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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2016年2月号

ほんの森

高次脳機能障害を生きる
当事者・家族・専門職の語り

阿部順子/東川悦子 編著

評者 大田仁史

ミネルヴァ書房
〒607-8494 京都市山科区日ノ岡堤谷町1
定価(本体2000円+税)
TEL 075-581-0296
FAX 075-581-0589
http://www.minervashobo.co.jp

ナラティブの力に及ぶものはない。それは語られるすべてが真実だからだ。自分を語れない人の苦しみは身近な人に伝播(でんば)する。家族は最も近くにいて、当事者本人とシンクロしながらその苦楽を倍増していく。そこで語られることは本人の苦悩に家族の苦悩が重なっている。深くかかわった専門職は、それらの苦悩にさらに専門であるが故の苦悩を重ねて語る。そこから普遍なるものを抽出すれば、より多くの支援者に支援手法の糧を提供できることになる。この本は、そのような材料が詰まった貴重な本である。

この本の書評を1000字に纏(まと)めるには紙幅が足りないので、若い読者のために、この本の利用の仕方について筆者の考えを述べるにとどめる。

「はじめに」で編集者の阿部順子氏が述べているように、すべての当事者や家族の語りに専門職の解説が付いているので、初心者には参考になる。ことに、7話の青木重陽氏(リハ医)と9話の本多留美氏(言語聴覚士)の解説はとても分かりよく勉強になるだろう。またこの本は、症候学、心理学、社会学、臨床哲学(大田)の実学書と言ってよく、若い読者や、リハビリ担当者には「当事者自身の語る臨床講義」と考えて勉強するようお勧めする。

勉強の手順は、エピソードの内容から、症候学では、特に記憶障害や切れる、暴れるなどの異常行動などの神経心理学的症候をすべてノートに洗い出す。心理学でも同様に、本人・家族の口から出た不安、悲しみ、悔しさ、喜びなど情緒に属すると思われる言葉をそのまま書き出していく。社会学では、友人関係、学校や職場での人との関係、家族関係、制度やサービスについての事柄など社会や制度の中での諸々の葛藤について、臨床哲学に関して言えば、これは私が造った言葉で恐縮であるが、生きる意味や目標を問うとか、人に感謝するなど、自身の信条や価値観に照らして「考える」ことから出てくる言葉である。

このような数々の言葉をジャンルごとに整理すると、高次脳機能障害の広さと深さが分かり、主観でしか知り得ない内容をわずかでも垣間見ることができる。場合によっては、言葉で括(くく)ることによって本人や家族も整理しにくい心が開かれるかもしれない。

いずれにせよ、高次脳機能障害者に長年寄り添ってサポートし続けてくれている人たちが大勢おられることに頭が下がった。老いぼれの脳はいたく刺激され、ひさしぶりによい勉強をした。編著者の阿部順子、東川悦子両氏に深く感謝する。

(おおたひとし 茨城県立健康プラザ管理者、茨城県立医療大学附属病院名誉院長)