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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2016年1月号

座談会
障害者差別解消法が地域で果たす役割

勝連文緒(かつれんふみお)
障がいのある人もない人もいのち輝く条例づくりの会事務局長
金政玉(きむじょんおく)
明石市福祉部福祉総務課障害者施策担当課長
土岐達志(ときたつし)
長崎障害フォーラム会長
高梨憲司(たかなしけんじ)
千葉県障害のある人の相談に関する調整委員会委員長
司会 中西由起子(なかにしゆきこ)
アジア・ディスアビリティ・インスティテート代表、本誌編集委員

中西 2016年4月に障害者差別解消法(以下「差別解消法」)が施行されます。本日は法律や条例が地域の中でどのように生かされているか、また、差別解消法を強力に推進できる体制を一緒に考えていきたいと思います。

まず初めに、簡単に自己紹介をお願いします。

高梨 千葉県が2006年に全国に先駆けて条例を制定した際に、条例案づくりに関わりました。現在は県の障害のある人の相談に関する調整委員会の委員長をさせていただき、条例や法の趣旨を理解していただくとともにその解決に当たっています。そのほかに、千葉市の視覚障害者団体のお手伝いもさせていただいています。

勝連 私は沖縄県で「障がいのある人もない人もいのち輝く条例づくりの会」(以下「条例づくりの会」)の事務局長をしています。条例づくりの会として、条例に関するガイドブックを作ろうと編集に取りかかっています。今年の4月くらいに刊行したいと思っています。ほかに、スタッフと一緒にろう学校や親の会などに聞き取り調査を行なっています。それをガイドブックにも反映したいと考えています。

土岐 長崎障害フォーラムの会長をさせていただいています。平成24年1月に、県内20の障害者団体で長崎県障害者差別禁止条例制定推進協議会を立ち上げました。当初から、差別禁止条例制定に積極的な県会議員にも加わっていただき、併せて議員提案で条例をつくろうという動きもあって、平成25年5月に、「障害のある人もない人も共に生きる平和な長崎県づくり条例」が県議会で全会一致で可決・成立しました。九州で2番目、全国で7番目の条例制定になりました。その後、県民の皆さん方に理解していただくために、積極的な広報や理解促進を図る活動を推進していこうと長崎障害フォーラムを立ち上げました。

 私は、兵庫県明石市の福祉総務課で障害者施策を担当しています。それまでは、内閣府の障害者制度改革をすすめる事務局にいたのですが、ちょうど任期満了の頃に明石市で障害者施策の任期付き専門職の募集があり、これまでの経験を生かせるかなと思い、2014年5月から着任しています。

主な担当は障害者施策に関する条例づくりです。2014年は「手話言語を確立するとともに要約筆記・点字・音訳等障害者のコミュニケーション手段の利用を促進する条例」をつくるための取り組みを行い、2015年4月に施行しました。次はいよいよ、障害者差別解消条例をつくろうということで取り組んでいるところです。

差別された事例

中西 長崎県と沖縄県は、平成25年に条例ができたばかりです。差別に関する相談は来ていますか。

土岐 差別された事例として、27年7月に、障害児の進路保障を進める会の方から長崎障害フォーラムに上がってきた相談があります。

長崎には、浦上駅という1日の乗降客が5000人を超えるような駅があるのですが、新幹線の乗り入れに際して連続立体交差事業が27年5月から始まりました。それまでは、下り線だけは車いすに乗った方が降りることができたのですが、線路の付け替え工事が始まって、乗降が完全にできなくなりました。

浦上駅周辺は文化施設や医療施設、福祉関係の施設があるようなところです。その車いすの方は、風船バレーの練習で1週間に一度、浦上駅で下車し市の福祉センターに来られていたのですが、ある日突然、乗降できませんよと言われた。4~5年経ったらエレベーターやエスカレーターもできるから、それまでは辛抱してくださいといわんばかりのJRの対応だったそうです。

長崎県では、差別禁止条例が26年4月に施行され、28年4月には差別解消法が施行されようとしているというのに、こんなことが許されるのかと、長崎障害フォーラムとして取り組んでいくことにしました。

