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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2016年3月号

列島縦断ネットワーキング【滋賀】

究極のお土産に選ばれた湖(こ)のくに生チーズケーキ作りの取り組み

大野眞知子

社会福祉法人あゆみ福祉会は共同作業所の設立から37年目を迎えました。設立当時から下請け作業・リサイクル作業が中心でした。給料保障は思うようにはいかない状況が続き、得られる収入は自立にはほど遠い現実でした。一定の収益を継続して得られる事業を起こし、その事業に就労してもらうことで利用者に自立への希望を持ってもらいたいとの思いから、このままではあかんと、平成22年にほんもの委員会を立ち上げました。

食品開発のコンセプトは月並みですが地産地消。会議の中であるお父さんのケーキはないなぁという意見から、お父さんが好きなケーキ→酒→酒粕と素材が絞られていきました。当時、全国で2商品が酒粕スイーツとして紹介されていましたが、酒粕ってお酒を絞った後のカス…粕のイメージは悪いなあと思っていました。しかし作業所に資金はなく、高い素材も使えず、酒粕は珍しい素材でいいかなと思い取り掛かりました。試作を進めていくとなかなか酒粕は難儀なもので、熱を加えると風味は落ちるし、生地に入れると膨らまない、という苦戦の連続でした。

その頃、スイーツ業界は生・半熟カステラなどに火がつきだしたところでした。賞味期限や衛生・品質管理が厳しいことを考えるとかなり迷いましたが、レアチーズケーキにすると良質のお酒の香りや味がしっかりと残り、作り方も容易だったので、進めることにしました。地元酒蔵に香りのよい酒粕を分けてほしいと相談すると、「物は作れても販売の出口が見えないと駄目だ、それが施設の支援員にできるのか」と指摘され気弱になりかけましたが、いや!私たちはやるしかないと決意しました。発売してみると斬新な味と評価は上々、ホッとしたことを覚えています。

その年の冬に、滋賀県社会就労事業振興センターの県内授産商品のプロモーションを手がける職員さんとその方がリーダーをしている「Team coccori(チーム コッコリ)」のクリエイターグループとパッケージデザイン・販売戦略・広報戦略を練っていきました。商品価値を高め、世の中に出していく手法を教えていただき、目まぐるしくも新鮮な時間でした。本物の商品になっていく過程を学びました。

滋賀県の老舗酒蔵を訪ねると、上質な酒粕の使い道を模索されているところでうまくマッチングすることになり、歴史ある酒蔵のブランド力をお借りすることができました。ブランドに傷をつけてはと、身が引き締まる思いでした。

平成24年8月、「湖(こ)のくに生チーズケーキ」が完成。お披露目会は東近江市長をお招きして催行しました。工房しゅしゅもホームページを立ち上げ、商品開発会議の様子からチーズケーキ完成までの過程を紹介して販売の広報に努めました。

秋には、障害者福祉施設がお菓子を競う兵庫セルプセンター主催の第4回「スウィーツ甲子園」で準グランプリを受賞しました。翌年1月には、第1回滋賀のクールないいものを選りすぐる「ココクールマザーレイク・セレクション2012」に認定されました。秋には観光庁が主催する「世界にも通用する究極のお土産フォーラム」で、全国からの応募商品747点の中から9商品の一つに選ばれました。

審査員からは、この商品にはストーリーがあり、滋賀の琵琶湖周辺の景色が目に浮かびますと講評がありました。日本酒の利き酒に使うお猪口(ちょこ)を容器に用いたのも目を引くことになり、この受賞を機にテレビや雑誌等で紹介されることが多くなり、注目度は上がってきました。

注文数が多くなってくると、厨房の一角の3畳ほどの製造場所では供給が追いつかなくなってきました。売上は約3倍になり、商品を求めて県内外から買いに来られるお客様も増えてきました。ここで作っているのですかといった声も聞かれ、移転しなくてはという思いが膨らむなか、滋賀の地方銀行員が「この商品は滋賀のお土産にいいですね」と目をつけていただき、地域イノベーションサイクル推進を目的とした総務省の「地域経済循環創造事業補助金」の話を持ち込んでくださいました。チャンス到来とはまさしくこのことと思い心が躍りました。

