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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2016年5月号

企業のCSR活動と障害者支援の取り組み

萬屋隆太郎

「共存」「持続可能な成長」「信頼の獲得」のための活動

さまざまな企業がホームページにCSR方針を掲載し、法令順守はもちろんのこと、自然環境への配慮やよりよい職場環境づくりなどを謳(うた)っている。CSRについては国内外でさまざまな定義があるが、「企業が社会や環境と共存し、持続可能な成長を図るため、その活動の影響について責任をとる企業行動であり、企業を取り巻くさまざまな利害関係者からの信頼を得るための企業のあり方」といえる。

経団連が考えるCSRのあり方をまとめたものに「企業行動憲章」がある。まだCSRという言葉が一般的でなかった1991年に最初の憲章が制定され、時代の変化に応じて改定されてきた。2013年に経済広報センターが生活者を対象に行なったアンケートでは、CSRという言葉を知っていると回答したのは56%であり、一定程度社会に浸透していると評価できる。

企業の社会貢献活動規模は1,751億円

特に社会貢献活動は、CSRの中でも企業が熱心に取り組む分野である。企業行動憲章でも、第6章で「よき企業市民として、積極的に社会貢献活動を行う」と記載している。

経団連とその関連組織である1%(ワンパーセント)クラブの会員企業を対象に、毎年行なっている社会貢献活動実績調査によると、回答企業357社の社会貢献活動規模はおよそ1,751億円、1社平均で4億9,000万円に上る(2014年度調査結果より)。「社会福祉・ソーシャル・インクルージョン」分野の支出は、判明分だけでも約80億円に上る。

企業の社会貢献活動が注目されるようになった契機として、東日本大震災における被災者・被災地支援活動が挙げられる。多くの企業が資金や自社物資・サービスの提供、社員ボランティア派遣を行なった。震災関連の社会貢献支出額は、2011年~2014年度の4年間で約1,220億円に上っている。

現在でも、コミュニティ支援や次世代育成・教育支援、産業再生・雇用創出支援などさまざまな分野で継続して取り組んでいる。障がいのある人々を支える取り組みとしては、被災地の福祉施設で製造された商品の社員向け販売イベントの開催、被災地の聴覚障がい者をテーマにした映画「架け橋 きこえなかった3.11」のチャリティ上映会の開催といった事例がある。

社員にとっても意味のあるボランティア活動

近年では、社員研修プログラムに社会貢献ボランティアを織り込む企業もある。さまざまな福祉施設が企業からのボランティアを受け入れ、参加者は清掃活動や入居者の身の回りのお手伝いなどに従事している。

ボランティア活動は、支えられる側はもちろん、支える側にもメリットがある。たとえば、普段の仕事とは異なる形で、社員が社会のさまざまな人々と触れ合うことにより、製品やサービスを見直すきっかけにもなる。

また、普段の仕事で何気なく使っている知識やスキルがボランティア活動の中で役立ち、相手に感謝されるような経験をすると、社員が仕事に対するやりがいを再認識し、充足感につながるだろう。

多様な主体と連携してのCSR活動の推進

社会貢献活動は、企業単独で行うものではない。地域のNPOや福祉団体と企画を練り、社員がボランティアに参加し、顧客が寄付先を選ぶといった、企業を取り巻くさまざまな利害関係者(ステークホルダー)と連携した社会貢献活動が増えつつある。特に、NPOをはじめとする非営利組織との関係は深まっており、経団連の社会貢献活動実績調査(2014年度)でも、回答企業の77%が非営利組織との接点を持ち、56%が協働による活動実績を持つ(図1)。

図1 非営利組織との接点を持つ企業の割合
図1 非営利組織との接点を持つ企業の割合拡大図・テキスト

CSR活動全般においても、対話などを通じて利害関係者との関わりあいを強めることは「ステークホルダー・エンゲージメント」と呼ばれ、CSRを果たす上で重要な概念と考えられている。もちろん、利害関係者は異なる価値観を有し、お互い対立する場面も多々ある。難しいことではあるが、解決のために同じ方向を向き、対話を通じて譲れる部分、譲れない部分を明確にしたうえで、落としどころを模索する努力が重要である。

本業を通じた社会への貢献もCSR

CSRは多額の利益を上げる企業、多くの社員を抱える企業だけが行う特別なもの、と考えられるかもしれないが、そうではない。経団連の企業行動憲章でも、最初の章で「社会的に有用で安全な商品・サービスを開発すること」の重要性を指摘しているように、企業本来の役割である商品・サービスの提供を通じて持続可能な社会の発展に貢献することができる。

たとえば、視覚障がい者でも手触りでシャンプーとリンスを区別できるように製品に溝を付ける、車椅子やベビーカーが通りやすくするために幅の広い自動改札機を設置する、といったユニバーサルデザインは、さまざまな障害を解消し、本業で社会や環境と共存しようとする取り組み、利害関係者から信頼を得ようとする取り組みといえよう。

近年では、社会課題をビジネスの手法で解決しようとする社会起業家も登場している。善意の寄付で活動資金を得て、ボランティアの助力で組織を運営する、といった良心を頼みとする社会貢献活動は、善意の賛同者がいなくなると活動がおぼつかなくなる。自ら収益を得て、きちんと賃金を支払えるビジネスモデルの中に組み込むことにより、活動の持続可能性が高まるだろう。

CSVはCSRと同様に社会の持続可能性を高める手段

アメリカの経営学者、マイケル・ポーター教授が提唱したCSV(Creating Shared Value:共有価値創造)は、社会課題の解決と企業の利益を同時に目指そうとする考え方である。しかし、これは今までになかった考え方ではない。たとえば日本では、近江商人が「三方良し(売り手良し、買い手良し、世間良し)」の思想を持っていた。これは、商売を通じて自身の利益のみならず買い手の満足、ひいては社会の発展を実現しようとするものである。この考え方は、先述の「本業を通じた社会への貢献」に通じるところもある。

その意味で、直接的な利益を意図するCSVも、CSRと同様に社会の持続可能な成長を目指すことには変わりはない。CSVには、自社の事業分野と組み合わせながら利益獲得を伴うことで取り組みを継続的にできる強みがあるし、社会貢献活動には直接的な利益は期待しづらいものの、社会にとって解決が求められる課題にきめ細かく対応できる強みがある。そのため、企業としては自社の事業分野と解決したい社会課題に応じて、それぞれのアプローチを選択、ないし組み合わせていくことが求められる。

(よろずやりゅうたろう 一般社団法人日本経済団体連合会政治・社会本部)