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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2017年7月号

当事者研究を地域生活に活かす「水飲みが止まらない」

伊藤知之

皆さんの中では、すでにご存じの方もいらっしゃると思いますが、浦河での精神障がい当事者のセルフヘルプ活動に「当事者研究」があります。

当事者研究とは、生活上の困りごとやうまくいっていることなどについて、仲間などと連携しながら「研究」という視点から深めていくものです。研究の中では、その人独特の苦労のパターンや、独自のユニークな苦労への対処法も生まれることもあります。

当事者研究は、浦河での障がい当事者の地域生活にも生かされています。浦河では、総合病院浦河赤十字病院の精神科病棟が2014年にゼロ(休棟)になりました。このため、幻聴・幻覚が顕著な人など、重度な障がい当事者の地域生活を仲間やスタッフが応援しています。幻聴・幻覚に対して、名前を付けたり、背格好などを聞いたりすることはこれまでも浦河では行なってきていたのですが、当事者研究が生まれてからは一層その傾向が強まった気がします。

私たちの仲間に、統合失調症の佐藤太一さんという人がいます。彼も統合失調症で入院したのち退院し、浦河で地域生活を始めたのですが、作業に集中できず、台所やトイレに水を飲みに行くために頻繁に席を立つことや、水を飲んで意識がもうろうとする多飲水の苦労が増えてきました。このため、太一さんはスタッフや仲間と一緒に当事者研究を始めました。

研究の結果として、太一さんには「水を飲め」「偉人になれ」という言葉を言ってくる幻聴さんがいることが分かりました。その幻聴さんは、ポケットモンスターのピカチュウに似ていることと、太一さんが浦河にいることから「ウラチュウ」と名付けられました。この研究をしてからは、太一さんが作業中に席を立つ時には、仲間から「今ウラチュウさん来てる?」と声をかけられるようになりました。また、最近はウラチュウにも変化が表れています。これまでのように「水を飲め」と言ってくるウラチュウ(1号と呼んでいます)に加えて、「頑張っているぞ」と太一さんを励ましてくれるウラチュウ2号が現れるようになりました。

このように、一見マイナスのイメージがあり、地域生活の障壁となると思われていた幻聴・幻覚も、当事者研究をすることにより地域で仲良く付き合って消える存在になります。

私たちは、これからも仲間の地域生活の応援のために当事者研究を活用していきたいと思います。

(いとうのりゆき 浦河べてるの家)