音声ブラウザご使用の方向け: ナビメニューを飛ばして本文へ ナビメニューへ

  

「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2016年3月号

デイジーを知ろう!

3.これからのデイジー

河村宏

1 米国で花開くデイジー

「デイジーのおかげで子どもたちの将来が変わりました」とアメリカの視覚障害児のお母さんたちに元気よく声をかけられたのは、今から数年前。ディズニーワールドで賑わうオーランドー市で開催された米国教科書教材アクセシビリティ標準規格(NIMAS)諮問委員会にデイジーコンソーシアム会長として出席した時のことです。

ほぼ同じ頃に、ワシントンの国務省で開かれたインクルーシブ教育セミナーに出席した時にも教育省の高官から「デイジーの導入で一般の教員の意識に大きな変化が起きた。学習が困難な子どもがいると、その子のニーズと教科書・教材とのミスマッチはないかを点検する視点が生まれてきている」と聞きました。

35万の登録会員を擁し、40万冊のデイジー図書を障害者に提供するブックシェアの創設者ジム・フラクタマンも、「デイジーという優れたアクセシブルな電子出版の国際標準規格があったおかげでブックシェアを立ち上げることができた」と言っていました。登録会員の多くは、学校や大学ですから、ブックシェアの実際の利用者数は100万人を超えると思われます。今、彼は、アメリカの退役軍人の14%が何らかの障害で普通の本を読めない状態にあることを指摘して、退役軍人の読書機会を保障するキャンペーンを行い、イラクやアフガニスタンから帰国して大学に入学する退役軍人のブックシェア利用者を増やそうとしています。

先に述べたNIMASとは、米国の紙で発行される幼稚園から高校までの3万種類近い教科書教材の出版社が、その教科書教材の電子データを国のデータセンターに納品する際に従うべき技術仕様です。米国政府は、すでに十分に要求を満足させる良い標準規格(デイジー)があるので、それをNIMASとして使うという実践的な選択をしました。ブックシェアは教育省から資金を得て、国のデータセンターからNIMAS規格のファイルをダウンロードして、デイジー、点字、拡大などの形にほぼ自動変換して効率的に提供しています。

こうして米国では、デイジーのおかげで高等教育が終わるまで障害がある学生にも学業のための読書機会が保障されています。

2 日本のデイジー教科書事情

米国政府がNIMASを制定して、デイジー規格を教科書のアクセシブルな電子版とすることを決めたのは今から10年前の2006年です。2008年に日本で教科書バリアフリー法が制定された時に、私たちは法に明記された発達障害等と視覚障害の両方の子どもたちのために、米国と同様に国の責任によるデイジー教科書の提供を求めました。残念ながら文部科学省は、視覚障害児童用の点字教科書と紙に印刷した拡大教科書のみを国による無償給与とし、それに沿う形で、アクセシビリティが不十分なPDF形式の電子ファイルを教科書デジタルデータの標準と定めて今日に至っています。

その結果、デイジー教科書は、学習障害の子どもたちの窮状を見かねた支援団体やディスレクシアの子どもを持つ家族を中心にしたボランティア団体等の力で製作され、現在の利用者数は、学習障害を中心に、全盲や弱視の生徒も含めて3300人に達しています。

日本の義務教育の学齢期の子どもたちの約10%が通常の検定済み教科書を読んで理解することが困難です。国内外における調査と、これまでのデイジー教科書利用者によって確認された成果とを総合すると、この100万人の子どもたちにデイジー教科書の選択肢を与えれば、子どもたちの将来が大きく変わることは確実です。デイジー教科書を使うことによって、自分でも読める教科書が存在することを生徒本人と先生が気づくだけで、どれだけ多くの子どもたちの授業放棄が防止できるか計り知れません。

小中学校合わせて検定済み教科書は約250タイトルで、仮に1冊の製作費が400万円だとしても総製作費は10億円、一人当たり千円です。大改定は4年に1回ですから、途中の年の改訂版作成費はずっと安くなるでしょう。

デイジー教科書のボランティアによる製作は、障害者差別解消法が施行される2016年4月1日以後も続きます。読める教科書が無くて教室で辛い思いをする子どもたちのことを思う一心で、授業スケジュールに追われながら製作する現在のデイジー教科書製作態勢は、製作者の超人的な努力でやっと維持されている状態で、もう限界に近づいています。

