音声ブラウザご使用の方向け: ナビメニューを飛ばして本文へ ナビメニューへ

  

「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2016年2月号

フォーラム2016

「障害のある人もない人も共に生きる熊本づくり条例」運用を検証する

平野みどり

「障害者差別禁止条例をつくる会」発足

障害者権利条約においては、締結国の責務としての差別禁止法の制定と同様に、地方公共団体レベルでの差別をなくすための条例づくりも促している。

熊本県においては、2007年に条例の先陣を切った千葉県から遅れること5年の2012年4月から、「障害のある人もない人も共に生きる熊本づくり条例」が施行された。その母体となったのは、「障害者自立支援法利用者負担軽減を求める会」であり、初期の目的を達成した後、折角の連帯を条例づくりに繋(つな)げたいという加盟団体の意向が一致した結果、2009年に障害種別を超えた当事者団体等24団体によって「障害者差別禁止条例をつくる会(以下、つくる会)」が誕生した。

行政とのパートナーシップ

条例づくりをマニフェストに掲げていた蒲島知事は、県計画「くまもとの夢4カ年戦略」の中に条例づくりを掲げていた。熊本県議会でも2009年2月定例県議会において、つくる会から出された条例制定を求める請願が全会一致で採択された。その後、熊本県は本格的に条例づくりに動き出し、2011年6月定例県議会において制定されることとなった。

差別事例を集める!

つくる会主催の勉強会やワークショップ、つくる会に加盟している障害者団体等の下部組織、地域組織が開催した学習会やワークショップは延べ30回近く開催された。それらを通じて集められた差別事例は800以上に上り、その後、分野別に分類し、特徴的な事例を網羅した事例集を作成した。

ちなみに、つくる会主催の勉強会やワークショップには、熊本県の担当職員たちは欠かさず参加しており、当事者や家族、関係者の差別体験事例に、直接耳を傾けてきたことの意義は大きく、条例施行後の相談への対応に有形無形の影響を与えたと考える。

条例が動き出す

2012年4月から2015年3月までの3年間の運用状況については、県でまとめている「『障害のある人もない人も共に生きる熊本づくり条例』による相談活動の実施状況等について」に詳しいので、下記の熊本県のサイトでご参照いただきたい。(https://www.pref.kumamoto.jp/kiji_3041.html

その運用状況を踏まえて、現状の評価と課題を記してみたい。

(周知・啓発)

条例の周知、啓発については、県も、熊本障害フォーラム(つくる会が条例制定後、発展的に「熊本障害フォーラム(以下、KDF)」と改称)も、それぞれのフィールドで行なってきた。県においては、関係団体、各市町村の研修会等を中心に広域専門相談員を講師として派遣し、条例の周知に取り組んでいる。平成26年度は計13回(受講者854人)の研修を実施している。 一方、KDFでも、加盟各団体内での啓発のほか、差別事例の寸劇を交えた勉強会や講演会も開いている。その結果、運用の進捗と相まって、条例の県民認知度は、施行開始年の2012年の30.9%から2014年は33.1%と伸びてきている。

(救済の仕組みと広域専門相談員の位置づけ)

相談体制としては、地域相談員(身体障害者相談員、知的障害者相談員、障害者相談・人権擁護に知識と経験を有する者)が相談対応にあたり、広域専門相談員が連携して解決にあたることになっている。もちろん、広域専門相談員に直接相談が来るケースもある。

ちなみに、広域専門相談員を最初に導入した千葉県では、圏域ごとに設置されているが、熊本県では県全体で4人が任命されている。身分は嘱託職員であり、日当9,240円で20日以内の勤務である。精神保健福祉士、または社会福祉士、臨床心理士の資格を持つか、障害者を対象とした分野での勤務経験がある者となっている。実際、採用されている人たちは、社会福祉士として行政で働いていた退職者、支援学校の退職校長、精神保健福祉等の分野での経験がある人が採用されており、彼らは基本的には、県障がい者支援課において電話対応にあたっており、常に条例運用担当の県職員と連携しながら解決に取り組んでいる。

