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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2016年11月号

1000字提言

「今の自分が好きですか?」

雨宮処凛

「生まれ変わったら、知的障害になってもいいという人はいますか? 今と同じがいいですか?」

知的障害がある40代の女性がそう問いかけると、満員の会場はシンと静まり返った。ひと呼吸おくと、彼女は言った。

「私は、生まれ変わっても障害のある自分が好き」

そして近くに座る車椅子の男性にも聞いた。「障害がある自分が好き?」

男性は、はっきりと「好き」と言った。

相模原の障害者施設で起きた事件を受けての集会でのことだ。自分たち障害者の生きる姿を知ってほしいという思いから開催された集会での一幕。

生まれ変わっても、今の自分がいい。

彼女が口にした言葉を聞いて、曇っていた視界が、パッと開けたような思いがした。恥ずかしながら、「生まれ変わったら」という問いの答えは、「障害がない自分になりたい」だと思い込んでいた。そんな自分の発想の貧しさに、顔がほてった。

だけど、障害があろうとなかろうと、今の世の中には「このままの自分」でいることが「罪」とされているような空気が満ちている。常に上を目指すべきだとか、今の自分に満足しているようじゃ向上心が足りないとか。そうしてみんな、「ありのままの自分」を好きになれずに苦しんでいる。それだけじゃない。相模原事件の容疑者は、一方的に障害者の生を無意味と決めつけて、19人もの命を奪った。

だけどどうだろう。私の目の前に座る女性は、「今のままの自分が好き」と言っている。グループホームで暮らし、作業所で豆腐を作り、お客さんに接客する中で「遅い」と文句を言われて傷ついたりしながらも、そんな自分を丸ごと受け入れているのだ。

「自分を大切に」。よく言われる言葉だ。だけど、私はその方法がよくわからないできた。でもこの日、少し、わかった気がした。自分を大切にする第一歩は、自分を好きになることではないのかと。嫌いな自分を誰も大切にはできない。今の自分を肯定できていないと、時に自身を虐(いじ)めてしまう。なんだ、自分を好きでいればいいのだ。どうしてそんな簡単なことがわからなかったんだろう。

この10年、貧困や格差の問題に取り組む中で、「無条件の生存の肯定」というスローガンを大切にしてきた。どんなに役に立たなくても、働けなくても、生存は無条件に肯定されるべきという思想。しかし、そんなことはとっくに障害者の人々が実践していた。

「生まれ変わったら今の自分がいい?」

正直、私はその問いにまだイエスと答えられない。何の迷いもなく「今の自分がいい」と答えられた時、どんな地平が広がっているのだろう。そして、みんながそう思える社会になったら。そんな社会では、きっとあんな惨(むご)い事件は起こらないと思うのだ。


【プロフィール】

あまみやかりん。1975年、北海道生まれ。作家・活動家。反貧困ネットワーク世話人。「公正な税制を考える市民連絡会」共同代表。格差・貧困問題、生きづらさの問題に取り組む。最新刊『生きづらい世を生き抜く作法』など著書多数。