新しい工房建設は、建設地の決定、地域住民との合意、資金面、理事会への説得等々、難題を克服して東近江市から総務省に申請し、10月に決定通知がおりました。平成27年3月に建物が完成し、4月に製造所兼直営店舗「工房しゅしゅ」がオープンしました。

しゅしゅの利用者は6人、支援員2人、製造・店舗スタッフであわせて15人です。店舗は小さな空間ですが、自分たちのお店が持てて、対面販売ができることでみんな大満足です。利用者はとても働きやすく、機能的になっている新しい厨房にもびっくりです。製造能力は今までと比べものになりません。念願のオーブンを入れることができて、メニューを増やすことが可能となり「湖のくに焼チーズケーキ」「滋賀の丁字麩 おふらすく」が新たに加わりました。しゅしゅ本来の大きな目的だった利用者の仕事もたくさん作り出すことができ、本当に嬉(うれ)しく思います。

工賃はまだ4万~5万円ですが、今後は作業能力に応じて給料をアップしていきます。しゅしゅのメンバーはあゆみ作業所からの長年在籍の方が多く、ゆったりとした作業に慣れていたため、忙しくなると「あーあ疲れた疲れた」と連呼します。しかし、彼らは働くことがとても好きなことは分かっているので、しっかり話をしながら作業に励んでもらっています。今では忙しい方が生き生きとしています。給料が増えてどう使っていいのか分からない、などの声もあがり、苦笑してしまいます。

仕事の内容で人は変わります。障害のあるなしにかかわらず、誰にどのようにどれだけ必要とされているかだとメンバーをみて感じます。

今後の展開を考えていた時、日本が誇るクールジャパンな商品を選ぶフォーラムがあると紹介され応募しました。経済産業省の「The Wonder 500TM」です。全国からの応募約2000点のから500選を認定する中に入ることができました。これは海外進出を目指す取り組みで、今は展示だけですが、ニューヨーク、香港、タイで紹介されました。海外では近年日本酒ブームと言われている中、どのようにして売り込むか、わくわくどきどきしています。

平成28年2月には農林水産省の「優良ふるさと食品コンクール」で農林水産省食料産業局長賞を受賞しました。3月中旬に行われる、霞が関ビルでの授賞式には利用者と共に出席し、喜びを分かち合いたいと思っています。

この商品の魅力は、琵琶湖をぐるっと取り囲む老舗6酒蔵にそろって協力していただけたことに加えて、滋賀の山々からの伏流水が地域ごとに違い、仕込まれるお酒が蔵元の工夫でおいしいお酒になり、6種類の味が顕著にお客さんの味覚をくすぐります。作り立てから賞味期限までの14日間で日ごとに熟成され、風味豊かに味が変化していきます。蔵元は「酒粕は生きています」と話されます。日本人が酒粕の良さに気がつき、日本酒文化が栄えていけばいいなと考えます。

あゆみ福祉会前理事長が言葉をかみしめるように、「今まで主役でなかった酒粕を主役にしたことは意味があった」と話され、すごく心に響いてきました。施設長は、「商品が好評なおかげで利用者の給料を上げることできた、自立可能な収入が得られるように力を尽くしたい、そして生まれ育った滋賀から全国によいものを提案することで、恩返しができれば」と展望を語っております。

私たちは今後、さらに滋賀らしい商品を生み出し、より多くの利用者が働き、最低賃金が支払える仕事を作っていきたいと考えています。

さまざまな出会いが「湖のくに生チーズケーキ」を大きな舞台へと担ぎあげてくれました。あらゆる要望に応えられるような生産体制を整え、しゅしゅのブランドを大切に、利用者とともに楽しい工房にしていくことに全力を尽くしたいと思います。

(おおのまちこ 「工房しゅしゅ」工房責任者)