県発注工事でJRも関係しており、通常の手段では早期解決に困難が予想されたので、私たちは新聞やテレビなどメディアに訴えることにしました。関係者の積極的な協力により、7月に相談を受けてから、土木部長が予算決算委員会でエレベーター設置を表明したのは、2か月半後のことでした。今年中にはエレベーターが設置されます。それまでは、車いすの方を介護事業者が人力で抱えて階段の上り下りの介助をするなど、ソフト面でも対応をするということで解決の糸口が見えています。

もう一つ、行政に上がってきた非常に典型的な事例があります。

人口が約1万4500人の小さな町のコンビニですが、2か所ある出入り口が両方とも手動なんです。高齢の車いす使用の女性の方が買い物や、特に、雨の日などは非常に困ると地域相談員に相談をしました。すでに条例が施行されていますから、これは合理的配慮が求められている事例ではないかと、県の専門相談員と連携をとりながらコンビニの本店と協議をしたり、現地でコンビニのお客さんの意見を聞いたりといろいろな調査をしました。コンビニ側は、スタッフがドアの開け閉めとか、商品の配置を変えるなど随分努力していただきました。最後は、自動ドアにする計画はないといっていたコンビニ側の決断で、結局は自動ドアに改修され、地域住民に大変感謝されているところです。

条例ができたおかげで、地域において少しでも暮らしやすい状況になってきたという非常に典型的な事例だと思っています。

勝連 沖縄では条例が施行されてから1年が経ちました。県での差別事例がどれくらいあるのかということですが、私が把握しているのは、聴覚障害に関係する差別事例が多いです。

聴覚障害のある人たちや関係者・団体の聞き取り調査を行なっていますが、調査を行なって感じたのは、コミュニケーションに関しての意見が多いことです。

私は、場面に応じて手話を使ったり、口話、要約筆記を併用してコミュニケーションをとっています。聞き取り調査では、相手は手話を使ってコミュニケーションをしてほしい。また、聴覚活用しても聞き取りが困難な場合は、手話及び筆談と併用して使ってほしいといった部分が多いと感じました。聴覚障害のある子どもが、ろう学校で幼少期から口話・手話を獲得していたが、普通学校に進学すると口話中心で、コミュニケーションにつまずいて人間関係が難しくなるケースもあります。一人ひとりの学力が違い、普通学校の教育水準に達していないといった教育の分野でギャップがあると分かってきました。聴覚障害のある子どもたちが夢を持って自分の意思で選択できるように、幅を広げていく方法はないのだろうかと思っています。

差別の事例についてですが、差別だと感じた人は、市町村の窓口「差別事例相談員」と相談します。市町村の窓口で、差別事例がどうしても解決できない時は、県の「広域相談員」にあげて、相談・助言を受けます。それでも、相談員によっても解決ができない時は、知事に助言・斡旋を求めることができ、調整委員会で解決する仕組みになっています。

差別相談への対応―地域相談員の調整活動

中西 千葉県はたくさんの事例が上がっていると思いますが、いかがですか。

●365日24時間の相談体制

高梨 千葉県は条例ができて8年近くになります。県が把握している差別に関する相談はだんだん少なくなっています。一番多い頃は293件でしたが、昨年度は141件でした。障害者虐待防止法が施行されたことで、虐待が別扱いになったということもありますが、一般の相談支援事業所とは別に、圏域ごとに中核地域生活支援センターという、障害や高齢にかかわりなく、すべての人たちに365日24時間相談に乗る体制ができています。相談を受ける場所が非常に増えたということもあるかと思います。

問題は、合理的配慮とはどのように、どこまでするのかという基準がないことです。差別をされた側とした側の調整活動で折り合いをつけるわけですが、民間事業者であっても公的機関であっても、100%満足する回答にはなかなかならない。どうしても障害のある方があきらめ、妥協して終結するということは事実としてあると推測しています。

