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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2017年3月号

知り隊おしえ隊

ここまで来た!最新の義手・義足

中村隆

1 はじめに

パラリンピックイヤーの昨年、ご自宅のテレビで障害者アスリートの勇姿をご覧になった方も多いのではないでしょうか。義足の日本人選手の活躍でこれまで以上に義足が身近に感じられるようになりました。

一方、スポーツだけでなく日常生活で使用する義手や義足も世界中で開発が進められ、飛躍的な進歩を遂げています。ここでは、最新の義手・義足の動向について紹介します。

2 進化する義手・義足の世界

■切断者の行動範囲を広げる電子制御義足

義手や義足の人体の関節に相当する部品は継手(つぎて)と呼ばれます。中でも義足の膝継手(膝関節に相当する部品)の役割はとても重要です。なぜなら、膝継手には立っているときには曲がらず、歩いているときには適度な抵抗で曲がらなければならないという2つの機能が必要だからです。膝継手を十分に制御できないと義足で上手く歩くことはできず、逆に転倒の危険さえあります。

このような膝継手の機能をコンピューターで制御しようという研究開発が30年以上前から行われてきました。そして、1990年代に世界初のコンピューター制御膝継手が日本で商品化されました。この膝継手は、歩行速度に応じてコンピューターが膝の曲がる抵抗を制御するもので、早歩きでもゆっくり歩きでも快適な義足歩行ができるようになりました。これにより義足ユーザーのQOL(生活の質)は大きく向上し、その後、日本を含む世界中のメーカーでさまざまな電子制御継手が開発されています。

最新のものは、歩行中に義足がどのような状態であるかを義足に内蔵されたセンサが感知し、荒れ地や坂道でも平地と同じような感覚で安全かつ楽に歩けるようになるそうです。義足が苦手としていた階段昇降といった上下方向の移動も可能になってきました。最近では膝だけでなく足継手(足関節の部品)も電子制御化され、さらに膝継手と足継手が相互に連携し、非切断側と同じような動きをするような部品も登場しています(写真1)。また、電子制御部品は水には弱いとされていましたが、防水機能が付与され、雨で濡れても大丈夫、中には水中を歩ける部品も開発されています(写真2)。
※掲載者注:写真の著作権等の関係で写真1、2はウェブには掲載しておりません。

このような高機能部品を使うことにより、これまで歩行が難しかった方が安全に義足で歩けるようになったり、砂浜や水辺などこれまで行けなかったところに行けるようになったりと、今後、義足利用者の活動範囲は大きく広がることになるでしょう。

■新たな時代を迎えた電動ハンド

筋肉の収縮時に発生する微弱な電気信号を感知して、モーターが内蔵された義手の手(電動ハンド)を動かす「筋電電動義手」というものがあります。これまでの電動ハンドは親指と示指、中指の3つの指が動くだけで、ものを摘むことしかできませんでした。しかし最近、5本の指が動いてより人間の手の動きに近いさまざまな動作をする電動ハンドが開発されています。ものを摘むだけではなく握ったり、手のひらを広げたり、生活のさまざまな場面でその使い分けができるようになっています。さらに、その設定はスマートフォンのアプリで設定します。また、これまでに開発された海外メーカーの電動ハンドは外国人サイズで日本人には大きすぎましたが、最近では女性や日本人にも合うサイズの電動ハンドも販売されるようになってきました(写真3)。
※掲載者注:写真の著作権等の関係で写真3はウェブには掲載しておりません。

残念ながら、ここで紹介した高機能部品のほとんどが海外メーカーの製品であり、価格も高額であることから、日本の医療や福祉で利用できるようになるかは未定です。また、高機能であるからといって装着すればすぐに使えるわけではなく、十分に使いこなすには練習も必要です。しかし、今後も部品の高機能化への挑戦は続き、高度な最先端技術が切断者の限界を克服する時代が訪れようとしています。

