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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2017年7月号

カナダにおける重度知的障害者の地域生活支援
~個別化給付とパーソナルアシスタンス

鈴木良

1 脱施設化と個別化給付/パーソナルアシスタンス

1981年にカナダ・ブリティッシュコロンビア州において、障害者福祉を管轄する省の長官が州内にある州立知的障害者入所施設の完全閉鎖を宣言した。この背景には、入所施設の入居者家族による施設閉鎖を求める運動があった。1976年に施設の劣悪な環境を訴えた入居者家族6組の懸念に応答するため、当時の管轄省長官は多額な予算をかけて近代的施設に改築することを提案した。しかし、これらの家族はその提案を拒否し、施設の完全閉鎖と全入居者の地域生活への移行を要望したのである。このとき家族は施設閉鎖とともに個別化給付という方法を提案した。これは、サービスに必要な給付金を本人に帰属させ、本人が他の人たちの支援を受けながらサービスや支援を購入するという給付形態である。

この方法が提案された背景には、親たちの子が重度行動障害のある知的障害者であり、グループホームや福祉的就労といった集団処遇的なサービス供給の仕組みでは受け入れられないという切実な問題があった。このため、給付金を知的障害者本人に帰属させ、彼らの希望を基本にしながら、居住や日中活動のサービスを作り出すことが目指された。個別化給付によって雇用された介助者は、障害者権利条約に規定されたパーソナルアシスタントである。

この小論では、カナダの個別化給付/パーソナルアシスタンスによる重度知的障害者の地域生活支援の実践事例について紹介したい。

2 居住場所・共同入居者・日中活動・介助者の自己決定

個別化給付という給付形態は、一部の州ですでに制度化されており、(1)知的障害者本人や家族に支援やサービスを購入するための給付金を直接給付する形態と、(2)本人や家族が選択するサービス提供事業所に給付金が支払われる形態、とがある。

第一に、この給付形態によって、重度知的障害者の居住場所・共同入居者・日中活動・介助者といった人生にとって重要な決定が保障されている。この給付形態は、重度知的障害者の自立生活や自己決定権を実現する上で極めて重要な役割を果たしている。

まず、カナダの重度知的障害者の中には、自らが雇用した介助者によって必要な場合には24時間の支援を受けながら、1人あるいは友人との暮らしを送る人たちがいる。住宅は実家から離れた場所にある場合もあれば、家族の住む住宅に隣接している場合もある。また夜間対応のために、1人の介助者が同居人として住み込む場合もあれば、介助者が通う場合もある。この点で自立生活の形態は、グループホームのような見ず知らずの他者との集団生活になることはないが、そのあり方が多様である点に特徴がある。

次に、日中活動でも、一般就労だけではなく地域社会に統合された活動に従事している。たとえば、学校図書館での本の整理や子どもとの交流、警察署でのシュレッダーの仕事、海外支援を行うNGOでの支援活動などに参加している人たちもいる。

オンタリオ州では介助者による介助だけではなく、地域のサークルあるいはクラブ(たとえば、アイスホーキーによるクラブ活動)や生涯学習への参加費も賄うことができ、日中の時間帯はこうした地域活動に参加する人もいる。介助者が行う支援も日本と異なり、通勤・通学・病院での介助は当然であり、状況によっては学校・職場内での支援を行うことも可能である。毎日同じ活動に従事する人もいれば、異なる活動をする人もいる。

3 支援付き自己決定

第二に、重度知的障害者の自己決定を支援する多様な仕組みが創出されている。カナダでは、直接支援に当たる介助者によるチームミーティング、サポート・サークルと呼ばれる本人を取り巻く家族や友人のインフォーマルなネットワーク、サポート・サークルに介助者が入る場合とそうではない場合がある。また、サービス提供事業者や行政機関から独立したファシリテーターという相談員が自己決定支援を担う場合もある。本人の希望に応じて支援形態は多様であり、これらの形態を組み合わせて重層的に自己決定支援が行われている。