県での相談の態様は4つあります。一つは双方の間に入って助言・調整をし、双方が納得する形で終結する。これが一番多いわけですが、そのほかに、関係機関への引き継ぎや情報提供で終結になるケースもあります。それから、聞いてもらっただけで満足だという状況聴取という処理もあります。ここまで必ずやるべきだという基準がありませんので、相談者の納得の仕方にもよるのかなと思います。

特に、「正当な理由なく不利益な取扱いをした場合」という条文がありますが、「正当な理由」とは何ぞやということになると幅があります。

たとえば千葉県で昨年度、実際にあった事例です。事前にホームページで調べたところ、障害者割引もあり、特に乗車制限の案内もなかったため、知的障害の方が介助者と一緒に遊園地に遊びに行った。この方はジェットコースターなど高いところの乗り物が大好きで、普段からいろいろな遊園地に行って楽しんでいました。ところがある遊園地で、過去に障害者の事故があったために安全配慮上、乗せるわけにはいかないと断られた。

これについては、広域専門指導員が間に入って調整活動を行いました。その結果、後日、ホームページ上に場合によっては利用できないことがある旨の説明が載ったことで、相談者が譲歩して終結となりました。遊園地側は、行動障害のある方だと大変危険だ、だから安全上困る、周囲の人たちに対して影響が大きすぎるとおっしゃる。でも、ご本人にとってみると普段乗っているわけですから、そんなことは何とも思っていない。では「正当な理由」をどう判断するのか。また、「過重な負担」についても企業の規模や企業の主体的な考え方の違いによってかなり幅が広い。

こうなりますと、権利条約第2条の「障害のある人は障害のない人との平等を基礎にして」ということが基調になっていますので、障害者としての権利意識の高い方と、長年あきらめの中で生きてきた人とで大きな差が出ると思います。

千葉県の場合は、地域に密着した委員ということで、民間の地域相談員が600人ほどおられます。この方たちは身体障害者相談員だったり知的障害者相談員だったり、精神保健の関係の方だったり、あるいは条例で障害の定義をしている8分野に精通する有識者で、調整活動に当たっています。そこで改善されない場合は、県の非常勤職員という形で、障害福祉圏域16圏域に広域専門指導員が1人ずつ配置されていますので、この方が地域相談員と一緒になって調整活動を行います。それでも改善できない場合には知事から斡旋が上がり、調整委員会に調査の指示が出ます。

調整委員会が知事に対して勧告の申し立てをしたり、本人が訴訟を提起したいと申し出た場合には、訴訟費用の貸し付けなどの援助が受けられるということになっています。幸い、調整委員会に斡旋の申し立てが上がってきたケースはまだありません。

もう一つ、制度上の限界として、法律でも条例でも独立の第三者救済機関が設けられていません。千葉県条例の場合も、調整委員会というのは知事の直属下ですので、万が一、知事が差別の加害的な立場になった場合には処理ができない。そこに限界があります。条例案をつくる時にも第三者機関をつくろうという話はあったのですが、地方自治法で自治体の指揮下でない独立の機関というのは、公安委員会や教育委員会などに限定されていて実現できませんでした。

相談への対応―担当部局や民間企業との連携

中西 条例施行で、これは大変だという反応などいろいろな問題があったと思います。それに対して、どう対応していますか。

●千葉県推進会議での対応

高梨 千葉県の場合、慣習や古き慣行に基づいて繰り返し行われる差別については、改善を議論する推進会議というのがあります。そこで取り組んだ事例をご紹介します。

視覚障害者の方の相談事例で最も多かったのが、銀行での窓口対応でした。多くの銀行が社内規則で基本的には代筆をしないとしていますので、貯金通帳と印鑑を持っていても自書できない視覚障害者は預貯金の引き出しができません。ATMを使えば振り込みは低額ですが、窓口では3万円未満で一般の方の3倍の手数料がかかってしまう。これは不利益取扱いではないかという申し出が一番多かった。これを条例で何とか改善できないかということで、視覚障害者団体のトップと県内にある地方銀行3行のトップとで話し合いを行いました。

