音声ブラウザご使用の方向け: ナビメニューを飛ばして本文へ ナビメニューへ

「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2016年1月号

石狩市手話条例制定運動の経緯

佐藤英治

始まりは市長室開放

平成25年10月に施行された全国初の手話言語条例を制定した鳥取県に続いて、石狩市でも26年4月施行された手話に関する基本条例は、田岡克介市長の「手話条例は、社会改革のモデルである」、鳥取県の平井伸治知事の「手話革命」と合わせて、斬新なキャッチフレーズとともに、全国に手話言語条例が広まる先駆けとなりました。

石狩市における始まりは、毎月1回開催される市長室開放で田岡克介市長と懇談の時、杉本五郎石狩聴力障害者協会会長が冊子「みんなでつくる手話言語法」を「時間がありましたら、ぜひ読んでみてください」と手渡しました。田岡市長は「これは良い内容だ、5部ほしい」と言って、職員に勉強させたいということでした。

田岡市長はその頃から、冊子をきっかけにして条例をつくろうと考えていたのかもしれません。平成24年9月、石狩市で開かれた第53回全道ろうあ者大会での田岡市長のあいさつは、すべて手話でした。クライマックスは「来年、手話の基本条例について取り組みたい」と公言されたことです。会場に集まった参加者700人から驚きと賞賛の手のひら拍子が起き、しばらく鳴り止まなかったそうです。

田岡市長の公約については、市役所内部から反対の声が強く、法制担当からは「条例になじまない。むしろ宣言にとどめるべきではないか」と、考えを改めるよう求められました。田岡市長は「福祉施策的な観点からの取り組みではなく、言語としての認知と環境整備というまちづくりへの挑戦であることを理念としている」

この揺るがぬ信念は、國学院大学で言語学を学び、アイヌ民族の言語が滅びゆく現実に直面し、また、少年時代の面影の中に、近隣のろう者の姿が瞼(まぶた)に焼き付いていた生い立ちが後の人格形成に関与したのかもしれません。市役所に入り、助役を経て石狩市長になられ、時あたかも国連の障害者権利条約において、わが国が批准を迎えることを予期していたかのように、公約した条例を実現したのです。公約発表から8か月後、石狩平野は、桜も散り、野や山がにわかに色づき、百花撩乱の季節を迎えていた時期にようやく検討会が始まりました。

当初4回の予定でしたが、結果的には7回になりました。鳥取県と同時期に検討会を立ち上げ、試行錯誤のなかでの取り組みでしたが、幸い、全日本ろうあ連盟等の助言もあり、12月市議会定例会において、田岡市長の提案に2人の議員が討論に立ち、条例の制定に花を添えました。それは、この条例が言葉の語源のように、太い幹に手話の花の葉がいっぱい芽吹くことを目指すと語った田岡市長に対する最大の賛辞を込めた名演説でした。

条例制定で変わったこと

市役所の職員の意識が変わったことがあります。手話は、音声言語である日本語と対等の言語であるという認識です。身振り・ジェスチャーと手話は同じですか。日本語をベースにした身振りでは、という疑問から始まり、少しずつ言語という領域に近づいてきました。市役所職員を対象にした3年間にわたる講習の企画から始まって、市民、学校、職場等を対象に年百回を超える出前講座の依頼がありました。人口6万人の都市において、約3千人の市民が講座に関わったと言えましょう。次は、石狩市を「手話で挨拶できる街」にしていくことと、「いつでもどこでも手話で会話ができる街」を目指すことです。

石狩翔陽高校では、平成29年度から総合学科のなかに「手話語」を設置する予定です。理論35コマ、手話実技35コマを2年生と3年生を対象に各学年20人を募集するという内容です。また、福祉学科ではなく語学の科目として位置づける試みです。これは、手話が「日本語をべースにした次元の低いコミュニケーション手段である」という誤解を払拭するために必要な「語学」的背景を理解することでもあります。

北海道各自治体における波及効果も見逃せません。新得町、鹿追町、名寄市がすでに制定し、間もなく登別市が制定を予定しています。旭川市、室蘭市、帯広市でも検討が続けられ、釧路市、北海道、札幌市と拡大の一途をたどっています。

国における法制化の実現を!

手話言語条例の広がりと合わせて、国における手話言語法を求める意見書運動は、全国1788議会の99.9%にあたる1786議会において採択されています。この議会史に残る前人未踏の驚異的な数字は、国に対する大きな「民意」であり、自治体の手話言語条例とは「表裏一体」のものです。

国連の障害者権利条約がすべての加盟国によって採択され「言語に手話を含む」ことが認められたのを発端に、国内に広まった手話は言語、日本語と対等な言語であるということは、言語学会のみならず、わが国のろう教育に大きな転換をもたらしています。政治に携わる者は、この潮流を法律の型式に具体化し「結果を残すこと」で政治のあり方という役割を果たしていただくことを切に望んでいます。

(さとうひではる 公益社団法人北海道ろうあ連盟副理事長)