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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2016年11月号

国連の障害統計に関するワシントン・グループの取り組み

北村弥生

歴史

国連統計部では、特定の課題を解決するためのインフォーマルな組織をシティ・グループと呼び、最初の会合が持たれた都市の名前を冠する。ワシントン・グループ(以下、WG)のメンバーは各国の政府統計局の他に障害に関する国際組織(たとえば、世界保健機構、国際障害同盟)であるが、年一度の会合には、共同作業を行なった組織からの参加者も含めて約100人が集まる。また、運営委員・ワーキンググループ代表・会合開催国代表・事務局ら約15人による電話会議を年に数回行う。年次会合後には要約を、2年に一度は国連統計部に提出する報告書を作成し、年次会合での発表スライドと共にホームページから公開する1)。さらに、成果は書籍としてまとめられた2)3)。事務局は米国の国立疾病対策予防センター内の国立衛生統計センターが務め、日本からは2016年までの16回中10回に厚労省障害保健福祉部の依頼で国立障害者リハビリテーションセンターが参加し4)、2015年から3年間は筆者がアジア代表の運営委員を務める。

目的

WGの第一の目的は、国勢調査や全国調査に適し、国際比較が可能な障害計測法を国際的な協力の基に作成することである。この目的は、2006年に「短い質問セットshort set」(図1)が承認されたことで達成された。

図1 短い質問セット (江藤文夫仮訳4)

基本生活ドメイン 質問
視覚 あなたはメガネを着用しても見るのに苦労しますか?
聴覚 あなたは補聴器を使用しても聞くのに苦労しますか?
移動 あなたは歩いたり階段を登ったりするのに苦労しますか?
認知 あなたは思い出したり集中したりするのに苦労しますか?
セルフケア あなたは身体を洗ったり衣類を着たりする(ようなセルフケア)で苦労しますか?
コミュニケーション あなたは普通(日常的)の言語を使用して意思疎通すること(例えば理解したり理解されたりすること)に苦労しますか?
回答の選択肢
1 いいえ、苦労はありません
2 はい、多少苦労します
3 はい、とても苦労します
4 全くできません

WGの第二の目的は、人口調査や障害者に対する調査に使う複数の「拡張質問セットextended set」を作成することであり、2009年に1つが承認された(図2)。2つの目的に共通して、国際生活機能分類(ICF;WHO,2001)が基本枠組みとして用いられた。

図2 拡張質問セットの一部 (ブタペスト・イニシアティブがフィールド調査で使用:仮訳)

基本生活ドメイン 番号 質問 選択肢
視覚 VIS_1 あなたは(彼は/彼女は)、眼鏡を着用しますか? はい・いいえ
視覚 VIS_2 あなたは(彼は/彼女は)、眼鏡を着用しても、見ることに苦労がありますか? 1いいえ、ありません 2少しあります 3かなりあります 4まったくできません 7拒否 9わからない
視覚 VIS_3 あなたは(彼は/彼女は)、眼鏡を着用しても、部屋の向こう側にいる人の顔をはっきりと見ることに苦労がありますか? 1いいえ、ありません 2少しあります 3かなりあります 4まったくできません 7拒否 9わからない
視覚 VIS_4 あなたは(彼は/彼女は)、眼鏡を着用しても、硬貨の人の顔をはっきりと見ることに苦労がありますか? 1いいえ、ありません 2少しあります 3かなりあります 4まったくできません 7拒否 9わからない
聴覚 HEAR_1 あなたは(彼は/彼女は)、補聴器を使用していますか? 1はい、2いいえ、8拒否、9わからない
聴覚 HEAR_2 あなたは(彼は/彼女は)、補聴器を使用しても、聞くことに苦労がありますか? 1いいえ、ありません 2少しあります 3かなりあります 4まったくできません 7拒否 9わからない
聴覚 HEAR_3 あなたは(彼は/彼女は)、どのくらいの頻度で補聴器を使いますか? 1いつも、2ときどき、3たまに、4使わない、7拒否 9わからない
聴覚 HEAR_4 あなたは(彼は/彼女は)、補聴器を使用しても、静かな部屋で他の人との会話を聞くことに苦労がありますか? 1いいえ、ありません 2少しあります 3かなりあります 4まったくできません 7拒否 9わからない
聴覚 HEAR_5 あなたは(彼は/彼女は)、補聴器を使用しても、騒々しい部屋で他の人との会話を聞くことに苦労がありますか? 1いいえ、ありません 2少しあります 3かなりあります 4まったくできません 7拒否 9わからない
会話 COM_1 あなたは(彼は/彼女は)、普通(日常的)の言語を使用して意思疎通すること(例えば理解したり理解されたりすること)に苦労しますか? 1いいえ、ありません 2少しあります 3かなりあります 4まったくできません 7拒否 9わからない
会話 COM_2 あなたは(彼は/彼女は)、手話を使いますか? 1はい 2いいえ 7拒否 9わからない

短い質問セット

WGの短い質問セットでは、「視覚」「聴覚」「移動」「認知」「セルフケア(上肢)」「コミュニケーション」に機能制限があるかを尋ねる。短い質問セット6つを使うことが困難な場合は、最初の4つを使用することが勧められた。

