音声ブラウザご使用の方向け: ナビメニューを飛ばして本文へ ナビメニューへ

「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2015年9月号

政府報告書への期待、私たちの課題

大濱眞

1 政府報告書への願い

2002年に国連で障害者権利条約の交渉が始まってから13年が経過した。わが国は、国内法の整備を経て、2014年に同条約を批准した。権利条約の規定により、批准から2年後に、国連の障害者権利委員会に対して、最初の政府報告書を提出しなければならない。つまり、来年が最初の政府報告の提出の年である。今後は、条約の締約国として、わが国の障害者施策がどのような状況なのか、条約に基づいて国連から審査されることになる。日本は先進国であり、しかも、国内法整備の後に条約を批准したという経緯から、審査する側の国連や障害者権利委員会の期待も高いのかもしれない。

政府報告書のとりまとめは、現在、外務省が行なっている。条約第35条及び第4条第3項を踏まえれば、障害者や障害者団体との緊密な協議を経て、政府報告書を作成することになる。このため、内閣府の障害者政策委員会の意見を踏まえるとの方針を示しており、それを受けて障害者政策委員会も、第3次障害者基本計画の進捗状況のモニタリングを通じて、政府報告書に盛り込むことを求めていくことになる。

私自身も、障害者政策委員会の委員の1人として、これらの議論に関わってきた。その立場から、最初の政府報告書では「正直で客観的な報告書」であることが重要だと考える。たとえば、障害者権利委員会のガイドラインにも、条約の規定を達成できている点とできていない点をきちんと報告すべきことが記載されている。先日、来日した前障害者権利委員会委員長のロン・マッカラム氏も、5月29日の障害者政策委員会での講演で「正直な(honest)報告書が歓迎される」と発言していた。つまり、単に法令や諸制度を羅列しただけの報告書では不十分、ということだ。

この数年、わが国の障害者施策が急速に進展してきたことは間違いない。まだまだ不十分ではあるが、地域生活のための福祉サービスの量や質も以前に比べれば充実してきている。バリアフリーも、依然として地域間格差は大きいが、着実に進展している。障害者の就労も伸びている。差別解消法や雇用促進法では、差別の禁止と合理的配慮の提供義務が明記された。数字や事実として示すことができるデータは、政府報告書に盛り込むべきである。

しかし、問題や課題がたくさん残っていることも否定できない。たとえば、条約第6条は女性障害者についての施策を締約国に求めているが、その基礎となる統計やデータなどがわが国で十分に整備されていない。第12条では法的能力の平等性が規定されており、「代行決定」から「支援つき意思決定」への移行のために後見人制度を根本的に見直すように、障害者権利委員会は各国に求めている。第19条の地域生活はどうだろうか。地域で暮らすための福祉サービスは十分か。入所施設からの地域移行はどれだけ進んでいるのか。精神科病院や精神病床のあり方についてもさまざまな議論が続いている。第24条のインクルーシブ教育はどうだろうか。2013年に学校教育法施行令が改正され、それまで法律上で規定されていた分離教育制度は一応なくなった。しかし、実態は普通学校や普通学級に通う障害児童・生徒がどれだけ増えているのか。学校や学校行事に親の付き添いなどの条件を求められているケースも減っていないのが現状だ。

これまでの成果とともに、多くの課題が残されていることがわかる。「正直な」報告とは、書きにくいことも書くということであり、簡単ではない。しかし、課題もきちんと示すことは、その後の施策の前進に大いに役立つ。障害者団体もそれに協力しやすくなる。

ニュージーランドの政府報告書は、課題もきちんと書かれた非常に「正直な」内容であったため、障害者権利委員会からも高く評価された。ニュージーランドは先進国であり、手話が公用語の一つに定められているほか、入所施設廃止など、障害者施策でも手本となる法制度を備えている。そうした国が「正直な」報告を出す誠実さは、これまた世界の手本となっている。日本も同様に世界の主要先進国の一員として手本となるべき国である。ぜひ「正直な」報告書を求めたい。

2 パラレルレポートの課題

さて、私たち民間団体のパラレルレポートはどうあるべきか。これは、政府報告書には触れられていない点や法制度と実態の差などを民間団体が明らかにするレポートであり、障害者権利委員会が政府に対して出す最終見解の中で、懸念事項や勧告の材料とすることを目的としている。日本政府が審査(建設的対話)の対象になるのは、2018年から2019年ごろと言われている。パラレルレポートは、その国の民間団体であれば障害者権利委員会にいくつでも提出できるが、なるべく団体間で意見を集約して提出してほしいと強く要請されている。またレポートの量も、内容をきちんと読み込むために適切な量が求められている。

それでは、2018年前までにパラレルレポートを作成するにはどのようなことが必要になるだろうか。まず、広く意見や事例を収集するための仕組みが挙げられる。JDF構成団体を含めた障害者団体や、女性問題など他の人権問題に取り組んでいて国連へのレポート提出などの実績を持つ団体、学識経験者などが緩やかに幅広く交流し共同作業を進める枠組みが必要であろう。このような体制作りには、他国の経験なども参考にしながら進める必要があろう。

内容は、障害者の生活実態や統計、データを踏まえた説得力のあるものにしなければならない。批判のための批判は不適切である。このためにも、幅広い協力関係、データ収集や分析、実態調査の体制の構築が不可欠である。

(おおはままこと 公益社団法人全国脊髄損傷者連合会副代表理事)