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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2016年2月号

ワールドナウ

仲間同士で支え合う
~障害のあるシリア難民のピアサポート活動~

上岡廉

ヨルダンのシリア難民状況

2011年から始まったシリアの内戦は、5年近くが経過した今も終結する見込みはなく、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)によれば、シリアと国境を接するヨルダンには2015年12月時点で約63万3千人のシリア難民が流入している。これは難民登録者数であり、ヨルダン政府は登録していない者も含めるとその数は140万人にも上ると主張している。

ヨルダン政府は、シリア難民に対する支援を実施しているものの、増え続ける難民や長期化する避難生活のため財政的負担が大きく、ヨルダン国民からの不満も高まっていることから、支援は減少傾向にある。加えて、シリア難民はヨルダン国内で正規就労を認められておらず、生計手段もないことから、過酷な環境に置かれている。難民における障害者数に関し、UNHCRは難民登録者の2.5%に障害があるとしているが、Handicap InternationalとHelpAge Internationalのサンプル調査によれば、ヨルダンに住むシリア難民のうち、26%もの人々が何らかの機能障害を有している。

難民登録の際、障害が適切に認定・記録されないために、障害者数が正確に把握されていないと考えられる。Women’s Refugee Commissionは、「難民」であることの困難に加え、「障害」による困難から、難民の障害者は医療面、社会面ともに多くの満たされないニーズを抱えていると分析している。

障害のあるシリア難民を対象としたJICAの協力

このような状況の下、国際協力機構(JICA)は障害のあるシリア難民を対象とした協力を2014年に開始した。難民が生活する場所は大きく分けて、難民キャンプとヨルダン人が生活する場で難民を受け入れているホストコミュニティの2つがあり、18%が難民キャンプに、82%はホストコミュニティに居住している。難民キャンプ内では、国際機関や国際NGOなどが活発に活動し人道支援が行われているため、JICAの協力では、首都アンマン近郊のホストコミュニティの障害者を対象とすることとした。UNHCRなどよると、社会心理面のサポートが最も必要なグループの1つに障害者が挙げられているが、他機関の障害者を対象とした支援は、車いすなどの供与やリハビリテーションの提供など医療的アプローチが多い。JICAはこれまでヨルダンの障害分野で継続した協力を実施しており、現地関係者との信頼関係や育成してきた人材資源などを活用し、社会心理面のサポートを実施することとした。

2014年11月には、日本から障害のある専門家を派遣し1)、障害者同士がお互いを支え合うピアサポートグループ設立に向けたワークショップを開催した2)。続いて、2015年3月と8月には、障害平等研修3)(DET)のファシリテーター養成研修を実施し、11人のシリア難民DETファシリテーターを育成した4)。これらの協力を通じ、障害のあるシリア難民はグループを形成し、JICAヨルダン事務所のサポートのもと、DETの実施や障害者対象サービスの情報収集、障害者スポーツなどのグループ活動を行なっている5)

ピアカウンセラー育成研修

2015年12月には、グループメンバーの「他の障害のあるシリア難民の心理的サポートをしたい」という希望に応えるため、ピアカウンセラー育成研修を実施した。ピア・カウンセリングは、似たような困難に直面する障害者自身がカウンセラーとなり、障害者同士が話をする・聴く役割を交代する手法で、1980年代から自立生活を目指す障害者が自己信頼を回復する場として日本で発展してきた6)。大阪の「自立生活センターあるる」と「いばらき自立支援センターぽぽんがぽん」の協力のもと、2人の障害者が専門家として2人の介助者と共にヨルダンに赴き、5日間のプログラムを実施した。

参加者は、前段のJICA協力の対象者が半数、残り半数が新メンバーから成る計12人(女性5人含む)で、内戦に巻き込まれ、狙撃や拷問を受けたことが原因で脊椎損傷となった身体障害者や、先天性の視覚障害者などである。男性参加者の多くは、シリアで負傷しヨルダンの医療機関に緊急搬送され、その後、アコモデーションセンターと呼ばれる共同住居で生活している。

