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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2016年9月号

民間の支援活動

武蔵野会の支援

高橋信夫

武蔵野会の罪を犯した障害者(以下「触法障害者」)の支援は、平成21年に実施した「武蔵野会人権セミナー」がきっかけだった。講演者は『獄窓記』で刑務所の中の障害者や高齢者の実態を報告した山本譲司氏。そのセミナーで、障害者が罪を犯し、矯正施設で罪を償っても、出所後に支援者がいないと、生活に行き詰まり、罪を繰り返し矯正施設に戻ることが多いという事実を知り、武蔵野会が積極的に支援する必要があることを認識した。すでに、大島の2施設で3人の触法障害者の支援を行なっていたが、法人としての取り組みとなるまでには至らなかった。

数少ない実践しかない武蔵野会だが、触法障害者の生活支援に役に立ちたいとの思いから、平成22年には、東京都地域生活定着支援センター(以下「東京定着センター」)に応募した。選にはもれたが、多くを学んだ。平成24年には、研修参加や東京都福祉局への訪問など制度理解や現状把握に努めた。25年は法人役員等が長崎県の南高愛隣会を訪問し、触法障害者の支援について、理事長や施設長の話を聞き大きな刺激を受けた。

これらの武蔵野会の動きを知った、初代東京定着センター長が法人本部に来られ、同年6月の満期出所の障害者のAさんの受け入れについて相談があった。後日、刑務所内で本部役員が面会し支援を決定した。制度外のため、アパートを借りてのスタートだった。担当施設が生活保護を申請し、支給までの当座の生活資金は法人が貸し出した。しかし、入居の数日後に行方不明となり、1週間後に北海道の警察から連絡があった。施設の職員がすぐに迎えに行ったが、Aさんは戻ることを拒否。「いつでもどこへでも迎えに行くよ」という職員の言葉に徐々に安定し、アパートに戻った。施設は本人主体の生活支援とは何かを再検討し支援を変更した。その後は生活が安定し、10回以上の矯正施設へ出退所で途絶えていた親との関係が修復され、実家への単独帰省を行うまでになった。現在は、法人への借金は返済し、地域の協力が得られ3年間が過ぎた。

Aさんの支援を始めてから2か月後、満期出所者Bさんと刑務所内で理事長、本部長が面会し支援を決定した。Bさんは当法人のグループホームに入所し、生活保護と年金を申請し、福祉作業所に通所することになった。生活を始めた直後、これまでの借金やトラブルを抱えていたことが判明し、交友関係の遮断、他人に使用されていた電話の名義や口座等の解約や借金の整理を行なった。

また、少年院、刑務所、裁判所への大量で頻繁な嫌がらせの苦情、救急車や葬儀屋へのいたずら電話等の奇行でグループホームは混乱したが、作業所やグループホーム、法人本部職員が連携してBさんと根気よくつきあい、地域の協力を得ながら支援を続けた。やがて、それらの奇行はなくなり、途絶えていた父親との関係も密になり、外出や旅行をするまでになって、やがて3年になる。2つの事例に共通するのは、再犯防止を目的とせずに、本人の居場所となるように、人的、物的環境を根気よく整えて、信頼関係を結ぶことを基本としたことである。

平成27年度武蔵野会人権研修のテーマは「生きにくさを抱えた人たちにどう向き合うか」、サブテーマを「もう刑務所には戻らない」と題して、東京・霞が関のイイノホールで行なった。約500人が集まり、福祉新聞に大きく掲載された。セミナー後、法人本部へ触法障害者の支援に関する相談が多くなり、新たに3人の支援を始めた。医療少年院を出た後に行く場所がない障害者、携帯電話で知り合った人に利用されて犯罪に巻き込まれた障害者、起訴されて有罪になったが障害が重く、矯正施設で生活できない障害者の方々である。

最近では、出所後の受け入れ(出口支援)の相談だけではなく、裁判に提出する触法障害者の更生支援計画書の作成に協力する、いわゆる(入口の支援)も行うようになった。また、精神障害者の裁判支援や住居の支援などの相談にも応じている。これらの実践は、施設長をはじめとする各事業所の職員の理解によるところである。

触法障害者の支援を経験し課題も見つかった。東京都では、矯正施設に入所中は障害者手帳の取得手続や生活保護の申請ができないので、収入の見込みがないため、出所後の住まいや生活費を誰かが立て替えるところから始まる。また、満期出所者は身寄りがないと考えられがちだが、少年期から犯罪を繰り返すため、親族が離れていくことも多い。親族との絆の回復は大切な支援である。しかし、ふるさとに戻り生活するのが難しい場合は、地域のネットワークで第2のふるさととして、安心して暮らせる環境ができれば刑務所に戻ることはない。一方、成人に満たない触法障害者(虞犯少年含む)が少年院を退院した後の支援も大きな課題である。家に戻れる状況にない、あるいは戻れても適切な家庭環境でない場合、成人になっても罪を重ねて刑務所の入退所を繰り返すことに繋(つな)がるからだ。特に少女は、薬物や性犯罪などに結びつくケースが多く深刻だ。

武蔵野会としては、これらの課題を踏まえながら、法人としてできることを職員全体で取り組んでいきたい。現在、触法障害者等の支援で多くの実践をしている「紫野の会」が立ち上げた「生きにくさを抱えた障害者等の支援者ネットワーク」に参加し、社会福祉法人、医療機関、行政機関、司法関係者、矯正施設の福祉専門官、裁判所の社会復帰調整官等が情報を共有し連携することで、障害者も支援者も孤立せず、支援の輪が広がることを願って、法人化に向けて活動している。

(たかはしのぶお (社福)武蔵野会法人本部長)