音声ブラウザご使用の方向け: ナビメニューを飛ばして本文へ ナビメニューへ

「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2016年4月号

意思伝達装置の支給体制の現状と展望

井村保

1 難病と意思伝達装置

意思伝達装置は、神経筋疾患等の進行性難病等により重度の肢体不自由及び音声言語機能障害を有する人が意思表出のために使うコミュニケーション機器(CA機器)の1つで、障害者総合支援法に基づく補装具に該当する(制度上の種目名は「重度障害者用意思伝達装置」)。補装具を定める告示の購入基準には「文字等走査入力方式」と「生体現象方式」の2つの名称(形式)があり、一般的には、まず「文字等走査入力方式」(いわゆるスキャン入力方式)が使われることになる。

実際に補装具として支給されている件数は、ここ数年は増加傾向にあるが1年に600台程度で、その中でも、筋萎縮性側索硬化症(ALS)が約67.7%、その他の神経筋疾患も含めると約81.6%と、進行性神経筋疾患が大半であるが、十分に普及していないことが大きな課題でもある。特に、ALSは極めて病状の進行が早いため、早期に適切なアプローチを行うことが大切であり、ここでの対応がうまくいかないとスムーズな機器導入につながらない。

2 意思伝達装置の利用状況

筆者らが実施した、日本ALS協会会員を対象としたアンケート調査では1801人中468人からの回答があり、PC等(IT機器)の利用を含む何らかのCA機器の利用状況は、「まだ利用する必要がない」と答えた予備群(未利用群)は81人(17%)、「機器を利用している」と答えた利用群は256人(55%)、「今は利用していない」と答えた中止群(非利用群)は131人(28%)という結果が得られている1)。ここで、各群における療養生活期間の長さ・医療的ケアの状況や介護負担は、予備群から利用群、そして中止群へと長期化・重度化していたことから、病状の進行に対応するといえる。

しかしながら、平均年齢をみると、必ずしもこの順での推移ではなく、利用群が予備群より低く、中止群で再び高くなる結果を得た。さらに、予備群の中にはCA機器が必要となる利用群に相当する状態であるケースも多くみられた。さらに、背景にあるその他の基本属性を3群で比較すると、予備群では、平均年齢が高いことに加えて、PCやインターネットの利用経験がないケースが多くみられた。つまり、発症前のIT機器の利用経験がCA機器の導入に関係するといえる。そのため、まだCA機器を必要としない時期から何らかのIT機器を利用しておくことが、病状の進行に伴って予備群から利用群への移行を促す要因になると考えられる。

3 意思伝達装置の導入に向けての支援

意思伝達装置の導入支援といえば入力スイッチの適合と思われがちであるが、それは連続して病状の変化するALS患者に対する療養生活における支援の1つでしかない。意思表出ができなくなってから、スイッチを用いて代替手段の練習を行うのでは間に合わないので、適切な時期に情報提供を行い、機器の利用を促す早期のアプローチも大切である。

さらに、障害の発生状況には個人差があるが、あらかじめ次の段階を見据えた対応を行わないと、意思表出に制限がある期間が生じてしまう。そのため、意思伝達装置等のCA機器の利用に関しては、大きく分けて前述の3群に相当する時期を想定し、さらに厚生労働省神経変性疾患調査研究班によるALS重症度分類や、林らによる意思伝達能力Stage分類2)をもとに細分化し、表1に示す5つのフェーズで検討することが望ましいと考える。