研修後に参加者がピア・カウンセリングを実施できるようになることを目標とし、プログラムは、日本のピア・カウンセリング集中講座を元にしつつ、できるかぎり参加者が1対1で話をする・聴く役割を交換するセッションを実践しながら学ぶ内容とした。

また、専門家の発案で、研修後半は参加者がプログラムのリーダー、サブ・リーダーの役割を担い進行を行う、通訳者も不在となり、日本人およびシリア難民の障害者だけでプログラムを行う時間を設けるなど、参加者が主体となるアプローチを採った。参加者からは「以前は話そうと思えなかった辛い経験をセッションの中で話すことができた」「障害者同士だから話せることが多々あり、ピア・カウンセリングの手法は非常に有効だと思う」などの声が挙がった。研修当初は人の話を遮り、自分の話をすることの多かった参加者が、少しずつ他者の話を最後まで聴くようになったのがとても印象的だった。

今後の協力の方向性

研修を通じ、参加者はピア・カウンセリングの手法を理解し、セッションができるようになった。今後、ピア・カウンセリングを含むピアサポートグループ活動の推進のため、定期的なミーティングの開催やテレビ会議システムを活用しての活動のフォローアップ、ピア・カウンセリング上級講座の実施を検討している。合わせて、日本からコンサルタントを派遣し、障害のあるシリア難民のニーズや、シリア難民を対象としたサービスを実施している団体の情報のとりまとめを行う調査を予定している。

これまでの協力を通じ、障害のあるシリア難民グループは活発に活動している。障害のある仲間同士が支え合う活動が、将来、シリアで障害者が参加する新しい国造りにつながることを願い、JICAはこれからも彼らの取り組みをサポートしていく。

(かみおかれん 国際協力機構(JICA)人間開発部社会保障チーム)


【注釈】

1)JICAの「障害と開発」協力の特徴として、障害者は国際協力の受益者であるだけでなく担い手であるとの信念から、障害のある障害当事者の派遣を推進している。

2)詳細な協力に関しては、以下のリンク「障害をポジティブにとらえ、社会を変える主体者に―障害当事者がヨルダンでシリア難民障害者を支援」をご参照ください。http://www.jica.go.jp/topics/news/2014/20141222_01.html

3)研修参加者が差別や排除としての障害を見抜く視点を獲得し、共生社会を作る行動を促す障害啓発研修。障害者自身が対話の進行役となるファシリテーターを務める。

4)本研修には、JICA協力で育成されたヨルダン人DETファシリテーターが講師として参加している。

5)DETやグループ活動などについて、障害のあるシリア難民が作成したニュースレターをご参照ください。2016年1月現在、「Group Activities of Syrians with Disabilities」「Newsletter from Syrian PWDs group」の2つが公開されている(英語のみ)。http://www.jica.go.jp/jordan/english/office/newsletter/index.html

6)これまで障害者団体やJICA協力により世界各国で実施され、障害者のエンパワメントや障害者リーダーの育成などに大きな効果があることが分かっている。ヨルダンで研修を行なった専門家は、ベトナムやコスタリカでピアカウンセラー育成に携わっている。

【参考資料】

・Syria Regional Refugee Response: http://data.unhcr.org/syrianrefugees/regional.php

・HelpAge International and Handicap International. 2014. Hidden Victims of the Syrian crisis. Available from: http://www.helpage.org/newsroom/latest-news/hidden-victims-new-research-on-older-disabled-and-injured-syrian-refugees/

・SmithKhan, L. and Crock, M. 2015. Syrian refugees with disabilities in Jordan and Turey. Available from: https://www.researchgate.net/publication/281853465_Syrian_refugees_with_disabilities_in_Jordan_and_Turkey

・UNHCR et al. 2014. Joint Assessment Review of the Syrian Refugee Response in Jordan. Available from: http://reliefweb.int/report/jordan/joint-assessment-review-syrian-refugee-response-jordan