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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2016年8月号

ワールドナウ

てんかんにおける予期せぬ突然死(SUDEP)をめぐる市民運動

河村ちひろ

てんかんにり患している人が突然亡くなる…と聞くと、発作時の転倒や転落による外傷が原因のもの、あるいは入浴時等の溺死を思い浮かべる人が多いかもしれません。自死のリスクが高いのではないかということも言われています。しかしそれら、事故による外傷、溺水、自殺のどれにも当たらない突然死をSudden unexpected death in epilepsy(てんかんにおける予期せぬ突然死)、略称SUDEP(スデップ)と呼んでいます。

SUDEPに関する市民運動を続けるRosemary Panelli氏からの情報や出版物などを元に、本稿ではSUDEPとそれをめぐる市民運動について紹介します(図1)。
※掲載者注:写真の著作権等の関係で図1はウェブには掲載しておりません。

SUDEPとは

てんかんの医学研究のうち、近年それに関する研究の数が多くなってきたということですが、SUDEPとは何でしょうか。以下の説明は、神一敬氏による日本語の医学論文1)からの引用です。

SUDEPは「良好な状況にあるてんかん患者に起きる、突然の、予期せぬ、外傷や溺水が原因ではない死」と定義されています。てんかん発作重積状態は除かれます。

SUDEPの発生率は、地域ベースの疫学研究によると年間1,000人当たり0.09~2.3件、てんかん専門施設における研究によると年間1,000人当たり1.1~9.3件と報告されており、てんかん患者の死因の10%を上回るとされています。

原因・病態はいまだ明らかにされていません。肺、心臓、脳に生じる異常のうち、いずれがよりSUDEPの発生に本質的で、最も重要な因子かという議論がなされてきましたが、その結論は出ておらず、最近はひとつの系だけの障害では説明がつかない現象で、不幸にも何らかの理由でこれらが連鎖的に起きると考えられています。

日本ではSUDEPに対する注目度がまだ低いと言えます。欧米では患者・家族に対するSUDEPの説明をどの時期に、どのように行うかもすでに議論されていますが、わが国ではまだその段階に至っていません。

SUDEPをめぐる市民運動

現在、SUDEPをめぐる国際的な市民運動がイギリス、オーストラリア、カナダを中心に広がっています。

始まりはイギリスでした。ジェーン(Jane Hanna)のパートナー、アランは1990年、27歳の若さで突然亡くなりました。アランは持病のてんかんがありましたが元気で活発な若者で、ジェーンとアランの暮らしは幸せそのものでした。突然訪れたアランの死。なぜ彼が亡くなったのか、何が起きたのか、ジェーンには納得がいきません。答えを求めて医学書をあさりましたが、何も得られません。病理医や検視医からも「分からない」という答えのみ。

ジェーンは、亡くなったアランのこと、彼がなぜ亡くなったのか原因が分からないことについて、BBC放送の番組で話すことにしました。その番組を見た何組かの人々から反応がありました。やがて、てんかん患者である家族を突然失った彼女たちの経験は全国紙でも報道され、さらに同様の経験をした家族が集まります。1980年代の終わりから1990年代の初めにかけて、20代で亡くなった4人の男女の家族5人が中心メンバーとなった「てんかん遺族の会(Epilepsy Bereaved)」が1992年に設立されました。

「遺族の会」は悲しみを分け合い支え合うことを活動の中心におく会でしたが、意識しててんかん専門医たちとつながっていきます。てんかんの突然死に関する研究が行われていないことが問題と考えたのです。

1996年「遺族の会」は専門医と協力し、ロンドンで初めて「てんかんの突然死」に関するワークショップを開きます。そこでSUDEPの定義、イギリス全体の臨床的ガイドラインも話し合われ、その成果は、学術誌Epilepsiaに掲載されました。これは、てんかんの国際的学術誌で初めてSUDEPが取り上げられたものとなり、その効果として、SUDEP研究は優先的に進められなければならないことが周知され、イギリス政府の責任で、全国実態調査と予防策に着手すべきという流れにつながっていきました。

1997年にアイルランド・ダブリンで開催された、国際てんかん学会議のテーマの一つとしても取り上げられ、SUDEPに関して初の国際会議になりました。またこれをきっかけに「遺族の会」はヨーロッパ、オーストラリア、南アメリカなどに招かれ、国際運動につながっていきます。

イギリス国内で、2002年に政府主導で行なった実態調査の報告書は、てんかんに関連する死亡事例数は深刻であること、その40%は予防できることが示されました。

国際運動に携わった人たちは、研究成果を元にした正しい知識と、SUDEPで家族を失った人の声を広く社会に届けるため、2005年に『てんかんにおける予期せぬ突然死:世界的な対話(Sudden Unexpected Death in Epilepsy : a global conversation)』を出版しました。研究と運動の進展に沿ってこの本は2011年、2014年に続編が出ています(図2)。2005年と2011年の版はWeb上2)で読むことができます。
※掲載者注:写真の著作権等の関係で図2はウェブには掲載しておりません。

その後、運動は「スデップ・アクション(SUDEP Action)」というネットワークとしてホームページ(英語)での情報発信を行なっています3)。その目的は、原因・病態の解明に向けて研究を推進すること、その結果や正しい情報を分かりやすく人々に伝えること、SUDEPのために大切な家族を失った遺族や関係者を支えることにあります。

筆者に、SUDEPについて教えてくれたのはRosemary Panelli氏(ローズィ)です。彼女はスデップ・アクションでは、国際研究担当スタッフを務めています。オーストラリア・メルボルン在住、本業は公衆衛生の研究者であり、てんかんに関する政策とサービスについての研究と実践を行うかたわら、国際運動のボランティアをしています。ローズィによれば、SUDEPについては、日本を含めたアジアでの実態が伝わってこない状態なので情報収集を続けていきたいとのことでした。

最後に

日本ではSUDEPの研究はまだこれからという段階のようです。実態や予防策の研究が早急に進展することを望みます。それは、厳密な定義のSUDEP、すなわち、死因がてんかんを患っていること以外には考えられない場合に限らず、てんかん発作が関係する事故や不慮の死を予防する意味でも重要なのではないでしょうか。

これまで、てんかん発作が心配だから水泳をさせない、野外活動を制限する、あるいは本人が家から出ることさえままならないなど、時に過度で必要以上と思われる活動制限を私たちは経験してきました。SUDEPの医学的解明とともに、非合理的な活動制限を伴わない対策が求められていくと考えます。

(かわむらちひろ 埼玉県立大学准教授)


【注釈】

1)神一敬(2012).Sudden unexpected death in epilepsy (SUDEP). Epilepsy:てんかんの総合学術誌,9(2),103-107.

2)Continuing the Global Conversation : Sudden Unexpected Death in Epilepsy. http://www.sudepglobalconversation.com/

3)SUDEP Action. https://sudep.org/