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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2017年5月号

視覚障害者のための夢の実現ツアー

渕山知弘

見えないのに旅行して何が楽しいの?

クラブツーリズム(近畿日本ツーリストとはグループ会社)では、20年前からバリアフリーの募集旅行に取り組んでおり、2015年には大型リフト付き観光バスを大手旅行会社では初めて導入するなど、先進的にバリアフリー旅行を推進してきた。

視覚障害者専用のツアーも18年の実績があるが、多くの観光関係者は「見えないのになぜ旅行に行くの?」「見えないと楽しめないでしょう」と、そもそも視覚に障害のある方々は旅行に行かないと思い込んでいるのが現状かもしれない。発想と工夫次第で、旅行どころか、逆に、視覚障害者ができないと思い込んでいた自動車運転まで旅行を通じて実現できていることをお伝えしたい。

視覚以外で旅を楽しもう

私たち旅行会社は、顧客のニーズに合わせてツアーを企画してきた。スケッチツアーなら観光地を巡るのではなく、ここを描きたいと思われる場所でじっくり描く時間を作る。マラソンツアーなら、コースの下見を組み込んだり、講師による事前ランニング講座などを実施し、走った後のマッサージまで用意し参加者に満足してもらう。視覚障害者の旅行も考え方は全く同じで、視覚以外の五感を使って楽しんでもらうには何が必要かを私たちは考える。

「触れる観光」ができて、風や香りを感じ、その土地の美味しい食事があれば、どんな観光地でも行き先になる。過去の例をいくつか挙げると、四国お遍路ツアーではただ札所を巡るだけではなく、しまなみ海道の橋を歩いたり、四万十川のラフティングを組み込んだこともある、一番喜ばれたのは、訪れた街の居酒屋さんでの夕食、カツオのたたき、讃岐うどん、鯛めしなど、通常のツアーでは行かないお店をあえて手配し、街の雰囲気も存分に楽しんでいただいた。

昨年実施した、さいたま市の鉄道博物館の夜間貸切タッチツアーも、過去の経験から楽しんでいただけると確信し企画したものだが、北は福島、西は山口県下関市まで、全国から約30人の鉄道好きな視覚障害者にご参加いただき、大変好評をいただいた。

一生に一度でいいから運転してみたい

2005年、四国お遍路旅行中に参加者の一人から「一生に一度でいいから車を運転してみたい」と、私自身が考えたことのない要望をいただいた。

即答はできなかったが、頭の中では、何と何が揃(そろ)えば実現できるかを考え始めていて、つい「すぐには無理ですけど、近い将来、実現できるよう研究します」と、答えてしまっていた。

誰もが無理だと思うのは、「ぶつかる危険」しか考えないからであり、「ぶつからない」仕組みができれば実現できると考え、広いスペースと助手席にブレーキのある車、自動車教習所の教習車のような車を持つ施設の協力を模索し始めた。それから5年、茨城県の自動車教習車の協力を得て、2010年11月11日、世界初となる視覚障害者自動車体験ツアーが実現した。車のハンドルを時計の針に見立て、左手の9時を基準に右折時には、10時、11時、12時と指導者が指示を出すことで、初めて運転席に座りアクセルを踏む視覚障害者も、ラインを外れることなく、指導者も驚くほどスムーズに教習所の外周を運転することができた。

旅行商品化の実現へ

以降、年に一度程度実施していたが、参加者からはもっと長い時間運転してみたい、もっと長い距離を、もっとスピードを、と次々と新たな要望が出てきた。

教習所では限界を感じ、次に相談を投げかけたのは、カーメーカーのホンダだった。栃木県にあるホンダが運営するサーキット「ツインリンクもてぎ」でこのプログラムができないかと、ホンダ本社に提案したのだった。

窓口となってくれた方は、初対面の旅行会社の者が持ってきた突拍子のない提案にもかかわらず、私の目の前でもてぎの担当者に電話をかけ、何か手伝えないかとつないでくれた。すぐさま現地での打ち合わせとプログラム作りがスタートし、2013年4月に「ツインリンクもてぎ」での体験ツアーが実現した。

「ツインリンクもてぎ」では、1周1300メートルのコースを時速30~40キロで走行が可能となり、なんと長い直線コースでは80キロ近くアクセルを踏んでもらうことまで実現した。

第11回目となるツアーが3月に開催されたが、今までに延べ150人の視覚障害者が全国から参加され、あきらめていた夢の自動車運転を体験していただけるようになった。

今後は、年に2回程度の回数をどうやったら増やしていけるか、全国で展開するにはどうすればよいかを考え、多くの視覚障害者に「あきらめていた夢」を体験していただけるツアーを企画していきたい。

(ふちやまともひろ クラブツーリズム(株)ユニバーサルデザイン旅行センター課長(KNT―CTホールディングス(株)地域事業部課長兼務))