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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2016年7月号

列島縦断ネットワーキング【奈良】

地域のニーズに合わせたレストラン事業

榊原典俊

青葉仁会の概要

青葉仁会は奈良盆地を挟んで、東は三重県との境界地域から、西は大阪府との境にある生駒山麓公園の間で事業展開をしています。東西の距離は、車の所要時間にして約1時間です。

東部地域は大和高原に位置し自然豊かな地域で、過疎高齢化や耕作放棄地、荒廃林が増えています。これらの地域ニーズや、自然環境の良さを基に、この地域での事業展開を「すこやかネットワーク」と称し、人々の健康福祉を支えることをテーマとしています。

西部の大阪に近い地域は、かつて高度成長期に大阪に通勤する人たちのベッドタウンとして発展してきました。しかし現在は、少子高齢化と商店街の衰退が進んでいます。これらの地域福祉のニーズを基に、この地域での事業展開を「いきいきネットワーク」と称し、全施設を単体化せず地域資源としてネットワーク化し、障害のある人たちが地域で働くことを通して活躍できるような事業の構築を進めています。

なぜ就労支援に取り組むか

現在の利用者総数は、300人を少し超えるところですが、利用者はアート、クラフト、農業、食品加工、レストランなどに分かれ、全員が社会的生産活動・就労支援での仕事に就いています。働くことは人間本来に備わった生命活動であることを基本に、また、家族や教育のなかで親や学校で教えてもらって成長してきた人たちが、働くことによって自分の力でもって成長し、潜在能力を向上していく。ひとりの人間として平等に同じ機会が権利として保障されるべきだとの思いからです。そして、働いて収入を得て、その収入を基に自分の思い描く生活の道を開く、そこに生活者としての自立があり、自己実現への道筋だと思っています。

レストラン事業を始めた経緯

就労支援において、初めからレストラン事業を目指したのではありません。施設開設当初は、ハーブの栽培やアケビの蔦籠(つたかご)つくり、間伐材によるカヌー、家具などの木工や紙漉(す)き等を行なっていました。モノづくりを通した目と手の供応動作による集中と、その過程での感覚の統合と発達の概念形成でした。

当時、奈良市には成人の知的障害者施設がなく、重度の障害をもつ人たちが殺到しました。同時に、就労支援は原材料費が低く利益率が高く、平成4年当時の知的障害者授産施設の工賃保障に効果的なものでした。やがてクラフト商品が評判となり、多くの方が施設見学に来られるようになると、利用者の中から接客上手な方々が現れました。それも明るく上手に、仕事の説明や案内の率先役として成長していきました。

そのような利用者の成長の様子から、彼らのサービス業としての就労支援ニーズが生じました。ちょうどその頃、ハーブ栽培を行なっていましたが、当時ハーブは家庭に一般化しておらず、クラフトの蔓(つる)籠の寄せ植えかポプリ程度での販売でした。そこで、ハーブ料理の普及とサービス業を合わせて、平成8年に通所授産施設のハーブレストラン「ハーブクラブ」として開設しました。当時は授産科目にサービス業がなく行政対応に苦慮しました。

「ハーブクラブ」開設の示唆になったのは、利用者ニーズのほかに、孫子の兵法にある「天の時・地の利・人の輪」でした。天の時はニーズ、地の利はその土地の強み、人の輪は職員の意気込みとして、この三つの要素の取り組みは、最近、流行している農家レストランの先駆けであったと思っています。レストラン1号店となったハーブクラブでの3つの要素は、その後のレストラン展開にも役立っています。

地域ニーズに合わせたレストランの展開

□「ハーブクラブ」就労継続支援B型 就労移行

ハーブクラブは高原の山村地帯にある特徴と、すこやかネットワークの取り組みを生かすことから、自然の中での心身のくつろぎを重視した結果、建物はログハウスで高原の自然感を演出し、ゆっくりと食事を楽しんでいただく雰囲気にしました。