そこで分かったことは、代筆しない理由は、視覚障害者とのトラブルを恐れてのことではなく、行員が不正をしないための措置だったのです。ならば改善の方法はあるのではないかということで話し合いを行い、行員が代読する場合には必ず2人で対応する。ATMが使えない場合は、窓口でATMと同じ料金で振り込み手数料を設定するということで、即、社内規則を直してくださいました。周知については、障害者団体の方が行う。併せて応対について、銀行側は行員に研修を行なって認証を交付する。その研修には、障害者団体は協力しようという申し合わせを行いました。

これをNHKなどで放送してもらいました。それを受けて金融庁が半年後か、1年近く経っていたかと思いますが、全国の金融機関に通知を出してくれました。今は基本的には、全国の金融機関で視覚障害の方に対する同様の配慮がされていると思います。これはまさに画期的だったと思います。

●明石市条例は、事業者の合理的配慮は義務づけに

 明石市では、差別解消条例をつくろうと2015年4月から取り組んでいます。検討会を5月から11月までの間に4回行いました。

まず4月から障害のある方やご家族の方、または生活の支援をしている事業所にお願いして、差別と思われる事例の募集をしました。その結果、202件の事例が集まりました。一番多かったのは、公共交通機関や公共施設の利用で、次に多かったのが、デパートなど買い物に行った先でのサービスについてでした。その202件を整理して、1回目の検討会で主な事例についてどのように改善したらいいだろうかという協議を行いました。

たとえば、視覚障害者がアパートを借りる時に火の管理ができないのは困るということで、物件の紹介自体を断られたという事例がありました。検討会では、最近では自動で消火する装置がついた物件もあるので、ただ火の管理ができないと決めつけて拒否するのは、やはり障害を理由とした不当な差別的取扱いであり、もっと適した物件を紹介するという配慮もあってよかったはずという意見がありました。

関連する取り組みとしては、商工会議所の協力も得て、会員企業500社ほどに、障害のある人たちにどんな考え方で対応しているかというアンケート調査と報告を行いました。また、タウンミーティングを市内で行いながら意見を聞いて、11月には4回目の検討会で素案を取りまとめました。

明石市では差別解消法との関係としてはできるだけ上乗せ、または横出し的な条例にしていく考え方で検討しています。そこで議論になったのは、事業者の合理的な配慮についてです。差別解消法では努力義務ですが、条例では義務づけにしようということにしています。委員の方からは、最初から義務づけというのは無理があるのではないかとか、市民にまで配慮を義務づけるというのは行きすぎではないかという意見も出ました。

ここでの義務づけの意味は、適切な配慮がされないことによって困っているという相談があった時に、相談員が事業者に対して事情を聞こうとする時に、努力義務ですとどうしても、忙しいから後にしてくれとか、今は対応できませんと言われてしまうと、相談員がなかなか踏み込んだ事情が聞けない。事業者にまじめに話し合いに応じていただくためには、義務づけにしておかないと相談対応そのものが進まなくなる懸念があるという趣旨を丁寧に説明させていただきました。

実際に相談員が間に入って話し合いをする中で、どこで折り合いをつけるかが難しいということは確かにあると思います。客観的に見て、事業者にとって重すぎる負担で対応できない場合もある。けれども、なぜできないのかということを、障害のある当事者本人や家族に丁寧に説明をして理解を得る努力をするということは大前提です。その中で、相談員ができるだけ情報提供や助言をしたりして、できるだけ相談段階で両者が合意し解決できるような形にしていこうということで、「相談及び助言」ということを素案の中にきちんと位置づけていこうとしています。

●公的助成制度で事業者を支援

特に、明石市の条例づくりの中で特徴的な取り組みとして考えているのが、事業者がより合理的配慮を提供しやすいように市の責務として支援をしていくことです。具体的には、公的な助成制度を新しくつくっていこうということで今、検討しているところです。

合理的配慮というのは、お金をかけないで工夫や調整で配慮できる場合もありますが、多少お金がかかる場合もあります。店の段差をスロープにしたり、レストランで点字のメニューを作る時など、それなりに経費がかかります。まずは初めて、障害のある人の配慮について考えることになる事業所が面食らうようなことにならないように支援していく。これはたぶん、自治体の条例では初めてのケースだと思います。できるだけ使いやすい制度にして具体的な道をつけていきたいと思っています。

