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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2016年10月号

アートの力で地域とつながる

岡部太郎

たんぽぽの家は、アートをとおして誰もが幸福で豊かに生きられる社会をめざして、さまざまな形で障害のある人と社会をアートでつなげる取り組みをしてきた。

1995年にはNPO法人エイブル・アート・ジャパンとともに、障害のある人たちのアートを新しい視座でとらえなおし、社会に新しいアートの価値を発信していく「エイブル・アート・ムーブメント」を提唱。展覧会やワークショップ、表現を支える人たちのためのセミナーなどを全国各地で展開してきた。

活動の当初は、それまで価値が低いとみられていた「障害者アート」を各地の美術館やギャラリーでの展覧会をとおして発信することに精力的に取り組んだが、同時に、地域社会の中で障害のある人の表現を紹介する機会をつくるようになった。施設中心の福祉から制度だけに頼らない地域福祉へとゆるやかに移行する状況で、障害のある人が地域社会とつながる時に「アート」が親和性のある媒介となることがわかってきたからだ。

同時に、アートの世界でも(戦後よりさまざまな展開がされてきたが)絵画や造形などの既成の枠にとらわれない活動が浸透し、美術館やギャラリーの外で、いわゆるプロジェクト型のアート活動が徐々に市民権を得てきたことも特徴だろう。参考までに、地域を舞台にしたアートプロジェクトの代表格である国際芸術祭「越後妻有アートトリエンナーレ」は2000年にスタートしている。そこから今日まで続く、観光やまちづくりと連携した「地域アート」の盛り上がりはここで語るまでもない。

このようにアートの概念そのものが広がり、発信や鑑賞、評価をする人や場が一気に広がっていく中で、障害のある人の表現もまた地域を舞台に新しい美の潮流として受け止められるようになった。

近年の福祉とアートの新しい動きに共通しているのは、既存の枠組みや価値観にとらわれず、異なったジャンルと協働していくこと、専門性だけに頼らず、その地域固有の文化を尊重しながら、関わる人たちが主体的に社会をつくりあげていく姿勢だ。その結果として、かたちある作品だけではなく、障害のある人の存在そのものや生活の中にある表現も各地で評価されている。

たんぽぽの家では、年間をとおしてさまざまなプログラムを実施しているが、地域を舞台にした2つの特徴的な取り組みを紹介する。

奈良の文化をいかしたコミュニティプロジェクト

奈良の文化的な特徴は、「文化といったら文化財」である。歴史的な文化遺産が多く、それゆえに障害のある人を含めた同時代の表現を分かち合う場が少ない。それを解決するために2011年からはじまったのが「奈良県障害者芸術祭 HAPPY SPOT NARA」(主催:奈良県)だ。東大寺やならまちといった、奈良を代表するエリアを舞台に、障害のある人もない人も楽しめる企画を毎年実施している。

東大寺では、「BIG幡(ビッグばん)」というプロジェクトを毎年実施している。奈良県および東日本大震災で被災した東北3県の障害のある人たちから作品を募集し、デザイン化したうえで長さ9メートルにもなる巨大な旗を制作。それを大仏殿前の境内に掲示し、世界に向けて平和を発信している。

近鉄奈良駅周辺の観光エリアであるならまちでは、毎年約45ほどの店舗に、公募で集めた奈良県内の障害のある人の作品約130点を展示する「プライベート美術館」を実施している。最大の特徴は、展示の3か月ほど前に店主やスタッフが作品を選ぶ「お見合い展示」を開催することだ。好き嫌いでも、お店に合う、合わないでもいい。それぞれの感性、生活感覚をもとにアートを選び、それを来店者にもシェアしていく。その人気から、毎年継続したプログラムとなっている。

まちのなかの多様な存在に光をあてる

2000年からはじまり、現在まで続いている「ひと・アート・まち」。主催は近畿労働金庫で、毎年近畿2府4県を巡回しながら、その地域の障害のある人の表現活動とまちづくりやアート活動をするNPO、大学などと協働し、開催期間中にさまざまなプログラムを展開。たんぽぽの家はその企画運営を担っている。

プロジェクトの初期はまちなかを美術館に見たて、その地域の障害のある人の作品を展示したり、アーティストと障害のある人が協働して作品制作をする「アートリンク・プロジェクト」などを実施。まちのなかを舞台にした「障害者アート」の広がりを模索した。

しかし、継続開催をするうちに、その内容が変化してきた。ここ最近のプロジェクト、姫路での「ひと・アート・まち」(2014年)の取り組みの一部を紹介する。まちづくりNPO、マスコミなどが有志で集まり、駅前商店街の各店舗の店主の歴史を聞き書きするプロジェクト「まちの記憶」を実施。

また、主催の近畿労働金庫の主な顧客である「労働者」をテーマに、姫路周辺の工業地帯で働く人の手と道具を写真に撮り、姫路、加古川地域の障害のある人たちの力強い作品と並列して展示した。会場は姫路駅の地下通路。観光客よりも通勤、通学で地元の人が行き交う場所に、地元の建築家と協働して仮ギャラリーを設置した。来場者は地域で生まれたユニークな作品とともに、まちを構成するさまざまな人の写真や言葉に出合うこととなった。

この取り組みでめざしたのは、「まちなかでの障害者アート展」ではない。地域にいる人たちが、日頃は見えないが多様で豊かな人間関係や、そこで生まれている小さな物語に気づくきっかけをつくることだ。アートによって、そこに暮らし働く人たちをエンパワメントする。その発信源に障害のある人の存在と表現がある。

日々のニュースを見たり、さまざまな地域を歩きながら感じるのは、いまの時代、障害のある人だけが社会的弱者ではないということだ。高齢者、子ども、外国人、ひきこもり、そして貧富や地域の格差など、社会的課題は多岐にわたる。さまざまな問題を抱えた人たちは私たちのすぐそばにいながら、いないものとされ、うわべだけのまちづくりだけが推進されてきた。

本誌でも特集が組まれるほど、障害のある人の表現にはかつてない注目が集まっているが、必要なのは「アートをとおした障害のある人の社会参加」から「地域社会の中で、わたしたちは障害のある人と何ができるか」という視点である。

アートは、多様な価値観を認めあい、課題解決に向けて主体的に考えたり動き出す機会をつくる。そしてつかみどころのないこの世界を自分ごととして捉える感性と技術を育てる。

「アート=まちづくり」ではない。まちをつくる主体はアートではなく、そこで毎日暮らし働く人たち、一人ひとりなのだ。

その気づきと実践が、障害もある人も含めた、多様性のある地域社会をつくる第一歩である。

(おかべたろう 一般財団法人たんぽぽの家常務理事)