たとえば、ハチソンらは娘カレンのサークルについての様子を記述している(Hutchison, et al.2010)。筆者は2015年9月7日に彼女のサークルに参加した。サークルのメンバーは2015年現在、10人であり、両親、母の姉夫婦、本人の姉夫婦、両親の友人や本人の友人、過去に本人にボランティアとして関わったことのある人や職場の同僚、ファシリテーターなどが関わる。メンバーについての最終決定は、支援を受けながらカレン自身が行う。会合は年に1~2回、さらに何らかの話し合うべき問題が生じたときに開催されている。

筆者が参加した際の会合では、夕方の時間帯からメンバーが集まり、手作りの食事をしながら、談笑の時間を楽しんだ。その後、ファシリテーターの支援を受けながらカレンが中心となって、話し合いを進めていた。

テーマは用紙にあらかじめ書き記されており、その内容を確認しながら、話し合いが行われていた。この日は新しい仕事探しやボーイフレンドとの関係性について話し合われた。メンバーからは、カレンのこれまでの経験や希望についてのそれぞれの意見が出されていた。仕事探しについては、サークルメンバーのSNSを通して仕事探しを行うことが提案され、ボーイフレンドについては、本人の希望を尊重しながら徐々に関係を築いていくことが確認された。気心の知れたもの同士としてメンバーからは正直な意見が出されており、本人も自らの意見をメンバーに明確に伝えていていた。

なお、普段の日常生活におけるカレンの自己決定については、介助者同士のチームミーティング、ファシリテーターや親との関わりの中で支援がなされていた。

4 日本への示唆

このように、カナダでは障害程度にかかわらず、居住・日中活動の形態、介助者や介助内容についての自己決定が支援されており、支援の担い手・方法は本人の希望や実情に合わせて多様であった。最後に、日本の実践を検討する上でカナダの事例が示唆する点を述べたい。

まず、日本の自己決定の議論では、食事や余暇活動といった日常生活の些細な事柄に限定されているが、障害程度にかかわらず、どこで誰と暮らし、日中どのようなことを行い、誰にどのような支援をしてもらうのか、ということは重要な事柄である。

日本では、重度訪問介護が個別化給付/パーソナルアシスタンスの形態の一つと考えられ、対象者及び内容を拡大・発展した形での仕組みを構築することが求められる。また、グループホーム制度を活用しながら、結婚生活、友人との暮らし、一人暮らし、といった多様な居住形態の実現は可能である。支援者も、雇用の際に本人が面接場面に参加することや、本人の信任を得た人が主にその本人に関われるように人事配置に配慮するなど、既存の制度を活用しながら本人の自己決定を保障する方法を実施することは可能であろう。

次に、日本において「意思決定支援」の議論がなされる際に、そのあり方がサービス利用計画の作成に焦点が当てられ、画一的である点に問題がある。本人の必要に応じて、その支援のあり方が決められるべきであり、計画書の作成や相談員による支援を義務化するような制度化は、本人の生活状態が専門家の視点によって管理されることを招きかねない。本人の希望やニーズに応じた多様な自己決定支援の仕組みを重層的に作り出す必要がある。

相模原事件を経験した私たちが考えるべきことは、入所施設の改築や増設ではなく、たとえ重度の知的障害をもっていても地域の中で「他の者との平等」の暮らしを実現するための方策を考案し、実行することに他ならない。

(すずきりょう 琉球大学法文学部准教授)


【引用・参考文献】

・Hutchison, P. , Lord, J. and Lord, K.(2010)Friends and Inclusion- Five Approaches to Building Relationship, Inclusion Press.

・鈴木良(2017)「知的障害者の脱施設化とパーソナルアシスタンス―カナダにおける入所施設から地域生活への移行支援と個別化給付」、岡部耕典編『パーソナルアシスタンス―障害者権利条約時代の新・支援システムへ』、147―170pp

・鈴木良(2017)「カナダにおけるウッドランズ親の会による知的障害者の地域生活移行の支援方法」『障害学研究 12』生活書院、84―108pp