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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2016年11月号

障害者政策と統計
―基本計画を政策推進に生かすために―

勝又幸子

障害者政策の推進のために、統計整備が重要であることは、これまでも繰り返し指摘されてきた。それは、政策の実施妥当性を人々に示し、解決すべき課題を明確にする証拠として統計が重要だからだ。また、政策の効果を評価する指標としても不可欠だ。

障害者政策委員会が「障害者基本計画(第3次)実施状況」を2015年9月に公表したが、統計については「5.調査研究及び情報提供」で、内閣府と法務省が調査研究を実施したことしか記述はなく、基本計画で言及されていた、政策に使える実態調査の実施と情報・データの収集とその評価については触れていなかった。

筆者が関わった国立障害者リハビリテーションセンター(以下、国リハ)の研究では、平成24年度から現在まで、障害者統計データの整備について研究が続けられている。以下では、その研究について紹介しつつ、統計の障害者政策と評価における活用について言及したい。

障害者に関する統計「議論の整理」1)から

障害者政策委員会では、統計の課題として大きく2つの必要性を指摘している。国と自治体の両方で障害者を人口全体から捉えることのできる統計調査の整備の必要性と、女性障害者の状況をより明確にするための男女別調査集計の必要性である。

○政策ターゲットとしての「障害者」実像の把握

総人口に占める障害者の割合は、障害者白書から計算すると6.2%(平成27年)2)となる。しかし、これは全年齢であるため、障害者政策がもっぱらターゲットとする稼働人口(児童と高齢者以外)ではない。筆者が2004年をベースとして推計した結果は4.4%だった。しかしこれは、OECDの報告書3)の19か国平均値14%とはあまりに違う4)

その理由としては、OECDが引用している諸外国の統計が、家計調査など全人口を対象とした調査だということ、また、それが自己申告で「慢性的な心身の健康問題、障害などで日常生活が制限を受けている」と答えた人だという、調査方法の違いがある。日本にはOECDで引用された諸国のように、障害のある人の年齢・性別がどう障害のない人と違うのか、障害のあるなしでその人の生活状況に違いがあるかなど、障害者政策のターゲットとなる人々の実像を全人口の中で明らかにできる基礎的統計が存在しない。

2015年にスタートした国連の持続可能な開発目標(SDGs)には障害者についての政策目標が教育、雇用、生活などに入っており、加盟国は国連の定めた指標について報告する義務がある。その基準がICFなどの国際標準になるが、そのデータを準備するためにも、全人口の中で障害者を観察することのできる統計調査の早期の実現が望まれる。

○男女別設問

議論の整理では、性別統計の欠如が指摘されている。しかし、厚労省は囲みのコメントで「障害者雇用実態調査」はそれが障害者雇用促進法の下行われる行政指導の基礎となる調査であり、「いわゆる調査ではない」として、男女別に設問を作る必要はないと言及した。その代わり、5年ごとに実施する障害者就労実態調査で性別は聞いているので十分という回答だった。だが、企業にとって法的強制力のある障害者雇用制度下で女性が男性と同様に働けているかどうかは、この調査からしか判(わか)らないのだから必要な設問だと思う。

「いわゆる調査ではない」調査とは?

障害者が調査の対象となっているものすべてを「調査」と考えるのが自然だが、調査を所管する役所の担当からすれば「いわゆる調査ではない」調査というものが存在する。たとえば、業務上必要な調査と世論調査である。逆に「いわゆる調査」とは、統計法上、統計調査として位置づけられ、調査票(アンケート)を配布して個人に回答してもらう調査を意味する。それらは、一般統計調査と位置づけられ、統計法33条によって、公益性のある二次利用に使われる。二次利用とは、基データを借り出して、再集計するという意味だ5)

「障害者雇用実態調査」は、業務統計だから「いわゆる統計ではない」となる。つまり、それは行政上必要があって実施する調査だから、必要以上のことは聞けないという論理だ。しかし、そう法律で定められているわけではなく、行政側がそう捉えているにすぎない。

