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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2016年5月号

列島縦断ネットワーキング【東京】

生きづらさをもっている人たちへの支援
~べてぶくろの活動

向谷地宣明

浦河べてるの家の支援

現在「ホームレスの自立の支援等に関する特別措置法」において「ホームレス」と定義される公園、河川、路上を起居として日常生活を営んでいる人は全国に約1万人、ネットカフェなどをオールナイトで常連利用している住居喪失者は、調査されただけでも約5千人いると言われています。その実際的な支援の難しさから、近年、より生活困窮者のメンタルヘルスに配慮したアプローチが求められるようになってきています。

私たちがプロジェクトで参加している国際NGO世界の医療団の調査によると、東京での路上生活者約100人に協力を求め、応じた80人を専門医が診察したところ、うつ病が40%、アルコール依存症が15%、統合失調症など幻覚や妄想のあるケースが15%あり、63%(50人)が何らかの精神障害を抱えていたと報告されています。

路上歴は1~5年という人が全体の3割を占めて最も多く、約半数が何らかの施設につながっても再路上化などを繰り返しています。男女比は9割が男性と圧倒的に多く、平均年齢は57.5歳で、統合失調症、アルコール依存、発達障害、認知症などの精神障害以外にも、糖尿病、肝炎、肺結核、HIVなどさまざまな疾患を重複して抱えているという現実も分かってきています。

このような状況がさまざまな立場から繰り返し指摘されるようになってきているなか、北海道・浦河にあるべてるの家が、東京のホームレス状態になっている当事者の支援に参加するようになって5年が経過しました。東京でも、生活困窮者が集まっていることで有名な池袋を拠点としているため、「べてる」と「池袋」にかけて「べてぶくろ」と呼ばれるようになりました。

べてぶくろの活動は、生活困窮者が安定した居住先につながるためのシェルター機能として「ふぁみりあ」という共同住居が2010年に始まり、現在は制度に基づいたグループホームと、普段から交流や活動を行うための拠点が運営されています。また最近では、べてぶくろのことを聞きつけたホームレス経験者以外の当事者の人たちも活動に加わるようになっています。 

路上生活を経たメンバーたちの当事者研究

普段から医療機関のデイケアや就労支援事業所を利用しているメンバーもたくさんいますが、べてぶくろの中でも定期的に食事会を行なったり、浦河べてるの家の影響もあって発足当初から当事者研究やイベント活動、商売などに積極的に取り組んできています。

ここで、メンバーたちの当事者研究をいくつか紹介します。当事者研究とは、浦河べてるの家の人たちが行なっている自分を助けるプログラムです。

・研究者プロフィール

くぼっち。40代、岩手県出身。

すーさん。30代、福島県出身。

・研究目的

路上生活ではさまざまな困難があります。いつ生活に困窮するか分からない不安定な世の中、ホームレス予備軍である皆さんに私たちの技を伝授したいと思います。そして支援につながった後、どうやって自分を助けながら生活しているかを紹介したいと思います。

・研究方法

仲間同士で経験を出し合い、整理していった。

・お金がない!そんな時、どう生き延びてきたのか

路上では、その日を生き延びるためにさまざまな方法を駆使してきました。その工夫と技の一部をお伝えします。

心得るべき一つ目は、「いいひと」に出会う努力をすること。そのためにはフラフラ歩いて「死にそう」という表情で訴えたり、「恵んでください」と頭を下げたりします。あえて挙動不審にふるまって職務質問を受けて、警察に身の上話をしてお金や食べ物をゲットすることもあります。髭をたくわえていると効果的という意見もあります。

二つ目は、役所と炊き出し回りです。役所によって食料(パン、缶詰など)やお金(交通費)をくれるところがあるので、行政区ごとの特徴を知っておくと良いです。炊き出しは渋谷、新宿、池袋、上野など各地でやっているのでそれらの日程を知っておく必要があります。路上で知り合いをつくるとそうした情報を得ることができます。

ホームレスと言えど、現金は必要です。なので、みんなさまざまな方法でお金を得ています。たとえば、道端でアンケートに応えてクオカードをゲットしたり、日雇い派遣やアルミ缶集めなどで稼いでいる人も多いです。北京オリンピックがあった2008年頃までは、アルミ価格が高騰していて一晩寝ずにアルミ缶を集めれば3000円くらいを手にすることができました。ホームレスも景気やグローバル経済に敏感に左右されるということです。

・すーさんが経験した都会の黒い誘惑の罠!?

