な大学内に創り、それを実質的に維持していくのは困難だが、学生の中でも少数派に位置する障害をもった学生たちをサポートするための取り組みは、小規模な大学においてより意義があるため、わが国においても、全国障害学生支援センターのような、大学間を横断する組織による障害学生を支援する枠組みは重要と考えられる。
http://www.nscsd.jp

わが国の差別解消の取り組みは、国際社会の中ではどのような位置づけとなるのだろうか。2006年に国連が障害者権利条約を策定し、隣国の韓国をはじめとした諸外国においては、障害者の差別禁止法が制定されている。わが国でも一部の地方自治体で差別禁止条例が制定されるとともに、2012年には障害者差別解消法が制定された。同法は2016年に施行となるが、バリアフリー化などの合理的配慮が求められており、大学も対象となる。一見、立法の上では着々と高等教育における差別解消の動きが進んでいる。

しかしながら前記の流れのみで、障害をもった若者たちの高等教育を受ける機会がより増えていくとは思えない。なぜならば、現行の義務教育における特別支援教育は、高等教育を受ける意欲のある障害当事者を引き上げる制度設計になっていないからである。特別支援教育と高等教育に存在するギャップに橋を架けることこそが、高等教育における差別解消の動きにおいては肝要となる。

(ちばとしゆき 東京大学医学系研究科博士課程)