明石市の差別解消条例の検討は、他の自治体の条例と比べると短期間で回数も少ないと思います。4回の検討会で条例をつくるのは急ぎすぎではないかという声も確かにありました。前向きな考え方として、まずは条例をつくることに意味があると思います。その後1年、2年と実施していく中でいろいろな問題や課題が見えてくる。そういった点を見直しながら、完成版に近い条例を目指していくという考え方です。差別解消法も3年後の見直しがあります。できればほかの自治体なども、1年から2年かけて時間的な負担がかかる形で条例をつくることをしなくても、このようにフットワークを軽くしながらつくるという方法もあるということを参考にしていただければと思います。

中西 沖縄県や長崎県の条例でも合理的配慮は法的義務とされていますね。

●条例づくりに沖縄本島と離島で3万筆の署名活動

勝連 沖縄県は、2010年に沖縄本島と4か所の離島(久米島、伊江島、宮古島、石垣島)で、条例をつくるための署名運動を行いました。集めた署名は約3万人でした。そして、条例づくりの会の中の作業チームがまとめた沖縄県障がい者権利条例案と署名を県知事へ提出しました。障害当事者と学識経験者、民間事業者、障害関係団体で構成された19人の委員を中心に「沖縄県障害のある人もない人も暮らしやすい地域づくり県民会議」で2012年から約1年半年かけて、条例をつくりました。県と条例づくりの会の協議や県民会議委員からの意見、パブリックコメントなどが条例に反映できたことが大きな成果だと思います。

●長崎県条例は、民間事業者も合理的配慮を法的義務に

土岐 先ほど申し上げたように、長崎では条例をつくる時に、障害関係の20団体と県議会のメンバーが中心になって素案をつくりました。

合理的配慮は差別解消法では民間事業所は努力義務になっています。しかし、それでは不十分です。なぜなら、私たちの社会生活のほとんどの部分が民間の事業所が提供するサービスや雇用で成り立っているからです。条例では、この合理的配慮をきちんと明記しないと進まないのではないかという意見がたくさん出ました。それで民間事業所も、合理的配慮については法的義務ということになった次第です。最初は、民間の事業所から抵抗や反対はありましたが、最終的には何とか落ちつきました。

条例が施行してから1年が経ちますが、この間、県の広域専門指導員の方に上がってきた相談件数のうち、事業所が対応してくれなかったという報告は1件もありません。

中西 先ほどのコンビニの自動ドアの例は、まったく事業者による費用負担になっているのでしょうか。

土岐 コンビニの自動ドアは、そのとおりです。浦上駅のケースですが、これは、調整委員会にかけて調整をしていただくということにはなじまないものでした。しかし、早急に解決しなくてはいけないということで、メディアや県議の皆さんの力も借りて、約2か月半で解決の道筋ができました。詳細に検討すると、条例に関するものではないと思っています。しかし、地域における民間事業サービスや公共交通機関のバリアの問題など、解決に向けた行動には県条例の後押しが大きかったと確信しています。

高梨 結局、法や条例というのは行政サイドで調整活動を行うわけですから、どうしても中立性が求められてきます。

私は身体障害者相談員でもあるので、地域相談を受けています。しかし、調整委員会の立場は特別職公務員なので、どうしても運動とは分けて考えないといけない。障害者運動と密接に連携をしながらも、区別せざるを得ません。

ただ条例ですと、行政や司法の問題には対応できないので、そういった時には当事者運動の力ということになるのでしょう。そのように、障害者運動とも連携しつつ差別の解消を図っていく必要があるのではないかと思います。

中西 運動によって解決した例は何かありますか。

高梨 千葉県の場合、健康福祉千葉方式といって堂本知事が推奨されたものですが、身近な福祉・保健などの問題は県民が発案し、それを行政とともに政策に導いていって議会で認めるという形をとっています。障害者団体が推進母体になって条例案づくりをしたわけではなく、一般県民からの公募によって集まった委員で検討しました。

