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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2016年2月号

文学やアートにおける日本の文化史

「風の馬」と「劇団態変」

猿渡達明

このたび、本誌編集委員の花田春兆先生から、このテーマで書いてみてはとお誘いをいただいた。

私(猿渡)は本コーナーは「ヒルコは生き残った」(2014年6月号)以来だが、今回、チベットの風土や信仰を象徴するテーマ「風の馬」を選んだ理由は、花田先生がテーマとされてきたシルクロードと日本の関わりなどとも重なるテーマであるということ、それと大阪の劇団態変(たいへん)の12年ぶりの東京公演「ルンタ(風の馬)~いい風よ吹け~」が今年3月に行われる予定で、私もエキストラとしての参加が決まったからである。

私自身、チベットの歴史も風土も専門家ではないので気が退けるが、これまで体験したことのない舞台の世界、それもあの態変の舞台にチョイ役でも登場するということ自体が、私にとっての冒険!なので、その気持ちでこのテーマにも飛び込んでみたい。

幸い、私が日頃仕事をしている自立生活センター(スタジオIL文京)の仲間(会員)には、花田先生をはじめ、今回、東京公演応援団を務める坂部明浩さんやチベット暮らしをされたことのある会員もいる。さらに介助者の中には演劇で身を立てている人たちもけっこういる。こうした自立生活センターを取り囲む人々の多様性に支えられ、また、私の“態変体験”から得た新鮮な気づきを交えつつチベットの風の馬の文化史に挑戦してみたい。

風が吹く

秋天下自在に御して風の馬 春兆

これは、今回、ルンタ公演賛同者にもなられている花田先生が劇団態変代表の金滿里さんに贈られた俳句だ。花田先生が創られるとチベットの風が、日本の秋にも吹いてくるようだ。今回の公演の副題「~いい風よ吹け~」もまた、いい風を日本にも吹かせようという気概を感じさせてくれる。

ただ、チベットの風は、チベットの町に暮らした経験を持つ先の会員によれば、砂嵐もあったりして生活上はマイナスのイメージが強いそうだ。いや、それだけに、町から離れて峠などを通過する時に、乗物の窓からルンタを記した紙片を紙吹雪のように風に舞わせて放つ瞬間には神聖さを感じるようだ。

チベット仏教では、祈りの象徴として家の屋上や水辺に、地水火風空をイメージした5色の旗が連なってはためいている。その5色の旗を順番にはためかせる風の音が、まるでチベット草原を馬が駆け抜けていく足音のように聴こえるところから生まれたのが「風の馬」だそうだ。人の願い事を天に届ける風の馬がルンタ(チベット語)だ。

私も実は、この旗が風にはためくシーンを池谷薫監督によるドキュメンタリー映画「ルンタ」の中で見たことがある。映画の「ルンタ」は劇団態変の「ルンタ」とたまたま同じ名だが、内容は別だ。映画の方は、現代チベットでの中国の圧政に対して自らの身体に火を放ち抵抗を示す“焼身抗議”の非暴力の闘いの歴史を撮ったものだ。百人以上のチベットの人が焼身抗議をしてきた。その中に、足に障害をもった僧侶もいた。

映画にも登場するNGO「ルンタプロジェクト」の中原一博さんの本『チベットの焼身抗議』によると、その僧侶は、13歳で僧侶になったのち、だんだんと両足がマヒして立たなくなったという。両手の下に靴代わりの木の塊を握りながら、両手だけで移動。当局により僧院から追い出されてからは、両手だけを使い巡礼の旅に出て、その果ての焼身抗議だったようだ。辛い現実だ。せめてもの救いが、チベットに吹く風のシーンなのだった。

大地を感じて

この足に障害をもつ僧侶の巡礼は、この映画に登場する人々の巡礼地での五体投地のシーンともダブって見えてくる。身を大地に投げ出しながら少しずつ前に這うように祈りを込めて進む。これは元はインドから来たようだ。

実は、今回の劇団態変の「ルンタ」でも五体投地的場面は象徴的な動きで見逃せない見せ場だ。

五体投地は、障害の程度でバランスのとり方はまちまち。うまくいかなかったり、中には立たずに上半身だけで祈りを表す人も居る。これでもいい?そんな疑問に対して、金さんは「バランスが取りづらい障碍者だからこそ、健常者には見られない面白さがある」とオーディションの時に私たちに言われていた。そうか!