しかし、気をつけないと時には違法な世界にうっかり入り込んでしまうこともあります。

ある日、東京駅をフラフラ歩いていると、「いま暇ですか?」と20代の男性に声をかけられました。飯場に連れて行ってくれると思いついていくと、そこは川崎市内の「○○組」と書かれたやくざの事務所でした。

事務所には6人ほどの人がいて、ご飯とコロッケを食べさせてくれて、着替えのジャージもくれました。別の建物には20人ほどの自分と同じ境遇の生活困窮者と思われる人たちがいました。滞在する間、現金1000円をもらう代わりに、携帯電話や銀行口座と住基カードを作らされました。次第にさまざまな「仕事」を頼まれるようになり、縄張りの外回りや組の門番や幹部の愛人宅の見張りなどをすることで食事をもらう生活になっていきました。一方で、何かミスをするとハンガーなどで叩かれたりするので、ある日タイミングを見て逃げ出しました。当時は騙(だま)されていたとはあまり思いませんでした。その他にも、上野で13万円で土地の不動産名義人にならないかとか、26万円で外国人と戸籍上結婚しないかなどさまざまな話を持ちかけられましたが、全部断りました。違法なことのようなので皆さんは真似しないでください。

・出動!幻聴パトロール隊(くぼっち)

池袋駅構内西側のコインロッカー前でよく寝ていた私は、支援につながった後、グループホームに入居しました。精神科にも通院して統合失調症と診断されました。生活が安定し、診察に通って服薬を続けていても、男性の声でいろいろと命令をしてくるという幻聴さんの苦労は変わらず続いていました。幻聴さんは、たいてい部屋のテレビとエアコンの間あたりから聴こえてきて、時に扇風機の音が声に変わったりしました。仲間の中には、部屋で一人でいると幻聴さんがでてくるので再び公園や路上に戻ったり、一時的に行方が分からなくなったりする人もいます。幻聴さんとどうつき合っていくかということは、生活を継続していく中でとても切実なテーマになっています。

そうした苦労が当事者研究の中で課題として出た時に、浦河べてるの家では「幻聴パトロール隊」というのがあり、幻聴さんが来て大変になった時に、SOSの電話をかけると伊藤知之さんや橋本元広さんなどの経験豊富なピアサポーターが訪問に来てくれて、一緒に助け方を考えてくれることを知りました。そして、池袋でもそんなのがあったらいいなと思い、早速、べてぶくろの当事者スタッフをしていたKさんに訪問してもらうことにしました。

当事者研究の本によると、浦河では「幻聴さんお願い法」というのがあり、幻聴さんにはケンカしたり言い争ったりせずに丁重にお願いした方が効果的な場合が多いそうです。そこで、Kさんは部屋のテレビとエアコンがある方角に向かって、「幻聴さん、くぼっちがとても困っているので怖い声で命令したりするのは止めていただけないですか」とお願いしてくれました。これがとても不思議で、理由はよく分かりませんが、その日から幻聴さんがほとんど来なくなり、聴こえてきてもすごく小さくなりました。たぶん、安心感が増したからだと思っています。これからも幻聴さんで困った時には、幻聴パトロールをお願いしようと思います。そして、同じように苦労する仲間の助けにもなっていきたいと思います。

今後も多くの当事者の経験に学びつつ、活動を研究的に深めていければと考えています。べてぶくろでは、毎週金曜日に食事会のほか、さまざまな催しを行なっているので、関心のある方はぜひ遊びにきてください。

ホームページ http://bethelbukuro.jp

(むかいやちのりあき (株)エムシーメディアン代表)