表1 重症度分類・Stage分類に基づくフェーズと支援内容

身体状況の期分け 想定する程度と対応、支援内容(例)
【準備期】 まだ障害も軽く、コミュニケーション活動に制限のない時期
  フェーズ1 通常のコミュニケーションが可能(重症度1~2)
⇒ 初期の情報提供とIT機器利用促進
  「予備群」から「利用群」へのスムーズな移行を目指す。PCによるコミュニケーションが必要になることに備え、PC等の習得(慣れ)が必要。
ときには、先輩患者に引き合わせるピアサポートも有効。
【利用期】 PC等の何らかのIT機器やCA機器を用いることで、コミュニケーション活動を維持している時期
  フェーズ2 IT機器を使ったコミュニケーション開始(重症度2~3)
⇒ 特殊な入力装置等でのPC利用等
  キーボード・マウス代替装置の利用PC等を利用したコミュニケーションを開始する。スイッチの練習のためにリモコン等も利用。
  フェーズ3 意思伝達装置の導入(重症度4~5・Stage 1)
⇒ 走査入力方式の習得
  意思伝達装置の利用開始。操作方法の確実な習得と利用機会の増大を図る。
  フェーズ4 入力装置の交換等による利用の継続(重症度5・Stage 2~3)
⇒ 利用継続のための身体評価
  意思伝達装置の入力装置交換も発生。療法士による専門的な評価・再適合。
【困難期】 随意的な機器操作が困難になり、呼びかけに対しての表情などの変化での意思確認ができるか、コミュニケーション活動が困難な時期
  フェーズ5 スイッチによる文字入力が実用的でない(重症度5・Stage 4~5)
⇒ 身体機能全般の医学的評価
  他の身体部位の評価も行い、意思伝達装置の利用が不可能であれば、他の手段を検討も必要。聴覚・認知機能の確認も実施。

そして、各フェーズにおいて適切なアプローチを行うことで、利用期になる時には利用群となり、困難期になりつつも可能な限り利用群であり続けられるような支援が求められる。前述の調査結果や、身体機能の変化に合わせて考えると、意思伝達装置の利用に関わる具体的な支援内容の例は図1のようになる。

図1 身体機能の低下に応じたコミュニケーション支援の内容
図1 身体機能の低下に応じたコミュニケーション支援の内容拡大図・テキスト

4 補装具費支給制度と早期導入

現在の補装具費支給制度では、原則として、障害固定のある障害認定を受けた者がその対象であるが、障害者総合支援法への改正時より、政令で定める難病患者等はその限りではなくなった。補装具費支給事務取扱指針においても、意思伝達装置の対象者は「重度の両上下肢及び音声・言語機能障害者であって、重度障害者用意思伝達装置によらなければ意思の伝達が困難な者。難病患者等については、音声・言語機能障害及び神経・筋疾患である者」のように、病状の進行に配慮した記述となっている。

ALSも政令で定める難病等に該当し、意思伝達装置の申請においても障害認定が必須ではない。実際、平成26年度においては、意思伝達装置の本体の支給決定657件中57件(8.7%)が難病患者等への支給決定であった。このことからも、早期支給に対する希望が高いことが伺える(フェーズ2から3に移行する時期)。

補装具の支給にあたっては、対象者の身体機能の評価と、実際に機器を操作できるかという利用状況の2つの側面から判定が行われる。身体機能については、前述のように障害認定前でも可能であるとともに、「筋萎縮性側索硬化症等の進行性疾患においては、急速な進行により支給要件を満たすことが確実と診断された場合は、早期支給を行うように配慮する必要がある」という留意事項もある(平成25年2月12日自治体担当者会議資料)。

しかしながら、実際に機器を操作できることを示すためには、それ以前に機器を利用していることが必要であり、その練習機の確保が課題となる。現状では、業者やボランティア団体・患者会が保有するデモ機等に頼るケースも多いようであるが、好ましい現状とはいえない。

その理由としては、機器の操作のためには、入力スイッチの適合が必要であり、それには医学的評価も必要であること、保有しているデモ機等であっても、その搬送と設置・調整のためには人的なコストがかかっているが、現状では適切な対価が支払われていないことである(フェーズ2の後期)。

5 意思伝達装置導入後の対応

前述の日本ALS協会会員対象の調査では、意思伝達装置の入力スイッチ交換経験者における平均交換期間は19.1か月程度であったが、それでも入力スイッチの不適合により、意思伝達装置が利用できなくなることもある。

