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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2017年2月号

通常学級での実践
一人ひとりの子どもたちが、楽しくすごせる学級づくり、授業づくり

宮本郷子

1 小学校通常学級での教育実践

インクルーシブ教育の実現には数々の条件整備が必要だが、筆者は今の制度でできるインクルーシブ教育を目指す実践を行なってきた。その実践を紹介しながら、大切にしてきたことを述べる。

(1)安心できる居場所と出番のある楽しい学級づくり
~ほっこりとした学級~

筆者は、どの子にも居場所や出番があり、学習や生活の主人公になれるように心がけてきた。すべての子どもにとって学級が楽しいと感じられ、自分たちが大切にされていると実感できることが、その子たちが、特別なニーズをもつ子どもにも優しく寛容であることに繋(つな)がると考える。どの子も大切にされる学級集団づくりそのものが大切だと思う。

1.楽しい学級集団、仲間づくり
~文化と集団の大切さ~

毎日の学校生活が楽しくなるように、絵本の読み聞かせや歌、集団遊び等をよく行なった。もちろん、集団に入りづらい子どももいるので強制はしない。お楽しみ会に向けて、プレゼント作りや出し物(紙芝居や劇、ダンス、漫才、合奏、手品等)の練習を行い、わくわく感で本番を迎えることにした。

特別なニーズをもつ子どもの中には、制作やダンス・歌・手品が好きだったり、漫才の脚本を面白く作ったりする子どもがいて、授業だけでは培えない力を発揮した。みんなで楽しむ借り物競走や障害物リレー・二人三脚等をする“学級オリンピック”も行なった。各班で競技を担当し計画案を作って学級会に提案し準備する。メダル等を作り競技方法を検討した。二人三脚は、事前に体育館で練習した。手作りの聖火を持って走る聖火入場では、多動気味の子が喜んで走った。さまざまな出番があればどの子も輝ける。広汎性発達障害の翔太君は、二人三脚を事前に練習したので戸惑わずにでき、借り物競走では支援員さんの声かけで落ち着いてゴールできた。

2.学級内クラブの取り組み
~心地よい時間と空間~

高機能自閉症の太一君のいた学級では3年生で学級内クラブをした。マラソンクラブは毎日よく走り、物語クラブは自作の物語を発表し、ダンスクラブは自作のダンスを披露した。彼はポケモン大好きクラブに入り、友だちと話しながら大好きなポケモンの絵を描いて壁面に掲示した。精密な描画力が発揮された彼の絵を見て友だちが褒(ほ)めてくれた。大勢の人が苦手な彼は、好きな活動を数人の友だちと行い、心地よい時間を過ごせた1)

(2)楽しい授業づくり

1.国語の授業「一つの花」 
~文学作品のもつ重み~

4年生の「一つの花」の学習に入る前に「えんぴつびな」等の絵本を読み、戦時中の暮らしについて話しあった。いつも空腹だったことや、自分と同じ年頃の子が疎開したり戦火の中を逃げ惑って死んだりしたことを知った。授業中、片時もじっとできず、ちょっかいや手遊びをしていた尚也君が、少しずつ授業に参加し始め、登場人物の気持ちをプリントに書いたり発表したりするようになった。自分のおじいちゃんから聞いたことを感想に書き、なぜだろうと考える姿も出てきた。文学作品の重みと授業研究の大切さを実感した。

2.生活綴り方を通して育つ子どもの内面
~書くことで繋がる子どもたち~

子どもの書いた作文を読みあう生活綴り方の授業を大切にしてきた。授業を重ねることで書きたい意欲が育つ。書くことは子どもの内面を表現することであり、読みあうことで子どもたちが仲良くなり繋がっていく。太一君は、2年生当初はあまり書けなかったが、2学期半ばには学級が安心できる所になってきたこともあり、自分の経験したことが少しずつ書けるようになった。3年生の12月、男子数人で校庭の隅に秘密基地を作り、それを「ひみつチキン」と名づけて、その様子を作文に書いてきた。体育倉庫の裏にあり、木の棒が横たわっていて、「ここが○○の部屋やで」と話し、築山を畑に見立てて棒切れで耕して笑いあっていた。こんな楽しい生活があるから、彼はそれを作文に書けたのだと思う。

(3)子どもの発達の土台を太らせる
~教師の子ども理解、発達の可能性と発達連関~

知的障害をもつ3年生の誠君は、理科の「音の伝わり方」では一緒に糸電話を作ってよく遊び、友だちの声が伝わってくることが理解できた。しかし、国語の授業に集中できず、その糸電話を取り出し筆者のところに持ってきて「先生、お電話ですよ」と話しかけてきた。それに応(こた)えて少し話すと満足して笑って席に着いた。子どもたちも微笑んでいた。筆者のその対応がベストだとは思わないが、その柔軟性は担任に必要だと思う。

彼は学級の授業に退屈すると、「先生、図書館に行ってきます」と宣言して図書館に行き、司書さんと好きな恐竜図鑑を見ながら話し、恐竜の絵を描いてもらってご機嫌で帰ってきた。ある時、作ってもらった王様の冠を被って教室に帰ってきたので、「おかえり、誠君。一緒に勉強しようか」と言うと、「あのね、おうちゃまは、勉強きらいなの」と言った。王様になりきって自分の気持ちが言えるなんて、大した子だと思った。彼の発達の土台を太らせたいと思った。友だちとごっこ遊びをする中で想像力が育ち話しことばも豊かになれば、思いや様子をことばで伝えられるようになりトラブルも減るだろう。さまざまな経験を通して文脈形成力がつけば、ひらがなや簡単な漢字は習得しているので文を書けるようになると考えた。