千葉県と比べて、一見稼働状況が低いように思われるが、4人+県職員のチームで相談事例を共有しながら進めていけるので、広域専門相談員の孤立や独断が避けられるようだ。必要に応じて、直接当事者に話を聞きに出たり、現場での対応にもあたっている。その際も、相談員単独ではなく、県職員も同行している。相談員丸投げにせず、施策への反映も考えるという点からも、県が条例をどれだけしっかり運用させていくのか、今後ともその姿勢の維持、発展が試されると言えよう。

加えて、広域専門相談員の人数が妥当なのかも検討が必要であろう。もっと外へと活動を展開していく必要はないか。蓄積した経験を次の相談員にどう継承していくのか。また、仕事に意義を感じながらも嘱託職員では生活が安定せず、他の分野に移った相談員もいると聞くが、処遇面での改善の検討も必要ではないかと考える。

(解決困難事例への対応)

多岐にわたる相談の中には、制度の紹介で解決したり、しかるべき関係機関への紹介で解決するケースもあるようだが、精神障がいの方や発達障がいの方からの相談の中には、訴えを聞き、相談の全容を把握するだけでもかなりの日数と時間をかけて対応する事例もあるようだ。それでも、解決が困難なケースは、知事が任命した有識者15人による調整委員会へ申し立てることができる。ちなみに、過去3年間で、3件の申し立てがあり、3件とも不利益取扱い事案には当たらないと判断された。もし、調整委員会で助言・あっせんがあっても、相手側がこれに応じない悪質な場合は、知事による勧告・公表となることも条例上は可能であるが、千葉県でもこのような事例はないように熊本県でもゼロで、調整委員会においてすら、不利益取扱いと判断されたケースはまだないので、知事勧告・公表は悪質なケースへの「抑止効果」と位置づけるのが現実であろう。

条例改正への期待と現実 条例制定から4年目にあたる2015年12月県議会で、条例の一部改正議案が可決された。KDFでは、3年が経過して条例改正が可能になることを見据えて、条例改正について提案し、働きかけてきた。この間、障害者差別解消法が制定され、改正障害者雇用促進法の新たな規定がなされ、国連障害者権利条約が批准された状況を踏まえ、条例改正がなされることとなった。

主な改正のポイントは、

  • 障害者の定義に三障害に加え、難病や発達障害を明記
  • 不利益取扱い、合理的配慮の不提供は「差別」と明記

今後の主な課題は、

  • 関係機関(行政・民間)との連携から踏み込んだ関係機関への働きかけの強化
  • 広域専門相談員の資質向上、増員、処遇改善などあり方の再検討
  • 調整委員会のさらなる活用
  • 女性障がい者の複合差別、障がい児などの課題の啓発の強化
  • 県職員、県教職員、県警察職員など足元の熊本県職員へのさらなる研修の充実

おわりに

熊本県条例は、後発の条例に比べて内容で不十分な点もある。しかし、当初、KDFが意図した「この条例を不十分でも大きく育てる」という点では、この間の熊本県の取り組みは概(おおむ)ね評価できる。障害者差別解消法にも謳(うた)われていない「紛争解決の仕組み」を持ち、それを地道に運用して、相談件数を年々伸ばしてきていることは、県民の信頼が少しずつ生まれてきていることの証左であろう。一方で、「条例で解決できなかった」と不満を持つ人の声も少なからず聞く。今後は、条例だけに依らず、それらの声にさらに丁寧に対応し、解決を模索し続けることも課題であろう。

障害者権利条約に批准した国として、権利条約の完全履行には、国レベルでの制度づくりやそれに伴う予算確保が重要であることは言を俟(ま)たない。しかし、日常生活レベルでの差別に苦しむ当事者の声に近い自治体で、条例があるかないかでは大きな差になってくる。したがって、条例を持ち運用している県として、熊本県が他自治体に刺激を与え、また刺激を受けながら切磋琢磨して、障がいのある人を含む誰もが生きやすい自治体になっていくことを、今後とも、地元の当事者としてしっかり見守っていきたい。

(ひらのみどり NPO法人自立生活センターヒューマンネットワーク熊本理事)