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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2015年12月号

1着の服が生き方を変える。
自分らしさを求めよう。

鈴木綾

出産後、急激に体調を崩し、私は絶望の淵にいた。精神的にひどく落ち込み生きていく力も失くしていた。誰にも言えない辛く孤独な闘いだった。

もう大丈夫と思えるまでに回復した時、ある事を知った。障害者、高齢者の服の問題だった。服が身体に合わないために満足な装いができず、外出をためらっているという現実を知る。人を元気にするはずのファッションが人を苦しめていることに衝撃を受けた。

苦しさを経て気付いた私の使命

「満足に服が着られない」その思いが、鏡を見るのさえ苦痛だった自分と重なった。外に出ず孤立することの危険を誰にも味わってほしくない。

ファッションが心の闇に光をさすことができるのではないだろうか。それまで20年間、服作りをしてきた私は、初めて耳にした障害者とファッションについての資料を探した。しかし、着たいと思える素敵なものは見つけられない。ならば自分でと、試作を作っては車いすに乗り、試着修正を繰り返し研究する中、出会った方々から「受傷してから好きだった服が着られなくなり悔しい」、「本当は可愛い服が着たいけど着せてもらっているから言えない」などの悲しむ声をたくさん聞いた。

『残りの人生、人の役に立つ仕事で生きる』と強く誓った。

アトリエエスプリローブ開業

人に寄り添った服作りを!ファッションの力で人と人とを繋(つな)ぎ孤立を防ぐ!という思いを胸に2011年、アトリエエスプリローブを創業。仏語で精神・魂(エスプリ)と衣服(ローブ)を繋げたこの造語は『想いを込めた服作り』という意味がある。

その頃私が作っていた服は、障害の有無や体型等にかかわらず誰もが着られるということを謡(うた)ったものだった。しかし、その後私は、着る人本人の希望を叶える服作りへ移行した。お客様に出会うたびに、本人に寄り添った服を作りたいという思いが強くなっていった。

体型や障害をとっても誰ひとり同じ人はいない。デザインと機能性どちらも両立させる服作りは、これまでに味わったことがない奥深さでデザイナーとして喜びの極みであった。

3つのミッション「個の尊重・デザイン・社会参加」

私が作る服は、人の尊厳を守ること、機能性を併せ持つデザインであること、おしゃれをして街の中に出ることを後押しするものであること。

お客様が望む服のイメージを伺い、デザインから縫製をするオーダーメイドと、持ち込まれた服を身体に合わせ着脱しやすくデザインチェンジするリメイクがある。

オーダーメイドでは、寝たきりの方の寝巻き兼日常着、胃瘻(いろう)の方の腰巻き、床を膝で移動する方の膝パッド内臓パンツ、座って綺麗なラインを保つ車いすの方のスカート、パンツ、ワンピース、フォーマルウェアの他、さまざまな種類の製作をしてきた。

リメイクでは、パンツを車いす利用時でも排泄しやすい構造に、座位で露出してしまう背中をカバーする構造に、車いすで和服を着崩れしないようにするなどあらゆる要望に応えている。どれもおしゃれなデザインであることは大前提である。

結果、作り手の想いと着る人の背景を知る愛情のこもった魅力ある服が仕上がる。リピートしてくださるお客様も多く、その都度改良され、生活スタイルや体に合った服へとバージョンアップされていくことは私にとっても喜びである。

服の困りごとを私に打ち明けてくださるお客様に感謝し、デザイナーという仕事に真摯に向き合っていきたいと思う。誰もが着られる服作りから、一人ひとりに合った服作りへと転換したきっかけとなったお客様の声が今日も私を突き動かす。

「誰でも着られる服ではなく、私が着られる服を着たい」

目指すのは人と人との支え合いのネットワーク作り

実際のところ、服作りだけでは多様な社会を築き、孤立を防ぐことは難しい。そのため、よりリアルに人と人が繋がれるイベントの開催を全国各地で行う。現役の理学療法士とチームを組み、参加者の身体の状態を把握して服のアドバイスをするイベントだ。

ファッションには、「無理かも」と思ってしまう気持ちを「挑戦してみよう!」という前向きな気持ちへと変える力がある。たった1着の服との出合いが生き方そのものを変えることもある。イベントに参加するなど、一歩を踏み出すことができれば、そこには新たな出会いがあり、出会った仲間は時に支え合い励まし合える。

ファッションは自分らしさを表現できる。自分らしく生きることを望むのは、決して悪いことではない。悩みを抱える本人が声を上げそれを受け止める社会、お互いを支え合うネットワーク作りを、私は製作する服やイベントを通し実現する。

(すずきあや アトリエエスプリローブ代表)