音声ブラウザご使用の方向け: ナビメニューを飛ばして本文へ ナビメニューへ

  

「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2015年7月号

報告

「ダスキン・アジア太平洋障害者リーダー育成事業」第16期生成果発表会

那須里美

去る6月6日(土)に「ダスキン・アジア太平洋障害者リーダー育成事業」第16期生6人の成果発表会が戸山サンライズ(東京都新宿区)で実施されました。

「ダスキン・アジア太平洋障害者リーダー育成事業」は、(公財)ダスキン愛の輪基金から委託を受け、本協会が実施しています。本事業は、各国・地域の障害者福祉の向上に寄与する人材育成を目的として、1999年に開始されました。16期生は日本での10か月で得た学びと将来の夢をテーマに、約100人の参加者に向けて成果発表を行いました。

ここで、2人の発表内容の一部をご紹介します。

1人は、ウー・ジョンハン(通称:マイケル)さんです。マイケルさんは難聴者で、両耳に補聴器を装用しています。台湾では、口話でコミュニケーションを取っていました。日本でも「音声」日本語を学べば不自由はないと考えていましたが、聴力が低下していたため、「音」による日本語習得に限界がありました。そこで、コミュニケーション手段としての「日本手話」が登場します。手話講師に太鼓判を押されるまでに上達しても、マイケルさんは手話での会話に違和感を禁じ得ず、日本語の口話に頼りがちでした。

そんな彼を変えたのが、年末年始に行われたホームステイです。マイケルさんのホストファミリーは、青森県在住のデフファミリーでした。そこには小学生の女の子がいました。恥ずかしがり屋でしたが、手話や身振り手振りを交え、マイケルさんが分かるよう、工夫しながら話しかけてくれました。マイケルさんはその優しい気遣いに感動し、2人は年の離れた兄妹のように仲良くなったそうです。

そして、楽しかったホームステイが終わった時、マイケルさんは手話に抵抗がなくなっただけでなく、手話での会話を楽しむまでになっている自分に気付きました。小さな女の子との出会いが、彼のコミュニケーションにおける心的バリアを除いてくれたのです。

このエピソードは私たちスタッフも初耳で、彼の変化の過程を知ることができました。マイケルさんは個別研修でさらに学びを深め、「聞こえない自分」を受容したと言います。そして、台湾で身に付けた「聴者の文化」と日本で学んだ「ろう者の文化」の両方を尊重し、両者が共感し合える環境を作るという夢を抱くようになりました。

次に、インド出身のウムール・ヘール(通称:モナ)さんです。モナさんは骨形成不全症という障害に加え、女性であるがゆえに、周囲から大好きな学業を諦(あきら)めるよう言われ続けました。しかし、持ち前のバイタリティと聡明さで、親元を離れ、大学進学を果たしました。

そんなサクセスストーリーを持つモナさんですが、事あるごとに自己批判し、自分を追い込んでいたそうです。「可愛い」と褒(ほ)められても、彼女には「だからあなたは強いリーダーになれない」という侮辱的発言にしか聞こえませんでした。しかし、ピア・カウンセリングを通して、自己信頼を回復したモナさんは「いつも完璧な私じゃなくていい」と思えるようになりました。会場にはモナさんの研修受け入れ団体の方も駆けつけており、彼女の内面的変化に小さな歓声が上がりました。

しかし、モナさんの発表で最も盛り上がりを見せたのは、将来の夢が語られた時です。「私は女性初の国連事務総長になります!」と右手を突き上げ、声高らかに宣言した時、会場には割れんばかりの拍手が鳴り響きました。これは発表前日に急遽(きゅうきょ)、付け加えられた内容であり、まさに「サプライズ」演出でした。

本稿では2人の研修生の発表内容のみご紹介しましたが、すべての研修生に共通するキーワードを挙げるなら「自己開示」です。モナさんもマイケルさんも障害や自分自身に対する負の感情を、自国で語ることはありませんでした。彼らの「他に開かれた姿勢」は、研修の成果であると私たちは考えています。

帰国後の持続可能な活動を支える要因の一つに「ネットワーキング」があります。本研修では「ネットワーキング」を意識したプログラムも組み込まれており、そこで彼らが得た学びが「ネットワーク作りの大前提は自らがオープンであること」なのです。実際、研修生が出会う日本のリーダーは、自らの経験や思いを惜しげなく彼らに話してくれます。それに促されるように、彼らも心の奥に隠してきた思いを明かしていったのでしょう。

成果発表会の参加者は、研修生からの口コミで開催を知った方が大半で、遠くは兵庫県から足を運んでくださいました。会場にあふれる柔和な雰囲気は、彼らが日本で育んできたネットワーキングが、緩やかだけど温かいものであると私たちに教えてくれました。自国でもさまざまな人と出会い、繋(つな)がり、日本で見つけた夢を叶えてくれることを願ってやみません。

本事業のホームページ(http://www.normanet.ne.jp/~duskin/)では、卒業生の活動報告も掲載しています。卒業生がどのようなネットワークを形成し、活動を展開しているのか、ぜひご覧になってください。

最後になりましたが、成果発表会に参加してくださった皆さま、16期生の研修を支えてくださった関係先等の方々に心からお礼申し上げます。今後とも16期生をどうぞよろしくお願いいたします。

(なすさとみ 日本障害者リハビリテーション協会研修課)


●口話:残存聴力を利用し、相手の唇の形や動きを見て、話の内容を理解し、自らも音声言語を話すこと

●デフファミリー:家族全員がろう者である家族

●ピア・カウンセリング:『ピア』とは「対等」「仲間」という意味であり、障害のある人同士が対等な立場で話を聞き合い、共感し合い、仲間同士で支え合うことを目的としている