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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2016年10月号

解説 障害者差別解消法 第5回

交通に関する差別と合理的配慮

髙橋儀平

■障害者の移動交通と人権

古い話ではあるが、1976年12月、川崎駅前で脳性麻痺者ら車いす使用者がバスに乗車することを運転手が拒否するという《事件》が起きた。脳性麻痺者らは所属する団体の会議に出席するためバス移動が必須の交通手段であったのである。結果乗車拒否への抗議によりバス運行がストップ、一般の人の中にはバスに乗ろうとする車いす使用者を非難するものも出始めた。今日では明らかに差別行為である。

その少し前1973年2月1日、国鉄(現JR)高田馬場駅ホームで視覚障害者が転落、ホームにいた他の乗降客2人がとっさに引き上げようとしたが、間に合わず車両に挟まれて亡くなるという痛ましい事故が起きた。高田馬場駅には盲人のために配慮した「転落防止テープ」が張られていたのだが、転落箇所にはなかったという。近年でも視覚障害者がホームから転落し死亡するという事故が一向に無くならない。点字ブロックが敷設されていても、それだけで移動の安全性が確保されるわけではなく、ホームドアが必須ということを意味している。

障害者の移動交通には、さまざまな危険が伴う。そのことを前提とした「差別解消」が交通問題である。すでに40年以上前からの課題でもある。

■交通機関利用時の差別経験

筆者らが参加している公益財団法人交通エコロジー・モビリティ財団内に設置された「公共交通機関における障害者差別解消法の推進に関するワーキング」(現在継続中)で実施したアンケート結果を引用して紹介する。2015年3月までのアンケートではあるが、約半数の障害者が交通機関利用時に差別を経験している。6割は職員の不適切な対応であり、加えて2割を超えて利用拒否が報告されている。

たとえば、「切符購入時に窓口で、その日は列車が混雑しておりデッキにも人がたくさんいるので、電動車いすなら乗らないでほしい」と言われた。「(駅員に)単独で乗り換え、料金、行き先を聞いても表示のとおりですと答えられた(視覚障害)」「車いすの乗客だけを残してバスが発車した」「盲導犬は困る、乗せたくないなどと言われた(バス)」「バスから降りる時に支払いに手間がかかった。下りる時に運転手から差別的な言動を受けた(知的障害)」。タクシーでも差別的事例は少なくない。「盲導犬帯同のため乗車拒否された」「料金支払い時に手帳を見せて割引をしてもらおうとしたところ、面倒くさいと言われた」。

いずれも正当な理由がない一方的な差別と見なせる。最近では、多くの交通事業者が乗客の接遇・サービスに関するさまざまな研修を行なっており、手助けが必要な乗降客に丁寧に対応している場面にしばしば出会う。しかし、研修受講者は運転手、乗務員の一部とも聞いており、事業者は全社員に対して定期的に接遇研修を行う必要があるだろう。

一方で、列車やホームの改修が間に合わないケース、バス停や歩道の未整備、あるいは放置自転車があるために降りたいバス停で降りられないといった環境改善(「事前的改善」という)が必須の問題も指摘される。後者は現状では必ずしも差別とは言えないが、放置しておくと事業者の「差別的」取り扱いとも捉えられる。

■合理的配慮事例

合理的配慮のタイプには、1.簡易な設備、機器の導入、2.人的な配置、接遇の改善、3.職員教育、連携体制等に区分される。

1では、駅ホームやノンステップバスでは段差解消のための「渡り板」の配備、スロープ付きまたはUDタクシーの配車。案内のためのタブレットやコミュニケーションボードの用意(いずれも聴覚障害者対応)が代表的である。

2では、チェックインカウンターから搭乗口、機内座席までの移動援助。要請により乗降駅まで出向いての(場合によっては同乗して)介助の実施(鉄道、バス等)、無人駅に簡易スロープを常設、事前申し込みにより車いす(使用者)を担ぎ上げる人員確保(船舶)、他社の交通事業者に連絡し、案内・誘導を連続実施する、などである。

3は、専門的かつ定期的な接遇研修、問題発生内容と解決経験の社内共有、旅客就業規則やマニュアルの改善、障害者団体との定期的な意見交換、などである。

しかしながら、合理的配慮の周囲で一番重要なのは、市民一人ひとりの対応であろう。事業者の対応だけでは差別や偏見は無くならない。同じ利用者である市民が自主的に「合理的配慮」を行うことが欠かせない。

改めて述べることではないが、交通機関の安全な利用、自由な選択は、すべての市民にとって欠かすことができない基本的人権である。

(たかはしぎへい 東洋大学ライフデザイン学部人間環境デザイン学科教授)