金さんは、大地こそ劇団態変の表現の根っこだとも言われていた。立って歩かずに、座ったり這ったりのほうが、地べたや重力を感じる存在なんだ。チベットの五体投地にも急に親近感を感じた。実際にやってみると、自分が浄化されていくのが分かって楽しい。

劇団態変のレッスンの中には、〈死のレッスン〉という課題もあるらしい。重力に抗(あらが)わず一番に受け止める身体の在り方として、死体をイメージすることが大事だということ(「金滿里のページ」『イマージュ』60号より)。死体のイメージとは日々、重力と格闘する私たち肢体障碍者こそが考えるべきものだと分かった。

歴史的には人類になる前の、細胞もミトコンドリアも動物もみんな重力との格闘があったのだ。人類が直立歩行して、重力をあまり意識しなくなった歴史など、その前の歴史に比べたら短いのだとも金さんは書かれている。本コーナーの「文化史」も「生命の歴史」にまで繋がっているんだとは思いもよらなかったことだ。

また、同時に死体を考えることは、チベットの「死者の書」に書かれた宗教観にも通じるのかもしれない。自然な死に「信仰」が寄り添ってくれているのだ。

金さんは、本公演にも仏画で参加されるウゲン・ナムゲンさんと対談されている(『イマージュ』60号)。

「(NHKのチベット死者の書の特集の話で)私たちは死とか死体を敬遠しがちで遠ざけていますよね。…そこに死体と一緒にずっと何日間か過ごす。(チベットの)その考え方に、もの凄く強烈な衝撃を受けたんです!(中略)。身内やったら悲しすぎてできないことを、ちょっと遠い他人の人がきて、死体を、ズルッと腐りそうになっているのを抱っこしたり、体を寝返らせたりっていうのを普通にやってくれる。それは介護ともどこか通じますね…。遠い人(の介護)がいい」

ウゲン「(火葬でなくて)鳥葬をしに行く時にも抱いていきます。…地元では『それは人生で1回はやらなければいけないよ』と言われます。それを見て自分の人生を考える」

風、風の馬、鳥葬(鳥が啄(ついば)んで天に昇る)。私もそのチベットのいい風を感じてみたくなってきた。いい風を吹かせたくなってきた。風の馬を見届けたくなってきた。 それにしても本コーナーの「日本の文化史」の「日本」からは遠くに来てしまった…と感じていたところ、東京・谷中の寺社町に住む坂部さんからこう言われてハッとした。

坂部「でも、日本だって、チベットの5色旗と同じように地水火風空の5つを表したものとして、五重塔があり、さらに、お墓に建てる木の板の卒塔婆(そとば)もあるよ。うちの方では、夜寝ていて風が吹くと一斉に卒塔婆がカタカタと揺れる音が聞こえてくるよ」

猿渡「怖くないんですか?」

坂部「子どもの頃から聞き慣れているので、まるでお墓でご先祖たちからスタンディングオーベーション(観客が立って行う一斉拍手)されているみたいだよ。“風の観客”だよね(笑)」

やっとチベットから日本の文化史へ何とか辿りついたところで終わりにしたい。

遠いチベットの風や大地も、「文化史」を考えることで、障碍者や日本にも通じて考えられることが今回分かった。花田先生に感謝したい。

また今回、劇のオーディションを受けるまで、私はありのままの自分を出すように、自分の殻が破れるだろうかと不安で仕方なかった。人にどう見られるのだろうか。ちゃんとメッセージが届くだろうかと。でも、でも、そうした不安も金滿里さんのアドバイスや実際にやってみて実感することで、自信が持てるようになった。

大地に転がり五感で感じる瞬間を皆さんの五感にもお伝えできたらと思う。ぜひ、劇団態変の東京公演「ルンタ(風の馬)~いい風よ吹け~」を観に来てください。私も自分の殻を破ってエキストラで頑張ります!

(さるわたりたつあき 文京区在住)


※本稿は坂部明浩氏に執筆協力をいただいた。

【劇団態変 東京公演】
3月11日(金)19時
3月12日(土)13時/19時
3月13日(日)13時
会場 座・高円寺1