また、レストランの入り口正面には、煙がもくもくと上がる大きな石窯を職員や利用者共々に力を合わせて造りました。店内は大きな全面ガラスを通して、四季折々の花や山の草木を眺めながら食事を召し上がっていただくことができます。また、レストランの廊下を挟(はさ)んでモンベル商品や、青葉仁会のブルーベリージャム、クラフトなどを販売するモンベルショップがあります。モンベルショップは、お客様の楽しみと同時に利用者の就労移行訓練の実習も兼ねています。

□「デリカテッセン イーハトーヴ SORA」 就労継続支援A型、B型 就労移行

SORAは「シンプル、オーガニック、リラクゼーション、アメニティ」でお店のコンセプトを表しています。店内は、ショップとレストラン部分に分かれ、ショップでは主に全国施設の食品と、それらを使用したお惣菜などを販売しています。施設で生産される商品には、合成保存料や人工甘味料などの添加物を使用したものがほとんどなく、お菓子もバター、三温糖などの使用が多く、これらは安心商品として子育て中の若いママさん方からも人気です。全国と自社の施設商品の取引額が4千万円程ですので、福祉就労による生産品の製品力がついた結果だと喜んでいます。

レストランでは、全国の施設の産物を取り入れたお料理を提供しています。この地域は高級住宅地と言われていますが、しかし少子高齢化が進んでおり、地域の中心部にあった高級スーパーも廃業して、長らく大きな廃墟となっていた所にSORAがオープンしたので、地域ニーズとして地域のライフラインの機能も担っています。

□「クラムボン」 生活介護・就労継続支援B型

クラムボンはベーカリーカフェです。大阪への主要幹線道路沿いにあり、日量5万台の車両が通過するところです。支援の位置づけは生活介護から就労継続B型へと、就労移行していく仕組みが構築されています。クラムボンでは、車での移動目的の方が対象ですから、カフェに座らなくてもパンのみを買っていかれる人や、お友達とのアフタヌーンセットを楽しめるようにするとともに、早朝からの需要を見込んでモーニングセットに力を入れています。多い日はモーニングだけで100人を超えることもあります。

現状と課題

レストランもお陰様(かげさま)で現在は好調で、ハーブクラブは山村にもかかわらず、年間3万人近いお客様があります。天気のよい休日などは忙しくて青息吐息ですが、利用者の方々は働く人としてのプライドが高く、また、お客様も障害者だからと気にされはせず、働く利用者も障害を気にすることもありません。どのレストランも障害のある方々が生き生きと働く姿に、お客様との間で働くことの意義や意味など、双方に働くことへの思いが生じ、働き方への共感が生まれ、相互に良い関係性が築かれていくことに気づかされます。

最近は出店依頼も増えました。これらの状況から、「障害ではなく普通の人たちに、普通の人たちから必要とされる人たちに、必要な人たちから期待される人たちに」と彼らの全人格の回復に繋(つな)がればと願っています。

レストランの大きな課題は二つ。一つは少子高齢化、つまり、レストランに訪れる方々の減少が目前に迫っていること。もう一つは、繁盛しているレストランでも10年も経てばお客様に飽きがくることです。そのような中で、レストラン事業として利用者の工賃向上をどう達成し続けるかです。

また、お客様の人口減少が迫っている反面、障害のある方々の就労需要は高まっています。そして10年経っても飽きられないためには、老舗として信頼の構築ができるか。常に新鮮と斬新さを求めて変化し続けることができるかだと思います。利用者の方々も高齢化していきます。身体の動きが困難になっても働いている誇りは利用者の方々の生きる支えです。そこにどう対応していくかは、支援の上でたいへん重要な課題です。利用者には通常の定年退職という概念は通用しません。ほとんどの利用者の方々が「働き続ける人」を選ぶと感じています。まさに、働くことが生命活動そのものであることを日々見せられる思いです。

(さかきばらのりとし 社会福祉法人青葉仁会理事長)