中西 合理的配慮の中で、公的な助成が必要なケースはありましたか。

高梨 お金がかかるケースは当然ありますが、千葉県の場合は民間任せです。先ほどの金さんのお話は大変すばらしいと思いました。やはり、自治体が何らかの支援策を設けてやらないとなかなか進まない。支援策があれば民間の方たちも理解してくれるのではないかと思います。

後からできた条例はすばらしいものが多いですよね。特に啓発の部分を考えますと、差別解消法の施行と一体的な周知啓発活動ができて、後押しがあるので大変いいと思います。

千葉県では最初の頃、条例自体を知らないので、民間事業者が相手にしてくれなかったのです。それでも広域専門指導員は県職としての身分証明があったのでよかった。やはりバックがあるということは必要で、助成もその一つになると思います。

どのように条例を広めていくのか

中西 今後、条例をもっと広めていくためにどうしたらいいでしょう。事例などはありますか。

●県民文化の醸成と合理的配慮についての冊子の作成

高梨 千葉県は実は大変残念というか、条例ができて8年も経っているにもかかわらず、過去の県の世論調査によると周知度が19%くらいなんです。ただ、福祉関係者の間では70~80%くらいあります。障害者差別解消の問題を福祉施策として考えてしまうので、障害者関係団体には一生懸命周知をするのですが、一般県民に対する周知がどうしてもおろそかになってしまう。障害者問題を出発点にして、障害のある人もない人も当たり前にいるという県民文化を醸成することが条例の目的なのですから、多くの県民を対象にした周知活動に力を入れるべきだと思っています。

県としてどう広めるか協議はしていますが、予算の関係もあってなかなかできません。今考えているのは、合理的配慮について漫画的のものが作れないかということで、取り組んでいます。千葉県は、内閣府の差別解消支援地域協議会体制整備事業のモデル事業を受けていますので、ぜひ、ほかのところでも利用していただきたいと考えています。学校でも、いじめ対策を含めた教育活動に使っていただければと思います。将来を考えますと、次代を担う子どもたちがどのようにこうした問題を受け止め、自らの課題として共有できるかが一番の課題だと思います。

●一般市民からの相談も受ける体制に

 一般市民の啓発、障害理解の促進は本当に大きな課題です。明石市では、相談の対象に市民を入れようと考えています。一般市民の方でも障害を理由に差別的な取り扱いをすることがあるでしょうけど、そういう相談があった場合、長崎県、千葉県、沖縄県の条例ではどういうふうになりますか。

高梨 千葉県の場合は条例の相談対応の中で、差別をした方、された方、双方からの相談を受ける体制になっています。実際に、一般市民だったり施設の職員からの問い合わせもあります。

 たとえば、近所のおじさんやおばさんから、この町から出ていってほしいと言われたと障害のある方からの相談があったとします。近所ですから、相手の人を特定することができる場合もあります。その場合、相談員はその相手に事情を聞くということまでされていますか。

高梨 やっています。たとえば、精神障害の方が自治会の役割が十分できなくて非難を受けたりすることがあります。その場合には、ご本人の話を指導員が伺うとともに、自治会の会長さんや民生委員さんなどからも事情を聴取する。そして、自治会長さんを通して自治会で考えていただく。もちろん本人のいる前で自治会で話し合うというのは、本人のプライバシーがありますから慎重でなければなりませんが。

●障害平等研修の実施

土岐 長崎では、障害の社会モデルや合理的配慮について啓発する障害平等研修が2015年から始まっています。この障害平等研修は、1990年代後半に、英国で障害者差別禁止法推進の研修プログラムとして発展し、日本でも26年にNPO法人が設立され、研修推進の本格的な取り組みが開始されています。