休憩時間を中心に忍者ごっこや西遊記ごっこを友だちとよく行なった。1年間以上こま回しに取り組んだ学級なので、彼も4年生半ばには友だちに教えてもらってこまが回せるようになった。1回だった縄跳びの前回し跳びが、その頃には50回跳べるようになり、家族で紅葉狩りに行った様子を数行の作文に書くようになり、気持ちを話すことも増えてトラブルは減った。発達の可能性と発達連関を感じさせてくれた。彼は自ら図書館や図工室、保健室、校長室と面白そうな所に出かけて行っては制作や話を聞いてもらっていた。「特別支援教育」が始まる前のことだが、それに応えてくれる先生がたくさんいたのである2)

(4)個別の支援と学級集団づくり
~お姉ちゃんになりたいこころ~

知的障害をもつ1年生の美希さんは、自分のことより友だちのことが気になりお手伝いするような子だった。筆者が彼女を手助けしつつ、彼女のお姉ちゃんになりたい気持ちを汲みながら友だちの世話もしてもらった。数の認識は5以上は「たくさん」の世界だった。特別支援学級在籍だったので、算数の時間は彼女の発達課題に合わせた学習を支援学級で行なってもらった。個別の支援と集団の中での支援を組み合わせながら行なった。

(5)周りの子どものその子理解と、本人の自分理解
~困り感に寄り添う~

尚也君は腹が立つとすぐに手が出ていた。彼の「すぐに手が出てしまう」困り感に寄り添いながら学級づくりをしてきた。彼の頑張りや優しい姿を褒め、彼の得意な群読や音楽劇、手作りおもちゃの制作等を学級みんなで取り組み、彼が学級に位置づくようにした。2学期末の体育でポートボールのゲームをした時、同じチームの子が「もう、おれら負けや」と言ったのを聞いて彼は怒り出し、その子を叩こうとしたところを筆者が止めに入った。「そんなこと言われて嫌やったなあ。尚也の気持ち、よくわかるで。みんなはどう?」と聞くと、周りに集まってきていた子どもたちも「おれらもわかるで」と。筆者が「でもな、叩いたらあかん。ここは我慢のしどころや」と話しかけると、今まで泣いたことのない彼が涙を流しながら、握りこぶしを作ってぐっと我慢できた。彼は自分がすぐに手が出てしまうことをこの頃には自覚していた。3学期に校長先生に「どっちの手が出やすいんや」と聞かれて「右手」と答えていた。校長先生に右手首にリボンを巻いてもらい「人を叩きそうになったらこれを見て、校長先生との約束を思い出しや」と言ってもらった。

(6)自由度の高い、寛容度の高い教育実践を
~柔軟な対応~

授業中も片時もじっとしていられない尚也君は、集中が切れると大声を出し、友だちにちょっかいをかけたり、折り紙でくす玉を作ったりしていた。6月頃から、彼は筆者との信頼関係ができてきて甘えてくるようになった。行き渋りをしていた友だちが先に筆者の大机の所に来ていたこともあり、彼も荷物ごとやって来て、筆者と3人一緒に大机で勉強した。柔軟な対応がとれたと思う。他の子どもたちも給食を食べにその大机にやって来た。彼の背中をなぜながら授業をするなかで、徐々に興奮や喧嘩は減っていった。

2 学校現場の現状と課題、真のインクルーシブ教育を実現するために

今、学校現場では、どんなことが起きているのだろうか。まずは、教職員が多忙で余裕がなくなってきている。また「○○スタンダード」等に見られるように、授業方法までマニュアル化されて管理されるなかで、特別なニーズをもつ子どもを受けとめられるような楽しく自由度の高い実践が行いにくい状況がある。また、「学力テスト」等の影響もあって、通常学級での学習や生活が競争的になり、特別なニーズをもつ子どもが排除されかねない状況が出てきている。

さらには、通常学級の子どもたちの「育ちそびれ」の問題がある。知的遅れはないが生活面や精神面で幼くなってきていることは、多くの教職員が感じている。このことは、通常学級の集団づくりが以前よりも難しくなっていることを意味する。優しい子ども理解や温かな学級づくりが、教職員の努力だけでは難しくなりつつあるのだ。インクルーシブ教育を支える優しい学校・優しい社会が壊れてきていることを感じる。

真のインクルーシブ教育を実現するためには、教職員の優しい子ども理解や温かな学級づくり、発達的な子ども理解等とともに、学校が一人ひとりの子どもたちを大切にするために連携しあうことが必要である。また、文科省等が教育実践の細かい内容まで管理せず、学校・教職員の自主性を重んじて自由度・寛容度の高い実践が行えるようにすることが大切だと思う。通常学級だけでは完結されないインクルーシブ教育なのだから、校内の特別支援学級や通級指導教室との連携、他機関や地域との連携、そして、すべての教職員や保護者との子ども理解や支援のあり方の共通理解なども大切なことである。また、通常学級の子どもの人数を15~20人程度に減らすことや、子どものニーズに応じた指導・援助ができる専門的な知識と経験のある支援員の配置等の条件整備も大事なことだと考える。

(みやもときょうこ 龍谷大学非常勤講師、元大阪府内小学校教諭)


【参考文献】

1)インクルーシブ授業研究会編『インクルーシブ授業をつくる』第10章「インクルーシブ教育を支える学級集団づくり・授業づくり」(宮本郷子著)p109~123、ミネルヴァ書房、2015年

2)清水貞夫編著『通常学校の障害児教育』第5章「“育ちそびれている子どもたち”に発達の土台を豊かに」(宮本郷子著)p.89~104、クリエイツかもがわ、2003年