入力スイッチの適合を含む機器操作訓練は、医療保険におけるリハビリテーションの一環であり、医師の処方の下で作業療法士等が実施可能である。むしろ、正しい適合のためには知識と技術をもつ作業療法士等が行うことが望ましいといえる。

しかしながら、東京都の追跡調査3)では、補装具として支給された意思伝達装置の利用期間は21.1か月(1か月~58か月)であり、多くは支給後、3年程度で利用できなくなるといえる(フェーズ4から5に移行する時期)。難病患者等への対応で早期支給が期待できることで、この期間の多少の延長は期待できるものの、従来の補装具のように、耐用年数の間にわたり、同一個人が使い続けることが困難ということになる。

また、入力スイッチが使えなくなった際にも、現在の基準にない視線入力方式や、開発の進むBMIへの期待も大きい(フェーズ4~5)。その一方で、コミュニケーション目的に限らず、環境制御(リモコン)機能等を含むIT機器の利用を早期に促してくると、もともとのPCスキルの向上と多様なニーズの実現のためには、意思伝達機能のみならず多様な用途でPC利用を勧める方が患者のQOLの向上に寄与すると考えられる(フェーズ1~2)。

しかしながら、この場合には、補装具の概念である専用装置の枠組みを超えるため補装具制度が利用できないことになるが、図2に示すように、PC本体以外の入力補助具やソフトウェアについてのみ、日常生活用具の情報通信支援用具での対応できる場合もある。

図2 CA機器やPC関連機器と制度の対応
図2 CA機器やPC関連機器と制度の対応拡大図・テキスト

6 まとめ

以上のように、意思伝達装置はALS患者を含む重度の肢体不自由及び音声言語機能障害者には、コミュニケーションの確保にとどまらずQOLの向上には欠かすことのできない機器である。この意思伝達装置は、図3に示すように、種々の入力装置と多様な目的機能の一機能である意思伝達機能の組み合わせで構成され、利用されるものといえる。しかし利用者の多くは、ALS患者を中心とした進行性神経筋疾患患者であり、身体機能の連続的変化や、それに付随しての機能への要望も療養生活の中で変わることから、その組み合わせは必要に応じて変更できれば、結果として、長い期間にわたり機器を使い続けることができる。

図3 入力装置と目的機能の組み合わせ
図3 入力装置と目的機能の組み合わせ拡大図・テキスト

「障害者総合支援法施行3年後の見直しについて~社会保障審議会障害者部会報告書~(平成27年12月14日)」においても、「補装具については…個々の状態に応じて、貸与の活用も可能とすることや、医療とも連携した相談支援の体制整備等を進めるべきである」と報告されていることからも、貸与方式の導入を検討する時期に入ったといえる。この意思伝達装置においても、初期の導入に向けた試用機の確保のみならず、身体機能やニーズの変化に応じるためには、交換可能な貸与制度は有効であると考えられる。もし、貸与制度が導入されることになれば、単なる物的支援にとどまることなく、更新時の再適合の確認の必須化や、機器の設置・調整にかかる人材への費用負担等も考慮した制度設計を期待したい。

(注)本稿で取り上げた調査等は、厚生労働科学研究費/日本医療研究開発機構研究費・障害者対策総合研究事業「音声言語機能変化を有する進行性難病等に対するコミュニケーション機器の支給体制の整備に関する研究」において実施したものである。詳細な結果は、http://rel.chubu-gu.ac.jp/ca-research/にて公開している。

(いむらたもつ 中部学院大学看護リハビリテーション学部)


【参考文献】

1)井村保「ALS患者におけるコミュニケーション機器の利用状況と支援に関する現状分析」日本難病看護学会誌、20(2)、125~138、2015

2)林健太郎・他「侵襲的陽圧補助換気導入後の筋萎縮性側索硬化症における意思伝達能力害―Stage分類の提唱と予後予測因子の検討―」臨床神経、53、98~103、2013

3)村松瑞美・他「重度障害者用意思伝達装置利用実態調査について」身体障害者リハビリテーション研究集会2013抄録集、106~107、2013