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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2017年3月号

失語症のある方に関わる意思疎通支援事業の具体的な取組について

時末大揮

意思疎通支援事業を見直しすることとなった経緯

平成23年7月に障害者基本法の一部を改正する法律が成立し、この法改正により「全て障害者は、可能な限り、言語(手話を含む。)その他の意思疎通のための手段についての選択の機会が確保されるとともに、情報の取得又は利用のための手段についての選択の機会の拡大が図られること。」と規定され、法第22条の情報の利用におけるバリアフリー化等には、「円滑に情報を取得し及び利用し、その意思を表示し、並びに他人との意思疎通を図ることができるようにするため、(中略)障害者に対して情報を提供する施設の整備、障害者の意思疎通を仲介する者の養成及び派遣等が図られるよう必要な施策を講じなければならない。」と規定されました。

また、平成25年に施行された障害者総合支援法において、意思疎通支援を行う者のうち、特に専門性の高い者を養成し又は派遣する事業を必須事業であると法律に明記されました。これまで以上に意思疎通支援を行う者の養成が行われ、地域における意思疎通を図ることに支障がある者を支援する取組の強化が図られることにより、障害者等の自立と社会参加が一層促進すると考えています。

この障害者総合支援法については、法施行の3年後を目途に見直すことが法律の附則で規定されていたため、平成27年4月から12月にかけて社会保障審議会障害者部会において見直しの議論が行われました。

今回の見直しの論点の一つとして「手話通訳等を行う者の派遣その他の聴覚、言語機能、音声機能その他の障害のための意思疎通支援を図ることに支障がある障害者等に対する支援のあり方について」の議論が行われました。

ここでは主に、意思疎通支援事業の内容や運営方法、また人材養成についてどう考えるかなどが議論されました。

意思疎通支援事業の内容や運営方法では、対象者の範囲や介助技術として整理した方が適切なものや、意思疎通支援事業に関する実態を踏まえたニーズや支援のあり方などについて検討されました。

また、人材養成では、必要とされる人材の把握とその養成のあり方や、研修カリキュラムと専門的な知識を必要とする意思疎通支援のあり方について検討いただきました。

およそ1年にわたる議論を経て、平成27年12月14日に社会保障審議会障害者部会の報告書〈図1〉がとりまとめられました。報告書において、現在、国の事業(地域生活支援事業の必須事業)として行われている意思疎通支援事業について、「失語症など障害種別ごとの特性やニーズに配慮したきめ細かな見直しを行うべき。」とされたことなどを踏まえ、失語症のある方への意思疎通支援のあり方について、具体的な検討を進めているところです。

図1 社会保障審議会障害者部会 報告書【抜粋】
図1 社会保障審議会障害者部会 報告書【抜粋】拡大図・テキスト

意思疎通支援事業の現状と課題

一口に意思疎通が困難な者に対する支援(意思疎通支援)といっても、障害種別により支援する施策・サービスはさまざまありますが、現行制度では大きく2つに分類されます。1つは障害福祉サービスとして、居宅や障害者支援施設等において介護や家事並びに生活全般にわたる援助を行うサービスに付随して提供される場合と、もう1つは、主に都道府県、市町村において養成された意思疎通支援を行う者を派遣する事業により支援されている場合があります。

これまで意思疎通支援といえば、多くは地域生活支援事業の必須事業として実施されている意思疎通支援事業において提供されてきました。

この意思疎通支援事業では、以前、対象は「聴覚、言語機能、音声機能その他の障害のため意思疎通を図ることに支障がある障害者等その他の日常生活を営むのに支障がある障害者等」と規定していました。

このため、手話通訳者や要約筆記者、盲ろう者向け通訳・介助員の派遣事業といった、そのほとんどが聴覚障害者向けとして取り組まれてきたというのが現状です。

意思疎通支援事業において派遣される支援者は、一定程度その支援手法が確立されているもので、国が示した「支援者を養成するためのカリキュラム」に基づき各自治体で養成され登録された方となっています。

一方で、失語症のある方に対する意思疎通支援については、これまで医療分野におけるリハビリといった視点で支援が行われていたものの、医療機関から離れた後に地域における福祉分野で支援が行われることはほとんどなく、その支援手法が確立されていないなど、いまだに家族以外の第三者による支援が広がっていない現状にあります。

また、失語症のある方は言語機能障害の個人差が大きく、他の障害と求められる支援内容が異なることから、意思疎通支援者の養成が難しいため、人材の養成は一部の自治体に限られている状況にあります。

社会保障審議会障害者部会でまとめられた今後の取組に関する報告書を踏まえた対応

報告書では、「障害種別ごとの特性やニーズに配慮したきめ細かな対応や、地域の状況を踏まえた計画的な人材養成等を推進すること、基本的に現行の支援の枠組みを継続しつつ、盲ろう、失語症など障害種別ごとの特性やニーズに配慮したきめ細かな見直しを行うべきである。」とまとめられました。

障害者と障害のない人の意思疎通を支援する手段は、聴覚障害者への手話通訳、要約筆記、盲ろう者への触手話、指点字、視覚障害者への代読・代筆、点訳・音訳等のほか、知的や発達障害等のある人とのコミュニケーションや、重度の身体障害者(ALS患者等)に対してコミュニケーションボードなどを使用することによる意思の伝達などもあります。

