音声ブラウザご使用の方向け: ナビメニューを飛ばして本文へナビメニューへ

「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2016年6月号

パラレルレポートの作成に望むこと

庵悟

1 はじめに

2015年12月18日に開催された第28回障害者政策委員会で、外務省から出された政府報告案についての審議を終えた。しかし、審議過程において、障害者権利条約(以下、条約)の各条文の規定に照らして、日本の障害者の権利がどこまで実現できていて、何が課題なのかといった検証が十分なされてきたとは言えない。各省庁から出された施策の羅列や統計データだけでは、日本の障害者の実態や課題が見えてこない。

ここでは、盲ろう者の視点から見た政府報告とパラレルレポート作成について述べる。

2 盲ろう者の視点から見た政府報告

(1)第9条「施設及びサービス等の利用の容易さ」

今の社会は、あらゆる制度・サービス・設備・機器等が見えること聞こえることを前提に作られているため、盲ろう者が使えるものは、ほとんどない。たとえば、横断歩道や踏み切りは警報灯や音響信号・警報音が分からないため自力で安全に渡ることができない、駅の券売機や銀行等のATMのタッチパネルにたとえ音声ガイドが付いていても使えない等がある。政府報告にはこうした現状を盛り込むべきである。

(2)第20条「個人の移動を容易にすること」、第21条「表現及び意見の自由並びに情報の利用の機会」

盲ろう者にとって、「コミュニケーション・情報の入手・移動」の3つのニーズを総合的・一体的に支援する通訳・介助員の存在が欠かせない。「盲ろう者向け通訳・介助員派遣事業」は、平成25年度からの障害者総合支援法の施行により、(指定都市、中核市を含む)都道府県地域生活支援事業の必須事業となった。

しかし、同事業の内容は地域格差が大きく、全体として、盲ろう者のニーズに応じた通訳・介助員による支援を受けられる時間数が絶対的に不足している。

条約第20条の「(a)障害者自身が、自ら選択する方法で、自ら選択する時に、かつ、負担しやすい費用で移動することを容易にすること。」では、盲ろう者がどの地域に暮らしていても、必要な時にいつでもどこにでも自由に移動できることを意味している。条約第21条の「(b)公的な活動において、手話、点字、補助的及び代替的な意思疎通並びに障害者が自ら選択する他の全ての利用しやすい意思疎通の手段、形態及び様式を用いることを受け入れ、及び容易にすること。」では、盲ろう者が自分に合った方法で人との意思疎通を図ったり、情報提供を受けられることを意味している。

これらの条文に照らせば、日本の盲ろう者は、日常生活や社会生活のあらゆる場面において通訳・介助員による支援を満足に受けられず、自らの権利を行使できないでいる実態があることを政府報告に盛り込むべきである。

(3)第24条「教育」

現在、日本の教育において、「盲ろう」は「重複障害」のひとつとして位置づけられ、盲ろう児・者の固有のニーズに沿った教育が十分行われていないのが実情である。

同条文第3項(c)では、「盲人、聾者又は盲聾者(特に盲人、聾者又は盲聾者である児童)の教育が、その個人にとって最も適当な言語並びに意思疎通の形態及び手段で、かつ、学問的及び社会的な発達を最大にする環境において行われることを確保すること。」と規定されている。条約が教育において「盲ろう者」を明確に位置づけているにもかかわらず、政府報告に、盲ろう児・者教育について何ら触れられていないのはきわめて重大な問題である。

(4)第26条「ハビリテーション(適応のための技能の習得)及びリハビリテーション」、第27条「労働及び雇用」

最近のICTの進歩によって、ようやくほんの一握りの盲ろう者が、点字の読み書きができる携帯端末(ブレイルセンス等)を使うことにより、自力でインターネットでニュースや必要な情報を得たり、直接相手とメールの送受信ができるようになっている。しかし、圧倒的多数の盲ろう者は、点字等の読み書きやコミュニケーションや支援機器の技術を身に付けるための訓練を受けられず、したがって、就労になかなか結びつかないという実態がある。こうしたことを政府報告に盛り込むべきである。

3 パラレルレポート作成にあたって

こうしたさまざまな盲ろう者の実態の背景には、わが国にはまだ、「盲ろう」という障害を意識した支援システム、教育・職業訓練等リハビリテーションシステムが確立できていないことが考えられる。当協会では平成28年度において、盲ろう児・者の調査を実施するとともに、盲ろう者の総合リハビリテーション・システムについて検討することにしている。パラレルレポートでは、条約に照らして、盲ろうう者の実態を明らかにし、盲ろう者支援のあるべき姿を示していきたい。

4 おわりに

障害者政策委員会には、盲ろう者の委員がいるが、政府報告案についての審議期間が短い上に、膨大な資料を読みこなし、意見をとりまとめる作業がきわめて困難であった。国連の障害者権利委員会での審査が2020年ごろだと取りざたされている中、日本障害フォーラムが中心となって早期にパラレルレポート作成に向けた組織づくりが進められることを期待する。協議と作成に十分な時間的余裕を持たせることは、盲ろう者だけでなくすべての障害者にとっても参加しやすいパラレルレポート作成になると考える。

(いおりさとる 全国盲ろう者協会)