研修では、障害者がファシリテーターとなってグループワーク形式で、県・市や社協の職員、福祉関係団体・施設の役職員、企業の役職員といった人たちを対象にして、まずは「障害って何だろう」「障害の社会モデル」「合理的配慮」ということをスライドやビデオを通して気づきを促し、障害を解決する行動を考えていただく。そして最終的には、自分たちが社会を変革し地域を変える主体者になっていただこうというセミナーです。すでに、長崎障害フォーラムの中でこれに徹底して取り組み、条例と差別解消法の精神を県民の皆さんに理解していただこうと推進しているところです。

地元紙のアンケートによると、8割を超える県民が差別禁止条例を知らないと回答しており、周知が遅れている現状です。障害平等研修は法律や条令の精神を広めていくのに、効果的なツールだと確信しています。

●啓発ガイドブックの作成

勝連 沖縄県では一般市民に啓発するために、ガイドブックを今検討しているところです。県が作った条例のガイドブックがあるのですが、中身がどうしても難しい。それを分かりやすいものに変えていくにはどうしたらいいのか検討しています。

このガイドブックは、誰を対象としているかというと、知的障害や発達障害のある人たちなどです。障害のある人にも分かりやすいガイドブックを作成すれば、一般市民にも分かりやすいものになると考えています。障害のある人が自分の言葉で一般市民に伝えるものなので、いい企画になると思います。障害のある人がどう一般市民に啓発していくのかが、私たちの課題です。障害のある人が夢を持って周りの人たちと一緒に行動できたらいいなと思っています。

差別解消法の評価できる点、できない点

中西 最後に、今年の4月に施行する差別解消法について、評価できる点とできない点についてお願いします。

高梨 評価できない点と言ってしまえるかどうか分かりませんが、地方や行政に対しては調整活動の限界があります。救済機関のあり方や実効性の確保という点で、今後の見直しが必要ではないかと思っています。

評価できる点ですが、千葉県は浦安市とともに内閣府の差別解消支援地域協議会体制整備事業のモデル事業の委託を受けていますが、焦点は、法と条例の整合性をどう図るかということです。特に相談支援体制を含めて、千葉県の場合、法では第一義的な相談窓口が市町村になりますから、市町村が主体的に事案の解決に当たる。法にないその他の支援、千葉県であれば訴訟の援助も含めてできます。そうした意味では、法の上乗せとして相談支援体制の一本化を図るという方向で検討をしています。

特に虐待は、差別や偏見に基づく場合もかなりあります。一般の市民にとっては、何が虐待で何が差別なのか分かりにくい。法律ごとに相談窓口が違っては困りますから、差別の相談窓口と虐待防止センターとはできるだけ一体化を図ってほしいです。市町村で対応できない困難事例、あるいは市町村がまたがるような事例については、法の上乗せとして条例に基づいて県が対応していくという形を考えています。

また、法ができたことによって、国民の障害者理解が大きく進展するだろうと思います。障害当事者の社会貢献という意味での役割も非常に大事になってくる。障害者のこれからのあり方として、大変重要な視点だと思っています。

二つ目の問題として、差別解消法によって環境面の整備や個々の課題については進展していくでしょう。ですが、法は私人(しじん)間のことは対象にしていません。障害者が日々受ける心理的な差別というのは、国民や県民のちょっとした言動によるものが一番多いですね。

合理的配慮は、周囲の人々がちょっとした配慮や思いやりを持って気づかいをしてくれればかなり改善する部分があります。この解決には、福祉教育しかないと思っています。子どもたちの福祉教育をいかに進めていくのか。また、慣習や慣行に基づく問題についてどのように意識改革をしていくか。これもまさに法律では不十分で、条例の役割だと思っています。

土岐 評価できない点は、まず合理的配慮が事業者には努力義務になっていることです。二つ目は何度も言い尽くされてきたことですが、差別とは何かという判断基準が明確ではない。そして、問題が発生しても紛争を解決する組織がない。この3点については、施行から3年後の見直しに期待したいと思っています。

精神論的になるかと思いますが、今まで障害者については、障害ゆえに人間として当たり前の人権というものが保障されてきませんでした。今まであきらめにも似た気持ちで社会参加活動できなかったことが、法や条例ができたことによって当たり前の権利として、必要な配慮を主張できる時代に変わってきました。このことは非常に大きな変化であると思っています。

