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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2016年11月号

解説 障害者差別解消法 第6回

情報・コミュニケーションに関する差別と合理的配慮

伊藤英一

「どこまで対策を講じておけば合理的配慮を提供することになるのでしょうか」。最近、よく聞かれる質問のひとつである。

平成28年4月に障害者差別解消法が施行され、公共機関のホームページをアクセシブルにするための「みんなの公共サイト運用ガイドライン(総務省)」が改定された。公共機関に対して「速やかにウェブアクセシビリティ方針を策定・公開し、2017年度末までにJIS X 8341-3の適合レベルAAに準拠」し、アクセシビリティを維持管理するために「利用者との協議」を行い、「利用者の意見聴取」等の実施を求めている。情報の提供者と利用者との相互理解と協力体制が必要となってきた。

社会生活を営む上で情報は必要不可欠である。だれもがさまざまな情報媒体から平等に情報を獲得し、利活用していくためにはどのような環境が必要なのか。情報・コミュニケーションにおける合理的配慮とは何かを追求し、社会全体における情報格差の是正に向けた努力が解決になるはずである。

■大学における情報保障の一例から

筆者の所属する大学には障害学生が比較的多く在籍している。障害学生支援室が中心となり、さまざまな支援を提供している。

現在、障害学生のうち約半数が聴覚に障害があり、授業における情報保障が大きな課題となっている。授業における情報保障としてはノートテイク(要約筆記)が基本となる。一部の授業科目では、手話通訳や音声認識システムを利用することも可能である。視覚に障害のある学生には読み上げ機能のついたパソコンを導入する際や、点字プリンタを利用する際、キャンパス内を移動する際などにおいて必要な支援を提供している。障害学生を含むすべての学生は学内ネットワークが利用でき、履修登録やレポート提出等が学内外から実行できる。視覚に障害があっても、掲示板に近づけなくても必要な情報にアクセスできる。

日常的に手話を利用している聴覚障害学生と、人工内耳を装用している聴覚障害学生とでは支援内容が異なる。前者は手話通訳、あるいはノートテイクを希望し、後者は支援を必要としない、あるいはノートテイクを希望することが多い。点字を利用している視覚障害学生と、拡大読書機を利用している視覚障害学生でも同様に、前者は点訳、あるいは電子データを、後者は拡大、あるいは電子データでの資料提供を希望することが多い。

「聞こえ」や「見え」の状況によって支援内容も異なり、授業形態や授業内容によっても効果的な情報保障手段は異なってくる。このように、実際には個々に応じてさまざまなニーズが存在するため、多様な情報保障手段を用意しておく必要がある。しかしながら、多くの障害学生は、自分に効果的な情報保障手段を知りうる機会が少ない。多様な情報保障手段を用意するだけでなく、可能な限り体験する機会を用意し、大学と障害学生とが相互理解をはかりながら効果的な情報保障手段を開発していくことが大切だと考える。

また、情報保障を担う通訳者・要約筆記者を確保することが大きな課題でもある。「情報保障技術」という授業科目を用意し、学生らに手話・要約筆記・点字への関心を高める工夫を凝らし、学内外に向けた要約筆記者養成講座も定期的に開講していることで量的な課題は解消しつつある。しかしながら、質的な課題には未着手であり、授業内容によっては正確な情報保障となっているのかを確認できていない。

たとえば、1年生の要約筆記者が3年生以上の専門科目においてノートテイクを担当することも多い。専門用語等を書き間違えたり、カナのままであったりすることも想定される。現時点では確認等は行われていないため、授業内容が正確に伝達されるためにはどう対応するのか、今後の検討課題でもある。

■合理的配慮を効果的に提供するために

障害者権利条約では、コミュニケーション手段には手話を含む言語、文字の表示、点字、音声、触覚等による多様なコミュニケーション手段があるとし、同条約の趣旨を反映した障害者基本法(改正)は、コミュニケーション手段の選択と利用の機会が確保されていない障害者に大きな変化をもたらし、自立と社会参加に大きな機会を与えた。

しかしながら、実際には障害の特性や障害者のニーズに応じたコミュニケーション手段の選択と利用の機会が十分に確保されているとは言えず、地域での人間関係において困難を来している人たちは少なくない。白杖の音や歩行者用信号機の誘導音がうるさいと思う人と、音から環境の状況を獲得しようとする視覚障害者の間を埋めるためにはどうしたらいいのだろうか。

バリアフリーやユニバーサルデザイン、さらにはそれらの普及啓蒙活動といった障害者一般のニーズを満たすための「事前的改善措置」を社会全体で推進していくとともに、一人ひとりの障害者が自分にとって有効な情報保障手段を獲得するために汗を流し、平等な情報保障を心がける支援者を一人でも多く育成していくことが「合理的配慮の提供」につながるはずである。

『社会福祉というのは、社会の単なる総量をいうのではなくて、そのなかでの個人の福祉が保障される姿を指すのである』(糸賀一雄:福祉の思想1968)

(いとうえいいち 長野大学教授)