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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2016年6月号

障害者の「健康」保障の現状と日本政府報告について

水谷幸司

日本国憲法は、第25条で国民の生存権・健康権をこう規定しています。

「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。」

偶然にも、障害者権利条約でも第25条が健康の規定です。そこでは「障害者が障害に基づく差別なしに到達可能な最高水準の健康を享受する権利を有することを認める。」とし、そのための行動として締約国に、「障害者に対して他の者に提供されるものと同一の範囲、質及び水準の無償の又は負担しやすい費用の保健及び保健計画を提供すること。」「これらの保健サービスを、障害者自身が属する地域社会(農村を含む。)の可能な限り近くにおいて提供すること。」を求めています。

ここでは、この第25条「健康」規定に絞って、以下に、障害者の医療をめぐる現状と日本政府報告への意見を述べます。

第1に、わが国の医療制度は日本国憲法第25条に基づき、すべての国民が何らかの公的医療保険制度に加入し、必要な医療はすみやかに保険適用とし、保険医療機関においては誰もが必要な医療を受けられる仕組みになっています。また、乳幼児や障害者、高齢者、貧窮などの理由で医療にかかる機会が増える場合には、公的医療保険制度を補完する公費負担医療制度が設けられています。障害者は、その障害ゆえに病気にかかりやすく治りづらいことも多く、医療費の負担も重くなります。障害によっては医療機関へのアクセスにも支障があります。合理的配慮に基づいて、これらをカバーするための支援策が必要ですが、現状はどうでしょうか。

障害者の医療費負担の軽減策としての公費負担医療制度は、国の制度としては、障害者総合支援法に基づく自立支援医療(育成医療、更生医療、精神通院医療)のみであり、その適用範囲はきわめて狭いものです。

日本政府報告は、「障害者総合支援法における自立支援医療は、医療費の一部または全部を公費で負担することとし、障害者のための医療・リハビリテーション医療の充実を図っている。」としていますが、障害者自立支援法制定時に自立支援医療として「統合」されたこの制度は、古い障害概念に基づいた「機能障害の除去・軽減」のまま見直しもされておらず、ここでいう「リハビリテーション医療」という概念も、障害者権利条約第26条におけるリハビリテーションの概念、「生活のあらゆる側面への完全な包容及び参加を達成し、及び維持することを可能とするための効果的かつ適当な措置」を反映しているとはいえません。

また障害者は、障害があるがゆえに、感染症の予防や重症化を防ぐために医療機関にかかる機会が多くなることから、すべての都道府県において、医療保険の自己負担分をさらに軽減する重度心身障害児者医療費助成制度が実施されていますが、これは国の制度ではありません。その対象範囲や自己負担などは一律でなく、都道府県・市町村によって違っており、地域格差があります。

第2に、今日の医療の進歩は、検査・診断技術の進歩により早期発見、早期治療が促進し、また再生医療等の研究・開発により、これまで障害の除去・軽減は難しいと思われていた障害者にも大きな希望と期待が生まれています。その一方で、保険未収載の新薬や新しい治療法には高額の医療費負担がかかることから、最高水準の医療はあっても、経済的理由からその治療を断念せざるをえない現状が懸念されます。

現在、わが国では、新しい薬や医療技術が開発された場合、まず薬事承認のうえで早急に保険適用を行い、保険医療機関での治療が受けられるようにすることが望ましいのですが、安全性や有効性などを評価するために保険外併用療養費制度によって事例検討が行われます。この場合、処置料など一部の付随医療は保険が効きますが、再生医療や新薬などの保険外部分は、全額患者の自己負担となります。現在でも、先進医療としてこの評価の対象となっている医療の負担額は平均で約80万円、医療技術によっては数百万円という金額のものもあります。年々高額になる新薬の値段も大きな問題です。

政府報告では「再生医療等新たな医療分野についての実用化の加速、保健人材の育成、資質の向上等に努めた」とありますが、障害者が最高水準の医療を受けられるようにするためには、迅速な保険収載につなげるために必要な人員配置に向けての具体的な行動計画と予算の確保が必要です。

第3に、最高水準の医療へのアクセスの問題です。障害者はその障害ゆえに、感染症にかかりやすく、また、こじらせれば命に関わることもあることから、初期症状の段階で治療を行い進行を未然に防ぐことや、入院の際に医療上の必要から個室を選択せざるをえないなど、治療を受ける際に合理的配慮を行う必要のある場合が多くあります。入院時に室料差額のあるベッドを選択せざるをえない障害者にとっては、差額ベッド代を含む保険外負担は事実上の強制徴収であるのが実態です。合理的配慮に欠けるものというべき負担であり、早急の改善が必要です。

最後に、難病の対象疾病指定の問題では、障害者総合支援法では「特殊な疾病」の範囲をさらに広げて、希少疾病を今後も引き続き追加指定するとともに、がんや長期慢性疾病を含めて、疾病による障害のすべてを障害者施策の対象とするよう、身体障害者福祉法の障害概念の抜本的な見直しも必要なことを指摘しておきます。

(みずたにこうじ 日本難病・疾病団体協議会事務局長)