しかしながら、法律や条例ができても一挙に理解や対応が変わるわけではありません。この法律・条例は、共生社会の実現へ向けた第一歩だと捉えています。一生障害者にはならないと言える人はいないと思います。障害を決して他人事と捉えず、障害のあるなしにかかわらず、国民みんなが一緒に考えていく機会になれば一番いいのではないかと感じています。合理的配慮についても、社会の常識だというところまで共通の認識として定着するよう、皆さんと一緒に頑張っていければいいなと思っています。

勝連 私は2015年の夏にアメリカに行く機会がありました。ADA(障害のあるアメリカ人法)は、障害があっても障害がなくても、人として扱われている部分があります。障害があるからといって特別なのではなくて、一人の人間として接している部分が日本と違うところだと思いました。日本の場合は、障害がある人とない人が分けられていると感じています。

アメリカに行って感じたことは、私の場合は聴覚障害がありますが、磁気ループが設置されていたり、受付窓口で、筆談で対応してくれる人が多いと感じました。また、対応してくれる人との出会いによって、私自身少し自信になったということがあります。日本では、障害のある人と接する機会が少ない人たちが多いと思っています。

今年の4月から差別解消法が施行されますが、すぐにアメリカのようになるのは難しいと感じています。1年、2年、3年、10年かけていけば、アメリカのように変わっていくことはできるだろうと期待があります。

アメリカでは障害者運動があったからこそ変えることができたので、私たちも障害のある人たちが力を合わせて運動をやらなければならないと考えています。私ができること、障害のある人ができることは何かを一緒に考え、取り組んでいきたいと思っています。

高梨 時間はかかるし、いろいろな困難があると思います。金さんたちが内閣府で目指していたのは社会全体の底上げだと思います。それによって国民全体の生活が高まり、共生社会の方向に向かっていく。それが法の目指すところだと思っています。

 差別解消法は、たとえば各地方自治体ごとに相談体制はどうしたらいいかとか、啓発活動はどうしたらいいか、差別解消支援地域協議会はどうやってつくればいいか、そういったことを具体的に書いてあるわけではありません。基本的には、地方自治体の方にお任せで地域の中で創意工夫をしてやってくださいということになっています。ただ、それを評価できないと言ってしまうと、ちょっと筋が違うんじゃないかなという感じがします。大きな枠の考え方を示して、後はそれぞれの地域でどうやってそれをつくっていくかということに意味があると思っています。それが地方分権の時代の中で、地域の特性を生かしながら、差別のない地域づくりをしていくということに沿った考え方になるのではないかと思っています。

評価できる点としては、差別のない地域づくりをしていくための仕組みを入れたことです。具体的には、差別解消支援地域協議会を法律で定めました。高梨さんが紹介された地域協議会のモデル事業の取り組みがあります。明石市もそのモデル事業の指定を受けていて、検討している条例では、地域協議会をしっかりつくっていこうと考えています。医療や教育、福祉サービスに限らず、さまざまな差別事案が出てきそうな各分野の関係機関、関係団体、関係者、有識者など、いろいろな方たちとのネットワークをつくり、そういった方々との連携によって、自分たちの地域で差別をなくしていこうという取り組みにつなげていける可能性が開けました。それをどうやって形にして成果に結びつけるかは、自治体ごとに創造的で魅力的な地域づくりの課題になってくると思っています。

土岐さんの「共生社会の実現へ向けた第一歩」や、高梨さんが言われた「社会全体の底上げになる」という言葉には、まったく同感です。一人ひとりの暮らしの質が合理的配慮ということでガラッと変わっていきます。合理的配慮は障害者のためだけではありません。障害のない人にとっても、その人の年齢や性別、状態に応じた配慮は必要です。お互いに配慮し合うという文化的な意識と相互理解を社会の中で育んでいく取り組みになっていくと、社会全体の底上げになっていくのではないかと思います。

中西 魅力的な地域づくりの底上げになるという希望にあふれたお話をいただきました。これで座談会を終了したいと思います。ありがとうございました。