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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2017年10月号

日本介助犬協会の取り組み
~高次脳機能障害のある方、障害児のいる家族への犬の提供

水上言

日本介助犬協会では、肢体不自由者を対象とし、自立と社会参加を目的とした介助犬の育成・普及活動を行なっています。しかし、訓練を行う犬の中で介助犬としての資質を持ち合わせている犬の数は決して多くないのが現状です。厳密には、介助犬の代名詞である介助作業ができるようにならない犬が多いということではなく、社会参加をする上での課題があり、介助犬として適さない犬が多いのです。

介助犬として求められる適性としては、賑やかな場所に行っても過度なストレスを感じない、乗り物酔いがない、用がない時は落ち着いて寝ていられる、人と作業をすることを好む、そして健康である、などです。

逆に、電車などの乗り物での移動が苦手、新規環境等での不安が高い、他人、他犬や他動物に対して過剰に反応を示すような犬たちは、社会参加を目的とするために必要とされる介助犬には適さないのです。ただ、そのような犬の中にも、家族にはとても友好的に接することができ、家庭生活を落ち着いて送ることができる犬は数多くいるのです。介助犬には適さなくても、「犬」によっての効果が期待できる何らかの困難を抱えている人の手助けになれる犬はたくさんいるのです。

日本介助犬協会では、社会参加は目的としない肢体不自由者や高次脳機能障害のある方、または障害児のいる家族に対して、そのような犬を紹介する取り組みを始めているので、ここでそのうちの2ケースを紹介したいと思います。

まず1ケース目は、横浜市在住のK氏とキャリアチェンジ犬ユーリーのペア。家族構成はK氏本人(55歳)、妻(52歳)、娘(26歳)、そしてユーリー(ラブラドール・レトリバー、4歳、雌)です。K氏は2013年9月に脳出血で倒れ、右半身マヒと失語症の後遺症が残りました。2015年8月に当会との出会いがあり、キャリアチェンジ犬を希望されました。

ユーリーは、介助犬になるための訓練が概(おおむ)ね進んでいましたが、自己要求の高さや新規環境等での不安があることから、介助犬としては非適性と判断した犬でした。ただ、自宅では落ち着いて生活でき非常に飼育しやすいところ、散歩中の引きが強くないことや、ある程度訓練が進んでいたことで、介助作業の面でも何か役立つことがあるだろうということもあり、K氏家族への紹介を決めました。2015年12月より、K氏家族とユーリーとの生活が始まり、約2か月間のお試し飼育ののち、正式契約となりました。

現在、K氏家族とユーリーとの生活は1年8か月になり、K氏ご自身で身の回りのことはほとんどできることから、ユーリーによる介助作業を必要とする場面はあまりないとのことですが、ユーリーが常にそばにいることで、必然的に発語が増えることをK氏もご家族もユーリーを迎え入れてからの一番の効果だと感じています。生き物であるが故にその時、その場で声をかけなければならない瞬間が発生することがあり、最初は言葉にはならなくても「ア!」と言えるようになり、そのうちそれが「ダメ!」のようにちゃんと言葉として言えるようになってきたそうです。

今一番使う言葉は「ユーリー」とのことで、名前を呼びたいという思いが少しずつ形になり、今ではとても自然にユーリーの名前を呼んでいます。その他にも、犬の飼育に関係ない言葉も増えていっているとのことで、この1年8か月の間に格段に話せる語彙数が増えたとのことです。外出に関しても、これまでは義務感に駆られて外出するようにしていたものが、今では、ユーリーのお散歩はもちろんのこと、それ以外の外出においても積極的に出られるようになったそうです。外出することが自然とできるようになったのは大きな効果の一つのようです。

発語も外出も、すべてユーリーがきっかけを作っていると、ご本人も家族も主張されています。また、K氏自身もご家族も声を揃えて言うのが、ユーリーがいることで、とにかく安心感が得られたということです。ユーリーが何をするということでもないけど、「独(ひと)りでない」という思いが大きいそうです。キャリアチェンジ犬によって得られたものは、不安の解消、積極的な外出(社会参加)、リハビリ効果と、ほとんど介助犬と暮らし始めた方のそれと変わりない効果があることが分かり、犬という生き物のすばらしさを改めて感じさせられています。

2ケース目は、愛知県犬山市在住のTさん家族とキャリアチェンジ犬ノイアーのペア。家族構成は両親と12歳、8歳、6歳(てんかん発作、歩行障害、知的障害、発達障害)の3姉妹、そしてノイアー(ラブラドール・レトリバー、1歳、雄)です。三女A子ちゃん自身が毎日、実家の犬に会いに行くほどとても犬好きであること、三女の障害が重く母親がかかりきりになることが多いため、長女、次女に対して十分に時間を割くことができなく寂しい思いをさせていることなど、さまざまな理由から当会のキャリアチェンジ犬を希望されました。

2016年8月にセンターにて、A子ちゃんの動き、犬への接し方、その他ご家族の様子を確認させていただき、マッチングをする犬は、興奮が高くなく、多少荒っぽい触られ方をしても動じない(ストレスに感じない)タイプで、賑やかな家族に合う犬にすべきと決まりました。2017年6月に、自宅では落ち着いて生活ができ、触れ合いが得意で、少しマイペースなところのあるノイアーをT家族にマッチングすることにしました。約1か月間のお試し飼育ののち、正式契約となりました。

ノイアーを導入後のA子ちゃんへの効果としては、精神的にとても安定したということが最も大きなものだとのことで、毎朝の寝起きのぐずりが無くなり、起きたらノイアーが待っているということで笑顔で起きられるようになったそうです。

ノイアーはA子ちゃんが眠りにつくまで毎晩添い寝をしているそうです。また、成長によるものなのかもしれないということはあるものの、A子ちゃんの転倒が減ったというのも効果として考えられること、意味のない語彙ではあるが、発声することがとても増えてきたということもあるようです。また、ノイアーの給餌の後に水を与えるなど、積極的に世話をすることに関わるようになり、A子ちゃん自身がしっかりしてきているとのことでした。

家族に対しての効果としては、ノイアーがA子ちゃんと遊んでいてくれることから母親が家事の時間を取りやすくなったことや、長女、次女と過ごす時間が増えたことがあがっています。Tさん家族とノイアーのペアはまだ譲渡してからの日は浅いですが、両親が感じるA子ちゃんの明らかな変化や成長、家族にとってのメリットが見られていることについては、キャリアチェンジ犬との生活によって得られる効果として、当会として、そのようなお手伝いができることを嬉(うれ)しく思います。

介助犬貸与に限らず、「犬」を介して「人」を支援する取り組みについてもこれからも積極的に行い、「人と動物の楽しく優しい社会を目指して」という日本介助犬協会の理念に沿った活動を続けていきたいと思います。

(みずかみこと (社福)日本介助犬協会センター長・訓練部長)