3 新たな製造手法:3Dプリンター

最近、3Dプリンターと呼ばれる立体造形機器が低価格で入手できるようになっています。3Dプリンターはコンピューターのディスプレイ上に描かれた立体図をその場で造形できる優れた機器で、安価な汎用3Dプリンターは、高温で溶かしたプラスチックを糸状に射出して平面上に図を描き、それを上方に積み重ねていって立体を造形します。3Dプリンターは少量多品種の部品を必要とする義手・義足の分野における新しい製造手法として注目されています。

e-NABLEというアメリカの団体は、先天性上肢形成不全の子どもたちのために汎用3Dプリンターでできる義手を開発し、インターネット上にそのデータを公開しました(写真4)。これは瞬く間に世界中に広がり、これまで義手を知らなかった人々が自らのアイデアでデータを改良してさまざまな義手を作り、再びそのデータをネット上に公開して共有しています。汎用3Dプリンターで作られた義手は、既存の義手と比べて精度や強度等に課題はあるものの、義手をより身近な存在にさせたという点で、この活動には大きな意味があります。
※掲載者注:写真の著作権等の関係で写真4はウェブには掲載しておりません。

さらに、最近の3Dプリンターでは金属やゴムなどさまざまな材料が使えるようになってきています。既存の加工技術では不可能な造形が可能であることから、3Dプリンターは新しい製造技術として大きな潜在能力を持つと考えられています。

4 動き始めた日本の技術

■デザインも重視した電動義手

3Dプリンターの登場により、日本でも義手や義足を作ろうという動きが研究者の間で広がっています。中でも注目すべきは、これまで人の手の形に似せることが重要視された義手の価値観を翻し、デザインも重視した新たな電動義手の開発です。

3人の若い研究者が創設したexiii. Inc.は3Dプリンターで造るスタイリッシュな電動義手を発表しています(写真5)。このデータはオープンソースとして公開され、誰でもデータを手に入れて自宅の3Dプリンターで造ることができます。また、リハ研究者、エンジニア、デザイナーが協力して開発した対向3指の電動義手Finch(写真6)は、シンプルな構造でありながらも高い機能と操作性を実現し、すでに市販されています。
※掲載者注:写真の著作権等の関係で写真5、6はウェブには掲載しておりません。

日本では、片側上肢切断者のほとんどが「装飾義手」と呼ばれる外見がとてもリアルな義手を装着しています。装飾義手の製作技術は日本が誇る世界トップレベルの技術ですが、その一方で、機能的な義手を使用している人は多くはありません。既存の義手に比べて軽量で低コストを目指すこれらの電動義手は、長い間、ほとんど変化のなかった義手の領域で新たな流れを作り始めています。

■スポーツ用義足足部

話をスポーツ義足に戻しましょう。ご存知のとおり、2020年には東京オリンピック・パラリンピックが開催されます。スポーツ用義足の開発はこれまで欧米メーカーの独占市場でしたが、2020年を目指して日本のメーカーも参入し始めています。特に、日本の材料メーカーやスポーツ用品メーカーとの共同開発であることがこれまでと違う大きな特徴です。

Xiborgは大手炭素繊維メーカーと協力し、炭素繊維強化プラスチック(CFRP)の板バネ足部を開発しました。この足部を装着した選手はリオデジャネイロパラリンピックに出場しました。また、今仙技術研究所は大手スポーツ用品メーカーと協力し、走行用足部とそれに装着するスパイクソールを開発しました(写真7、写真8)。
※掲載者注:写真の著作権等の関係で写真7、8はウェブには掲載しておりません。

このように他の分野で培われた日本の高い技術力が注力されることで、海外製品に負けない部品が開発され、これを装着したアスリートがパラリンピックの舞台で高いパフォーマンスを発揮することを期待したいと思います。

おわりに

現在、日本にはロボットとパラリンピックという2つのビッグウェーブが訪れています。この波に乗って義手・義足の認知度はこれまでになく高まり、多くの人々の関心を集めることでしょう。その結果、スポーツだけでなく社会生活においても義手・義足に対する理解が深まり、切断者のQOLが高まることを期待したいものです。さらに、本当に大事なことは、2020年でその波が消えることなくその先へ繋(つな)げていけるように、今からこれに関わる人々が準備していくことであると思っています。

(なかむらたかし 国立障害者リハビリテーションセンター研究所義肢装具技術研究部)