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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2015年7月号

ほんの森

手のひらから広がる未来
ヘレン・ケラーになった女子大生

荒美有紀著

評者 岡本明

朝日新聞出版
〒104-8011
中央区築地5-3-2
定価 1296円(税込)
TEL 03-5541-8757
http://publications.asahi.com/

耳が聴こえず、目も見えず、さらに車いす。大学で就活に励んでいた荒 美有紀さんはその状態になってしまった。栃木の自然の中で育ち、クラブ活動ではフルートを楽しんでいた彼女が「神経線維腫症2型」を発症したのは16歳。身体中の神経に腫瘍ができる難病である。不調は耳から始まった。難聴は徐々に進み、授業や受験勉強にも支障が出てきて楽しい高校生活は一変した。しかし「大学で一からやり直そう!」と発奮し、1年浪人して明治学院大学のフランス文学科に見事合格。

新たな大学生活で青春を取り戻せるかに思えたのだが、難聴が進んでほとんど聞こえなくなり、3年生になると視覚や手にも異常が出始めた。そしてある日、猛烈な頭痛に襲われ緊急手術。脳の腫瘍の手術だったが、脳圧が高く、腫瘍は摘出できなかった。そしてしばらくして眼もまったく見えない全盲ろう状態になってしまったのだ。

この絶望的な状態の中で心もボロボロになって、泣き叫び、打ち沈んだ彼女は、やがて頼りになる支援者に出会う。「ゆゆさん」として登場する臨床心理士の武内祐子さん。「みゆ」こと美有紀さんの手のひらに文字を書きながら、自然に優しく心を解きほぐしていく。臨床心理士という立場を超えた、人としての温かさが伝わってくる。ヘレン・ケラーとサリバン先生にも似た関係である。ゆゆさんは友人との交流が途絶えたみゆさんにブログを提案する。これによって彼女の新たな世界が広がった。

みゆさんは、多くの支援者たちの支えによって少しずつ本来の明るさを取り戻し、大学も無事卒業した。さらには恋人もでき、以前と同じように、いや、以前以上に幸せを感じられるようになったその過程が、素直に描かれている。この種の本にありがちな、障害にめげず頑張った、耐えた、という力みがない。決して軽い内容ではないにもかかわらず、彼とのデートでのやり取りや、好きなマカロンを食べてフランスに思いを馳せることなど、何か青春小説を読んでいるような感じすらする、と言ってはみゆさんに失礼だろうか。

盲ろうという障害は日本ではあまり知られていない。この本が広く読まれて盲ろうに対する理解が進むことを望みたい。

なお、本書は荒さんの活動の場であり、理事を務める「東京盲ろう者友の会」を経由して購入すると、代金の一部が友の会の運営資金に役立てられるとのことである。

(おかもとあきら 筑波技術大学名誉教授、全国盲ろう者協会評議員)


●東京盲ろう者友の会
〒111-0053 東京都台東区浅草橋1-32-6
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