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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2016年1月号

列島縦断ネットワーキング【岐阜】

「劇団ドキドキわくわく」
~学んで演じて育ちあう仲間たち~

河村あゆみ

「劇団ドキドキわくわく」は岐阜市とその近郊で生活する10代から20代の知的障がいや自閉性障がいのある若者たち30人で構成されています。テーマは「愛と性」。中学校障がい児学級の教師をされていた渡辺武子さんが、「愛と性」について「禁止」や「抑制」ばかりを強いられていた障がいのある子どもたちにこそ、豊かな「愛と性」を育んでいきたいという思いで、劇団の結成を呼びかけました。演劇と学習という二本立ての活動を始めて、すでに10年が経過しました。

10年間の学習を通して…

「中学の時、身体の変化が怖かった」「好きな人ができた時、どうしたらいいかだれも教えてくれなかった」

これはセリフの一部にもなっている仲間の声です。「異性には近づかない。異性と手を繋(つな)ぐと警察が来る。キスは犯罪…」と学校教育の中で間違って学んでしまった仲間もいます。10年間学習を続けても、「外で異性と手を繋ぐと警察に捕まる。学習会で性的な言葉を使うな」という声が出ることもあります。渡辺さんは「教えられていないから知らないのは当たり前。『愛と性』は大切なことだからゆっくり勉強しましょう」と仲間に伝えます。一度覚えたことは簡単に変えられない仲間たちにとって、ゆっくり時間をかけ安心して学べる場が必要です。

劇団の活動では、舞台発表のための練習だけではなく、「愛と性」についての学習も重視しています。座学だけではなく、好きになった人に告白するロールプレイ、稽古場から外に出ていくデート学習等、さまざまな活動によって、他者とかかわり、ふれあう力を育んでいきます。こうした活動を通して、恋愛に対する「禁止」や「抑制」から少しずつ解放されていく姿もみられます。

ふれあい体験のひとつはフォークダンス。音楽に合わせながら、ペアで手を繋ぎ踊ります。あまりの緊張で手が震える仲間もいましたが、今では緊張も少しずつほぐれ、会話をしながら踊っています。好きな子がいる仲間にとっては、まさにドキドキわくわくな時間なのです。

劇団では、仲間と共に学び体験することで新しいことに挑戦し、悩みにぶつかっても安心してみんなと繰り返し学び合える場が保障されています。

親から離れて…

学習の場で質問をすると、必ず母親の顔を見て頼ろうとする仲間たち。考える力はあるのに、母親に支えを求めてしまう状況は当初から目立っていました。そこで、「劇団の活動は、指導者とボランティア、そして当番の保護者で進めよう」ということにしました。

親から離れた新しい形での試みは仲間の動きを変えました。やはり力は持っていたのです。まさに本領発揮です。劇で必要な小道具を準備したり、セリフが出てこない仲間をフォローしたり、落ち込む仲間に声を掛けたり…、今まで見られなかった姿が次々に現れ、仲間の顔つきも変わり、受け身の稽古ではなく「自分たちの稽古!」という感じに変化しました。

その頃から、稽古終了後のランチにも仲間たちだけで出かけ、注文や会計もお互い助け合いながら、親のいない自分たちだけの時間を楽しむようになっていきました。はじめは、注文できなかったり、ランチに誘われず泣いている仲間もいましたが、今では稽古の休憩中にランチの約束をし合う姿がたくましく見えます。母親から一歩離れたことで、仲間同士の繋がりが一層深まるきっかけとなったように思います。

演劇だからこそ体験できること…

渡辺さんは、演劇について「自分でない自分を演じることで、他者の気持ちが分かってくる、相手の気持ちを知るきっかけになる」と話します。役を通していろんなタイプの人を疑似体験しながら、苦手なことを克服したり、憧れの人を目指したり、少しずつ自分に向き合っていく仲間たち。以前は仲間同士の関係が薄く、稽古中もゲームをしたり、仲間が困っていても気にも留めていないような雰囲気でした。でも最近では、仲間の演技を見て上手くいかないシーンを一緒に考えたり、励まし合うような姿も増えてきました。いろんな役を演じることで、他者を意識するようになり、だれかに憧れるだけではなく、自分自身がどう見られているか、どう振る舞えばよいのかを考え、行動する力が育まれているように思います。

こうした経験を踏まえて、仲間たちから「普段は親に甘えてばかりだけど、劇では先生やお母さんのようなしっかりした人の役をやりたい」「人前で話すのは苦手だけど劇なら大丈夫」「私も主役に挑戦してみたい」という声が生まれてきました。

見られる自分を意識する…

美容師である私は、劇団のヘアメイク担当として関わり始めて4年になります。最初のころ仲間の多くは、寝癖のついた髪はそのままで、メイクより食事を優先しており、見られる自分に対する意識があまりないように感じました。しかし今では、本番前の短い時間にメイクをしてもらおうと順番に並ぶようになりました。順番を待っている間に、できるところまで自分でメイクを進める姿もあります。本番前の楽屋の雰囲気も随分変わってきました。

特に主役をする仲間は、見られる自分を意識し始めます。演目が変わるたびに役も変わり、セリフが増えたり、憧れの役を演じることになると、本番前のおしゃれにも一段と力が入ります。このような姿は、本番当日だけではなく日常にも繋がっています。いろいろなヘアスタイルに挑戦し、髪を染めたり、ピアスをしたりと、年相応のおしゃれを思いっきり楽しんでいる仲間たちがいます。

おしゃれを通して、仲間同士の話も盛んになり、憧れたり憧れられたり、まんざらでもない新しい自分を楽しんいる姿は本当にキラキラしています。

劇の中に等身大の姿が見えてくる…

2015年8月、仲間たちは全国障害者問題研究会第49回全国大会(岐阜)において、2500人の観客を前にして、劇団史上最大のステージに立ちました。仲間たちは、ステージの上で客席からの温かい大きな拍手や笑い、そして最後にはすすり泣く声を感じ取っていました。

「今まで恋愛や性についてあえて深入りしないでおこうと思っていたけど、仲間たちの姿を見て目が覚めました。教え子たちのためにも一歩進んで行こうと決めました」。これは舞台を見たひとりの教員の感想です。「私たちも同じような活動をしてみたい」という声も聞こえてきます。仲間の日常の言葉の裏には、いろんな思いが潜んでいます。その言葉をもとにした脚本には、仲間たちのリアルなメッセージが詰まっています。こんな等身大の姿が観客の心に響くのでしょうか。

自分たちのために始めた劇団が、今では見てくれた人の心に届き、活動のきっかけになっていくとすれば、とても嬉(うれ)しいことです。

そしてこれから…

仲間と共に学びながら、さまざまなことに挑戦する仲間たち。人生の楽しさを知り、活動範囲が広がれば広がるほど、高い壁にぶつかることもあります。自分の思いや願いをしっかり伝えることにはまだまだ課題があります。それだからこそ、彼ら・彼女らがゆっくり、じっくり学べる場と、活動を保障できる機会が求められていると、思います。

(かわむらあゆみ 美容師・岐阜大学修士課程院生)


【劇団関連書籍】

・土岐邦彦『ラフ・ラブ・ライブ―障害をもつ若者たちの発達と演劇』(全障研出版部、2011年)

・土岐邦彦・渡辺武子・大橋昌昭・河村あゆみ『劇団ドキドキわくわく―障がいのある若者たちの発達と演劇活動』(群青社、2015年)