「いわゆる調査ではない」調査には、平成23年度に厚労省が実施した「生活のしずらさなどに関する調査」(=全国在宅障害児・者実態調査)がある。この調査は、かつての身体障害児・者実態調査と知的障害児・者実態調査の2つを統合した調査だから、本来ならば間違いなく一般統計調査なのだが、一般統計調査としての手続き無しに実施され「世論調査」扱いになっているので、二次利用の途がない。しかし、障害者の調査としては国唯一の調査となるため、国リハの研究班では「生活のしずらさなどに関する調査」の再集計を基にした特別分析を報告書にまとめている。そしてその成果は、平成28年度に実施される第2回調査の参考とされることが期待されている6)

統計法上の調査ではない、という意味では、筆者が厚労科研で実施した「障害者生活実態調査」(平成17年、18年実施)7)もそうである。2つの自治体の協力を得て行なった調査である。この調査では、国民生活基礎調査や社会生活基本調査などの全国調査の調査票の設問を使って調査した。その結果、障害の種別や性別のクロス集計から、全国調査の結果との比較ができ、女性障害者の所得格差などのエビデンスとして引用されている。このように、公費を使って行なった調査結果をアーカイブ化して利用することも考えるべきである。たとえば、東京大学のSSJ8)のようなところに集積できる。だが、そのためには倫理委員会の審査などの手続きが必要だろう。

統計の障害者政策活用のための課題

政策に使える統計を得るためには、障害者政策担当部局に新しい調査の実施の要望を出しているだけでは進まない。公費削減の必要と回答する国民の負担軽減という2つの理由で、新たに追加で調査を行うことに官庁からは強い抵抗があるだろう。山田他(2015年)9)の国民生活基礎調査を二次利用した障害者の貧困率の研究のように、既存の統計調査を利活用しながら、調査対象者を施設入所者や病院入院者にまで広げるよう調査担当部局に働きかけることが重要である。

また、国勢調査で「障害の有無に関する」設問を追加することができれば、自治体レベルでも、国際比較でも使える統計が整備できるが、そのためには、統計基本計画を所管する統計委員会において、障害者政策に使える統計調査の整備の必要性について提言を引き出す必要がある。第2期統計基本計画にジェンダー統計の整備の文言が入っているが、これは男女共同参画局から統計委員会への意見だしの成果である。第3期基本計画(平成30~35年)の議論が本格的に始まる時期を見据えると、そろそろ障害者政策委員会で統計の整備に関する意見をまとめ、統計委員会に意見だしの準備を始める時期にきている。

(かつまたゆきこ 国立社会保障・人口問題研究所 情報調査分析部長)


【注釈】

1)第26回 資料1-4 議論の整理~第3次障害者基本計画の実施状況を踏まえた課題~

2)身体障害児・者(3,937千人)知的障害児・者(741千人)、精神障害者3,201千人)、合計7,879千人(平成27年度厚生労働白書)、総人口127,110千人(総務省国勢調査)

3)OECD(2004) Transforming Disability into Ability, Policies to promote work and income security for disabled people”

4)勝又幸子(2008)「国際比較からみた日本の障害者政策の位置づけ」季刊社会保障研究Vol.44.No.2

5)勝又幸子(2013)「障害関係分野における統計データの整備と活用」厚労科研「障害関係分野における今後の研究の方向性に関する研究」(岩谷力研究代表者)参照。

6)厚生科学研究委託事業 障害者対策総合研究開発事業(身体・知的等障害分野)業務主任者岩谷力 (平成26年度総括・分担研究報告書)参照。

7)研究代表勝又幸子 厚生労働科研『障害者の所得保障と自立支援施策に関する調査研究』 (2007.3.31)参照。

8)Social Science Japan Data Archive 東京大学社会科学研究所

9)山田篤裕他(2015)「障害等により手助けや見守りを要する人の貧困の実態」、貧困研究Vol.15 pp.99-121