意思疎通支援事業では、従前から手話通訳や要約筆記の支援に限らず、意思疎通が困難なすべての方に対する取組が対象となりますが、この主旨が十分に周知されていなかったことから、平成28年度地域生活支援事業の実施要綱では、対象者について、視覚・聴覚、言語機能、音声機能のほか、新たに失語症、知的障害、発達障害、高次脳機能障害、重度の肢体不自由、難病などを追記し、意思疎通を図ることに支障がある障害者等のすべてが対象であることを明示した改正実施要綱を地方公共団体に通知したところです。

意思疎通支援事業における失語症のある方への支援の方向性について

平成27年度に行われた障害者支援状況等調査研究事業において、失語症のある方が障害福祉サービスとして一体的に提供されるコミュニケーション支援のほかに、どのような意思疎通支援を必要としているのかについて、現状を把握のうえ調査研究を行いました。

本事業では、調査結果を踏まえ、必要な支援について、失語症のある方の家族や言語聴覚士だけでなく、広く一般の方々も支援者として関われるように、その際、全国どの地域においても一定の水準により支援することができる者を養成するよう、養成カリキュラムを作成するために必要な内容について検討を行いました。

この調査において、一般の方々を支援者として養成し、失語症のある方を支援する取組を先行して実施している自治体や団体に対しヒアリング調査を行うとともに、本人・家族、医療機関等へアンケート調査を実施し、調査研究の結果、失語症者向け意思疎通支援者養成カリキュラム(案)〈図2〉が作成されるとともに、養成・派遣事業の取組のイメージも示されました。

図2 失語症者向け意思疎通支援者養成カリキュラム(案)
図2 失語症者向け意思疎通支援者養成カリキュラム(案)拡大図・テキスト

失語症のある方への意思疎通支援の具体的な取組に向けて

この調査研究事業の報告書では、失語症のある方に対する意思疎通支援を行う者の養成や派遣の取組について、意思疎通支援事業として展開していく場合の取組内容も合わせて示されています。具体的な事業内容として、

1.失語症のある方と支援者との信頼関係を構築できる場として、会話サロンや友の会のような失語症のある方が集まる場を活用する。

2.個人派遣にあたっては、言語聴覚士(専門家)が本人の障害特性や生活歴等の背景情報を把握しアセスメントを行う。

3.適切な支援者をマッチングするコーディネーターを配置する。

などが提案されました。

そこで平成28年度から、四日市市、我孫子市、市川市、世田谷区、武蔵野市、多摩市の複数の自治体において、この失語症者向け意思疎通支援者養成カリキュラム(案)を活用した失語症者向け意思疎通支援事業〈図3〉を、各地域の言語聴覚士協会と協働してモデル的に実施することで、その事業内容等について、さらなる検証を進めております。

図3 失語症者向け意思疎通支援事業(案)について
図3 失語症者向け意思疎通支援事業(案)について拡大図・テキスト

(1)失語症者向け意思疎通支援者の養成

・平成27年度障害者支援状況等調査研究事業に基づくカリキュラム(案)の必須科目(講義8時間、実習32時間)を基本として、支援者の養成を実施する。

(2)失語症者向け意思疎通支援者の派遣

・失語症者が参加する会議、失語症者のために行われる催し物、団体活動及び失語症者の外出時に支援が必要な場面について派遣を実施する。

(3)留意事項

・養成カリキュラムについては、各地域の状況や利用者ニーズに応じて、各自治体において一部構成を変更することも可能とする。

・各地域における言語聴覚士協会や失語症関係団体と連携を図り、事業の円滑な実施に努めること。

・失語症者の集まるサロンを開催し、実地研修及び失語症者の個別ニーズの聞き出しの場として活用するよう努めること。

また、これと並行して、平成29年度からは、各都道府県で支援者を養成する指導者の養成を国立障害者リハビリテーションセンター学院において始めることとしています。

このため、平成28年度において、一般社団法人日本言語聴覚士協会が中心となり、指導者を養成するためのテキストが作成されました。この指導者養成テキストについては、今年度中に各都道府県の障害福祉施策担当及び言語聴覚士会に配布されることとなっています。

ここまでのいくつかの取組すべてが整えば、早ければ平成30年度から、地域生活支援事業の必須事業として実施されている「専門性の高い意思疎通支援を行う者の養成事業」として、失語症のある方に対する意思疎通を支援する者の養成を追加し、全国の都道府県で取組が始められるよう体制を整備したいと考えています。

図4 失語症者に対する意思疎通支援の実施に向けたスケジュール(案)
図4 失語症者に対する意思疎通支援の実施に向けたスケジュール(案)拡大図・テキスト

失語症のある方への切れ目のない支援を目指して

失語症のある方は、介護保険の対象とならないような働き盛りの若年者や、必ずしも身体介護を伴わないことなどの理由から、一見困難でないと受け取られ、十分な継続したリハビリが受けられないため、職場等への社会復帰や社会参加をあきらめざるを得ない状況にあります。このような方に対し、地域で包括的な支援を受けられる体制を構築していく必要があると考えます。

また最近は、ICT(情報通信技術)の進歩が早く、会話支援機器、音声認識ソフトによる情報伝達もスムーズに行われるようになっており、さらに使いやすい支援機器の開発や普及などの取組が求められています。

このため、厚生労働省においても、シーズとニーズを結びつけるための取組を一層進めるなど、支援機器の利用促進を図っていきたいと考えています。

引き続き、失語症のある方の実態把握に努め、地域福祉における意思疎通支援者の養成をはじめ、必要な障害福祉サービスの提供体制について検討を進め、失語症のある方の地域生活を支えるために必要な体制づくりに取り組んでいきたいと思います。

(ときすえだいき 厚生労働省社会・援護局障害保健福祉部企画課自立支援振興室情報支援専門官)