文部科学省は5回にわたって、全国各地ですでに出来上がっているデイジー教科書を活用して学習障害等の児童生徒のニーズに応えるように都道府県教育委員会に呼びかけています。すでにあるものを活用するのは大いに歓迎ですが、本来、国の責任である「児童生徒が読んで理解できる義務教育教科書の無償給与」という基礎的環境整備の責任を放棄して、デイジー教科書を製作者にその負担を転嫁している今の状況は早急に是正されるべきです。

3 技術開発と環境整備

本、新聞、雑誌、広報、広告などを紙に印刷する出版から、コンテンツと呼ばれる電子ファイルに記録した知識と情報を再生システムを使って読む電子出版への移行が急速に進んでいます。コンテンツは、インターネット配信あるいはUSBなどのメディアで提供され、利用者はPC、スマートフォン、タブレット端末あるいは専用デバイスを使ってコンテンツを再生して読みます。今、世界の出版界は、基本的にコンテンツをEPUBで統一することで合意しています。デイジーコンソーシアムは、これまで開発してきたアクセシビリティ技術をすべてEPUBに移転し、アクセシブルなEPUBを最新版のデイジーと呼べるようにしました。

コンテンツを構成する文や図表、写真、地図などのほとんどがワープロ等のソフトで電子ファイルとして作られているので、その電子ファイルを編集してまず電子出版物を作り、それをマスターファイルとして紙の本や点字版、あるいは拡大版を印刷提供するという出版の作業工程の大転換期を迎えています。

スイスに法人格を持つ国際NGOのデイジーコンソーシアムは、すべての人の読書のニーズを満たす出版を実現するために、技術開発と、その技術を活用できる社会的な環境の整備の両方の取り組みを進めて、この転換期の到来を促進してきました。

4 デイジーの国際展開

2003年と2005年の2回にわたって開催された国連世界情報社会サミットでは、日本をはじめとする世界のデイジーネットワークが奮闘して、ユニバーサルデザインの理念に沿った情報化の推進による障害者差別の解消という戦略目標が国際的な合意となりました。また、並行して審議された国連障害者権利条約にもユニバーサルデザインの理念による情報化の促進が反映されました。気付いてみれば、世界情報社会サミットは、障害者及びユニバーサルデザインという文言を初めて成果文書に入れた国連サミットでした。

国際デイジーネットワークの次の活動の成果は、世界知的所有権機構が2013年に採択した障害者の読む権利を国際的に保障するために著作権を一部制限するマラケシュ条約でした。

また、障害者を含むすべての人が事前に災害に関する知識を持ち、それぞれが役割を持って防災に貢献することを2030年までの戦略目標として確認した第3回国連防災世界会議は、べてるの家のデイジー版避難マニュアルを活用した真剣な避難訓練の実践を国際的に高く評価し、精神障害や自閉症の人々にも正確に理解しやすいデイジー版マニュアル製作への関心が国際的に高まりつつあります。

5 次の課題

このような国際展開の先に見えてくるのは、電子出版物という現代の人類が共有する知識と文化の集積を、現在のすべての人だけでなく、将来世代とも共有する責任です。今の私たちが過去の出版物の恩恵を受けて知識と文化を発展させたように、私たちの子孫が私たちの時代の出版物にアクセスする権利があることを忘れてはなりません。コンテンツのアクセシビリティの確保とともに、未来の人々に対するコンテンツの仕様の完全な公開が必須です。デイジーとEPUBは特定の再生環境に依存しない、仕様が完全に公開されているオープンスタンダードなので、このように長期の展望を持った出版を支えることができます。将来に現代の知識と文化を継承していくことも、デイジーの重要な目的の一つです。

(日本デイジーコンソーシアムは、新たに個人賛助会員の制度を設けて、これまでの3回の連載でご紹介したデイジーの理念に賛同される方に入会を呼び掛けています。詳細は下記URLをご覧ください。http://blog.normanet.ne.jp/atdo/?q=node/399

(かわむらひろし 国際DAISYコンソーシアム理事(元会長))