また、従来の調査では、「障害」を「何もできない状態」と捉える場合が多かったため、2段階ではなく4段階の選択肢を示し、「全くできない」と「とても苦労する」を「障害がある」と分類することとした。この方法によると、認知症は障害かどうかを悩む必要はなく、認知機能等について「とても苦労する」のであれば「障害」と分類される。

補聴器が普及していない国では、「補聴器を使用しても」は外して使う。「コミュニケーション」で「日常的な言語」には手話を含めた公用語以外も含む。セルフケアは生活機能ではないが、セルフケアに関するサービスを提供するために把握の必要がある国は多いことと、他の多くの活動と関連するカテゴリーであることから採用された。このように、サービスの有無は意識される場合もあるが、識別された「障害者」と「サービス受給者」は一致しない。

拡張質問セット

詳細な状態を知るために拡張質問セットが作られた。たとえば、「眼鏡を着用しても、見ることに苦労する」といっても、どこの何を見るかにより苦労は違うからである。ここでは、短い質問セットに「学習」「理解」「情動」「疼痛」「疲労」が基本活動ドメインとして追加された。さらに、複合活動ドメインには、「ADL/ IADL」「対人関係」「生活活動」「社会参加」が選択された5)が、まだ、質問文は完成されていない。

子ども用のモデュール

WGの質問セットは、発達段階にある子どもについては健常でも障害と分類してしまう欠点があった。そこで、WGは2009年にワーキンググループを立ち上げ、UNICEF(国際児童基金)と協力して、国際生活機能分類児童版(ICFCY;WHO,2007)を使い、子ども用のモデュールを開発中である。2歳未満は障害があるかどうかがはっきりしない場合が多いために対象外とされた。

2歳から4歳用の試作版モデュールは16の質問文からなり、「視覚」「聴覚」「移動」「微細運動」「親の言うことを理解すること」「話すこと」「学習」「遊ぶこと」「癇癪行動(蹴ったり噛みついたり、叩いたりすること)の頻度」を尋ねる。移動に苦労がある場合には、運動機能によるのか意思によるのかを尋ね、さらに親がそれを気にしているかを尋ねる。

5歳から17歳用の試作版モデュールは24の質問文からなり、「視覚」「聴覚」「移動」「セルフケア(食事、衣服の着脱)」「家庭内外での意思疎通」「学習」「記憶」「不安」「憂鬱」「自己制御」「集中」「変化への対応」「友達を作ること」が含まれる。「記憶」「自己制御」などについては、同年代の他の子どもとの比較と親の心配を尋ねる。

UNICEFとの共同作業は、学校環境の評価指標作成に発展した。同様に国際労働機関ILOも、障害者の労働力に関する各国の統計を調査した際に、障害の定義の統一が必要であることを意識し、WGの質問セットの利用を勧めるとともに、労働環境の評価指標をWGと共同作成する意識づけがなされた。

WGの質問セットの使用状況

WG事務局は、毎年、各国統計局に対して、障害者に関する統計の報告(カントリーレポート)を求めて集計し、質問セットの普及状況を報告する。第15回会議(2015年)には57か国からの回答があり、短い質問セットは直近の国勢調査で41か国が、国勢調査だけでなく全国調査などを含めた何らかの形で54か国が使用したことが報告された。日本も使用国として報告されているが、平成23年「生活のしづらさなどに関する調査」(厚労省)で対象者の選別事例としてWGの質問セットが利用されただけであり、調査結果は出ていない。拡張質問セットは、5か国(ドミニカ共和国、フィンランド、コソボ、サモア、米国)が使用したと報告された。各国の統計局以外では、国際NGOであるハンディキャップ・インターナショナルがシリア難民に対して短い質問セットを使用し、障害と識別された対象者に特別な配慮を提供して効果を上げたことは好事例として紹介された2)

課題と展望

「精神障害に関する質問セット」と「環境と参加に関する質問セット」は、ワーキンググループが検討中である。WGの短い質問セットを国勢調査に使用する勧告は国連統計部から、持続可能な開発目標(SDGs)の指標の識別に使用する勧告は国連統計部と国連経済社会局から、仁川(インチョン)戦略の指標の識別に使用する勧告は国連ESCAPから出ている。WGの短い質問セットにより、障害者に関する統計の国際比較が行われることが期待される。

(きたむらやよい 国立障害者リハビリテーションセンター研究所)


【参考文献】

1)Washington Group on Disability Statistics. http://www.cdc.gov/nchs/washington_group/#

2)Altman, B. International Measurement of Disability Purpose. Method and Application. Springer. 2016.

3)Altman, B. International Views on Disability Measures: Moving Toward Comparative Measurement. JAI Press. 2006.

4)国立障害者リハビリテーションセンター、国際会議参加情報
http://www.rehab.go.jp/whoclbc/japanese/conference.html

5)北村弥生、国連の障害統計に関するワシントン・グループの設問による調査の動向、リハビリテーション研究No153:24-27、2012