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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2016年8月号

1000字提言

「まっちゃん」

佐藤一

知的障害をもつ人の取材を続けて15年になる。どれだけの人に会ってきたのか分からないが、その中で強く印象に残っている人がいる。

松岡敏雄さん。56歳。仲間たちからは“まっちゃん”の愛称で慕われている。生まれは東京都台東区の通称「山谷」。今は札幌市内の小規模事業所に通い、事業所が運営する喫茶店で日替わりランチなどの調理を手伝う毎日だ。

無精ひげに金髪。初対面ではちょっと近づきにくさを感じるという人もいる。でも、ひとたび話し始めると、なんとも人を和ませるオーラがある。ところどころ歯が抜けている口から高笑いする姿は愛らしい。3度の飯より、タバコと競馬、酒が大好きだという。そんなまっちゃんに会いたくなって、時折事業所を訪れてきた。

まっちゃんと出会ったのは2001年夏ごろのこと。ある事件がきっかけだった。

あらましはこうだ。まっちゃんは早くに両親と死別。1995年、以前住んでいた都内のある市の紹介で、場所さえ知らない道内の施設に入所した。施設を運営する社会福祉法人にはこのほかに4施設を運営していた。いずれの施設でも、そこには自由はなかった。丸刈りされ、自由に使える小遣いを持たされなかった。

揚げ句の果てに、唯一の収入だった障害基礎年金まで「寄付」と称し、奪われた。豚の飼育などの作業もただ働き。6年間の施設暮らしを終え、渡された現金は110円だけだった。年金は総額約500万円が支給されたのにだ。身を寄せた札幌市内の福祉関係者が不審に思い、これまでつきあいのあった私に「記事にしてほしい」と相談してきたのだ。

これを受け、年金の強制寄付と無賃労働は全5施設に及んでいる実態を報道。道などの監査により、法人側は全入所者約350人に総額12億円の返還を余儀なくされた。一方、法人を相手取った損害賠償訴訟でも、まっちゃん側に約900万円の賠償を命じている。

当時、全国でも珍しい障害者本人による人権侵害の訴え。ある関係者は「彼がいなければ、すべて闇の中。今も不正は続いていただろう」と振り返る。まっちゃんも「施設入所は刑務所に入るようなもの。自分と同じ目に遭う人を増やしたくない」とこともなげに話す。

あの事件以降、障害者らの権利保護を訴える「ピープルファースト北海道」の一員として、虐待など人権侵害を受けた仲間の応援のため、全国各地に出向く。原動力になっているのは自分を助けてくれた福祉関係者の「福祉は施しではない。自らで権利を勝ちとるもの」という教えだ。

そこにまっちゃんの真骨頂がある。


【プロフィール】

さとうはしめ。1963年、福島県会津地方の生まれ。北海道警裏金報道取材班の現場キャップとして、日本新聞協会賞、菊池寛賞などを受賞。3年前から在籍していた北海道新聞生活部記者から7月1日付けで、精神障害者の生活を支える「べてるの家」がある浦河支局長。