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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2017年10月号

特定機能病院で活躍する勤務犬の誕生とその取り組み

北川博昭

はじめに

医療が進歩し、人は長く人生を楽しむことができるようになった。病院では医者は治療に専念し、新しい治療法を求め、死が敗北であるかのように戦っている。人口動態統計によれば、昭和51年に医療機関において死亡する割合は自宅で死亡する割合を上回り、現在では8割を超えた。

当院は病床数1208床、救命救急センターから総合周産期母子医療センターまで併せ持ち、川崎市北部地域の医療の中核を担う特定機能病院である。「生命の尊厳を重んじ、病める人を癒す、愛ある医療を提供します」を理念としている。しかし、犬の導入には将来的な継続性や資金面などで簡単には実現しなかった。

そもそも、日本において動物が活躍している特定機能病院は無く、どれほどの効果があるのかわからなかった。しかし、一つずつ問題を解決していくことで我々は最終的に導入にこぎ着け、今では犬が活躍できる病院になれた。犬一匹ではあるが、医療機関においてはその効果は大きく、高度先進医療を担う大学病院が忘れていたことを気付かせてくれた。

1 導入までの道のり

今から5年前、当院入院中の白血病の子どもから、私が30年前にレジデントでお世話になった神奈川県立こども医療センターにいるファシリティードックの「ベイリー」に会いたいと手紙を書いたことがきっかけであった。ちょうど、同じ時期に静岡県立こども病院の研修を終了して帰ってきた私の医局員夫婦がベイリーのハンドラーと知り合いだったためベイリーの来院が実現した。

犬が勤務することで、子どもたちの笑顔が戻ることは我々の願いであり、いつも子どもに痛い治療しかないと思われている小児科医、小児外科医の現実を打破することができると考えた。誰も反対しないだろうとのことで、我々独自の方法で犬が勤務する病院にできないかと考えた。予算も限られ、大学役員の先生方にその話を説明に伺った。

犬が普通に廊下を歩ける病院にするのはそう簡単では無かった。誰が飼うか、財源はどうするか、患者をかんだらどうなるか、感染対策はどうか、犬嫌いな人はどうするか、犬アレルギーの人はどうなるか、昼間はどこにいるのか、このページに羅列できないほどの質問に答えることはできなかった。しかし、ちょうど医局員の家族が盲導犬協会の会長とご家族を通して交流があり、日本介助犬協会理事の高柳友子先生にたどりついた。これをきっかけに動物介在療法導入委員会を立ち上げ、約2年間かけて毎月話し合った内容はその議事録を作り、作戦を練った。我々には犬を勤務させることへの情熱があった(図1)。
※掲載者注:写真の著作権等の関係で図1はウェブには掲載しておりません。

犬が廊下を歩いていても驚かない病院にするにはPR犬による病棟訪問を開始した。導入推進に2,037人の署名も集めた。また、母校である同窓会へ働きかけ、全国の聖医会支部へ説明に伺い、同窓会から資金援助を受けることができた。また、日本介助犬協会からハンドラー育成トレーニングの支援が得られた。

2 大学病院での活動

2年間の準備期間を終え、2015年4月、正式に毛むくじゃらな黒いスタンダードプードル「ミカ」が日本介助犬協会から貸与され、大学の職員として勤務するに至った(図2)。ハンドラーには日本で初めて小児外科医がなり、小児科病棟師長も訓練を終了し、緩和ケアチームの一員として兼務で仕事をすることが可能となった(図3)。
※掲載者注:写真の著作権等の関係で図2、図3はウェブには掲載しておりません。

当院の目指すAAT活動は、医療の一環として個々の患者に即した治療目標を設定して介入した。医師の治療的処方のもとに動物介在療法として病棟より依頼を受け、患者の身体的・精神的・社会的問題に応じて介入し、必要に応じてリエゾン・薬剤師・作業療法士と連携を図りチーム医療に取り組んだ。患者の病態を正確に把握し、さらに院内で活動中に起こり得るあらゆるリスクを回避し、医師や病棟看護師・コメディカルと連携を取りながら患者の治療計画に沿って活動を展開した。

