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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2016年6月号

課題を動かすきっかけに

佐藤聡

正直な報告?

昨年、国連障害者権利委員会前委員長のジョン・マッカラム氏が来日され、どのような報告が良い報告か?という質問に「正直な報告。そして市民社会(障害者団体等)とやり取りを行なったもの」と答えられた。何ができて、何ができていないのかを正直に書く。やったことばかりを書き連ねると、その国の障害者がどのような状態に置かれているのか分からないので悪い報告。さらに、完成までに障害者団体等の市民社会とのやり取りを行なったものが良い報告ということであった。

わが国の第1回政府報告は、残念ながらこのどちらも満たしたとは言い難い。やったことが列挙された報告となり、障害者団体との意見交換の場も持たれなかった。さらに客観的なデータも不足しており、どのくらいの障害者がどのような状態なのかを把握することが難しい。1月からパブリックコメントにかけられ、4月19日に結果が公表されたが、意見総数は325件、修正は小幅にとどまった。マッカラム氏のアドバイスとは大きな差のある報告になってしまった。

2つの前進

しかし、良かったところが2つある。1つは障害者政策委員会(以下「政策委員会」)のコメントが本文に盛り込まれたことである。政策委員会では昨年、第3次障害者基本計画の実施状況の監視を行い、「議論の整理」をまとめた。これを付属文書とするとともに、本文にも8項目で政策委員会のコメントが盛り込まれた。これまでの他の条約の政府報告ではなかったことなので、画期的な取り組みだと言える。

2つ目はデータ・統計の充実について、次回までに改善に努めたいとしたことである。政策委員会でもデータが不足していることは指摘されていた。障害者がどのような状況に置かれているかをさまざまなデータで示すことは、どの分野が遅れており、どの分野が進んでいるのかを整理でき、改善に繋(つな)がる。将来を見据えてデータの集積を進めることが必要なのである。

今回の第1回報告を受けて、日本の建設的対話(審査)は2019―2020年頃と予想されているが、その前年にリストオブイシューズ(権利委員からの重点質問)が示されるので、すぐにデータ集積に取り組めば、この回答につなげることもできる。さらに、次回以降の報告では客観的データに基づいて、日本の施策を振り返り、改善に向けた報告とすることができる。ぜひとも早期に実現してほしいポイントである。

2015日韓セッションから学ぶパラレルレポート作成

韓国は2014年9月に権利委員会の建設的対話があり、パラレルレポート作成の取り組みついて非常に評価が高かった。そこで、JDFでは昨年秋に日韓セッションを開催し、韓国から3人をお招きし、パラレルレポート作成についての取り組みをご報告いただいた。内容は組織づくりから始まって、審査時の委員へのロビーイングなど全般にわたっており、わが国のパラレルレポート作成に大変参考になった。ポイントをいくつかご紹介したい。

1.パラレルレポートを作成する組織体制

韓国は障害者団体にとどまらず、子どもや女性の団体等も加わって、広範囲なネットワークをつくった。審議される権利条約第1条から第33条までを適切に分け、6つのワーキンググループを作り、それぞれ勉強会・セミナー・議論を行なってレポートをまとめた。

2.パラレルレポートの2つの方向性

1つは政府報告書を1つ1つ検証していくこと。2つ目は自分たちが課題だと考えていることをまとめること。

3.作成にあたって参考にしたもの

国連から出されているガイドラインを参考にした。条文にこれを盛り込むというガイドラインで、これをみるとガイドラインに沿って作られているかが分かる。また、国際障害同盟(IDA)からパラレルレポート作成のガイドラインが出ており、こちらも参考にした。さらに、他の国に出された総括所見を参考にすると良い。権利委員会が何に注目しているか理解できる。総括所見を調べたところ、権利委員会では精神障害に関する施策と入居施設が争点となっていることが分かった。

4.取り上げる課題の選び方

社会的に波及効果の大きい課題を選んだ。障害問題を社会に伝えていけるような象徴的な案件。たとえば、母子保健法があり、障害を理由にした堕胎は法律的に合法となっていた。一般社会では話題にならず表面に出てこないが、障害者の尊厳に関わるものなので象徴的課題として取り上げた。

韓国の障害者施策のパラダイムを転換できる課題も選んだ。障害者福祉法の障害の定義の医学モデルを社会モデルに変えるという問題提起をした。定義を変えたら障害者施策も変えなければならなくなり、波及効果は大きい。

まとめ

この原稿が出る頃には、おそらく第1回政府報告が国連に提出されている。次はパラレルレポート作成に焦点が移る。韓国の経験から、レポート作成の体制は障害者団体のみならず、より広いネットワークを作りたいと思う。さらに、この機会を、これまで進まなかった課題を動かすきっかけにしたい。

これまでの総括所見から日本が改善を指摘されると思われることは、インクルーシブ教育、精神科病院からの地域移行、意思決定支援、障害女性等だと思う。パラレルレポート作成の取り組みを通じて、こういったなかなか進展しなかった課題を、権利条約の理念に沿って、国際的な取り組みを踏まえて、日本も改善していけるような機会にしたいと願っている。

(さとうさとし DPI日本会議事務局長)