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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2015年9月号

パラレルレポートで守るべきものとは

松本正志

1 はじめに

2015年6月に、全日本ろうあ連盟(以下、連盟)発祥の地である群馬県で第63回全国ろうあ者大会が開催され、連盟創立70周年事業として設立記念碑を建てた。記念碑は、私たちの先輩たちが汗と涙を流しながら多くの苦難を乗り越えて連盟組織を守り続け、差別と人権侵害とたたかってきた70年の歴史を象徴するものである。

大会では評議員会や一般向けの聴覚障害者問題に関わる研究分科会等が開催され、3千人を超える参加者が集い議論を交わした。大会では障害者差別解消法(以下、差別解消法)や障害者権利条約(以下、権利条約)が大きな関心をもって議論がなされ、2016年以降の動向が注目されている。

2 権利条約批准前後の日本

権利条約では、前文に障害者の多様性を認め、自ら選択をする自由の重要性を明記している。また、第2条の定義において、「言語」として音声言語と「手話」が列記されている。これはわが国の国内法にも大きな影響を与え、改正障害者基本法にも同様の記述がなされたことは記憶に新しい。第21条では、公的な活動において手話の使用を認め、促進することを明記している。

これらの記述を踏まえ、先の改正障害者基本法や差別解消法では、これまでの法律とは異なり、手話の言語的位置づけや、アクセシビリティに対する考え方がより具体的になっている。これは聴覚障害者の権利保障を大きく前進させるものである。一方で、権利条約や差別解消法には「合理的配慮」と「過重な負担」という文言が出てきているが、何をもって「過重な負担」とするのか明白になっていない。我々聴覚障害者の社会参加がどこまで進むかは、「合理的配慮」と「過重な負担」の運用にかかっているといっても過言ではない。

3 政府報告書に期待すること

現在、日本政府は、2016年2月に提出する政府報告書の作成に取り組んでおり、障害者政策委員会では、第三次障害者基本計画の進捗状況をモニタリングしているが、その結果を政府報告書に盛り込むかどうかは曖昧なままである。障害者基本計画に盛り込まれていない部分はモニタリングの対象外となりやすく、このモニタリングの結果が政府報告書へそのまま活用されるのであれば、権利条約のモニタリングが十分に行えているとは言い難い。第三次障害者基本計画のモニタリングを踏まえ、現状の課題をありのままに報告することが政府報告書には求められているのではないだろうか。

聴覚障害者施策で言えば手話通訳制度が挙げられる。手話通訳制度はこれまで養成・派遣を中心に進められてきたが、自治体ごとに配置されるべき手話通訳の設置は、全国で30%弱と非常に低い設置率となっている。第三次基本計画では、全国各地の手話通訳制度の達成率については記述があるが、その内容(質)や今後の対応については触れられていない。またこれまでの政府調査では、身体障害者手帳を取得している聴覚障害者が使用する主なコミュニケーション手段や情報アクセスにかかる手段についてのデータが存在していない。仮に手話通訳制度が100%の達成率をクリアしても、制度を使用するユーザー数が把握されていないため、達成率そのものが有効かどうかも分からない状況である。日本政府には今回のレポートを機に、障害者のあらゆるデータを収集し、それを踏まえた新たな障害者制度設計を期待したい。

4 パラレルレポートへの取り組み

障害者団体によるパラレルレポートは、JDF(日本障害フォーラム)を中心に、その内容を当事者団体同士で議論していく必要はあるが、聴覚障害者にとって重要な点として「手話の言語性がいかに施策に反映されてきたか、今後どのように反映させていくか」が挙げられる。

手話は福祉分野で啓発普及や手話通訳者の養成がなされてきているが、手話の言語性について明確に記述される条例や法律が増えつつある現在、手話は生活すべてに横断的な「情報アクセスの一つ」として認知され、あらゆる情報は手話や字幕といった視覚的情報でも必ず提供される必要がある。

聴覚障害者は、これまで「手話」の自然な獲得や社会での情報アクセスにおいて常に制限をされてきた歴史がある。今後は、こういった「日本政府が作ってきた社会による制限」をいかに減らすかが重要となってくる。

そのためには、私たち聴覚障害者の生命線ともいえる手話通訳制度の向上とそれを担う手話通訳者の絶対数の増加が必要であり、そのための制度設計が重要となるのだが、残念ながらそれらはまだ取り組まれていない。また、障害者の多くが直面するであろう「労働場面」での合理的配慮について、その具体例がすでに厚生労働省より示されているが、「手話」「手話通訳」といった人的支援については合理的配慮の具体例に含まれておらず、これらも課題として挙げるべき問題である。

折しも、手話通訳制度が記述されている障害者総合支援法の施行3年目の見直しが現在進められているが、福祉財源の有限性について厳しい議論が交わされている。この流れは、権利条約や差別解消法における「過重な負担」の線引き論とも重複しており、今後の福祉の風向きが地域における相互扶助を含めたボランティアに重きを置き、後退に導いているような気配さえある。

パラレルレポートは、障害者施策の成果と課題を当事者の視点から冷静に分析していかなければならない。そうすることで日本の障害者福祉が建設的に見直され、大きく向上することを願ってやまない。

(まつもとまさし 一般財団法人全日本ろうあ連盟理事)