活動終了後に、患者・家族と医療従事者側の両者よりアンケート調査を実施し、評価を行う方針とした。

また、AAA(Animal Assisted Activity:動物介在活動)も1、2か月おきに日本盲導犬協会、日本介助犬協会の各PR犬により病棟訪問を実施した。盲導犬や介助犬にならなかった、あるいはなれなかった可愛らしいラブラドールレトリバーやゴールデンレトリバーが病棟に笑顔を運んでくれている。病棟訪問後は犬の話題が尽きないそうである。こちらの活動も満足度は高く、AATに繋がる症例も増えてきている(図4)。
※掲載者注:写真の著作権等の関係で図4はウェブには掲載しておりません。

3 大学病院での実績

2015年4月から2017年3月までの2年間に96件の依頼に対し、ミカを用いて実際にAATを導入した。男性26人、女性70人である。年齢別では50歳以上が多く、80歳台が16例と最も多かった。10歳台の小児例は9例であった。平均年齢は55歳で、平均介入回数は5.7回であった。診療科別では産婦人科が20例と最も多く、次いで小児科、乳腺外科9例、神経内科、代謝内科7例と続いた。看護目標に到達できたのは69例中68例と98%であった。

依頼の目的は情緒的安定を図るという理由が最も多く、闘病意欲の向上、リハビリ意欲の向上、精神機能の改善、QOLやADLの向上と続いた。AAT導入後に患者・家族を対象として行なったアンケート調査によると、AAT導入後の変化で、入院生活に楽しみができたと解答した人が48例と最も多かった。次いで治療に前向きになったが28例、苦痛が軽減されたが17例であった。リハビリが思ったより進んだとの解答も12例に認めた。何も変わらなかったと返答された3人は、トイプードルをイメージされた患者さんで大きくてびっくりした、1回しか訪問ができなかったことや、日本語が全く話せない症例であった(図5)。
※掲載者注:写真の著作権等の関係で図5はウェブには掲載しておりません。

4 勤務犬から次なる介助犬誕生へ

ミカの活躍や定期的なAAAにより病院全体の補助犬に対する受け入れも寛容になった。2016年3月、当院で初めて介助犬のユーザーが誕生した。身の回りのことをお手伝いしていただくお仕事である。患者や介助犬の負担を最小限にし、スムーズに病院での診療が受けられるよう準備を行なった。比較的患者の少ない時間に、医師、看護師、医事課の職員が、訓練中の介助犬、使用者、訓練士と共に、通院の際に行く可能性のある場所を回り、通院のシミュレーションを行なった。また、訓練の段階から通院のたびに当病院の事務職員が一緒に行動をし、訓練士が犬とユーザーに集中することができるよう配慮した。その結果、ユーザーは不自由なく通院できるようになった。

ユーザーから「現在は定期的に通院していますが、介助犬との通院で不都合を感じたことは一度もありません。医師、看護師、その他の職員、ガードマンや売店の店員など、すべての人から好意的な空気を感じます。良い雰囲気の中で快適に介助犬と通院できるのは、介助犬の訓練中から始まった病院の受け入れ準備の対応と、ミカがしっかり働いて病院の犬に対しての理解を深めてくれたおかげ」のお言葉をいただいき、大変嬉(うれ)しく思っている。

ただ一つ困っていることは、介助犬ハチ(黒のラブラドールレトリバー)を勤務犬ミカと間違われることと、院長が廊下でハチと出会うと、かわいさからついつい頭をなでることであった。犬の勤務中は知らんふりをしてほしいとのポスターを掲示し、勤務中は無視を決め込む啓蒙をすることでハチも安心してお仕事に専念できるようになった。

結語

当院では勤務犬ミカをはじめ、AAAで活躍する各協会団体に属するPR犬が活躍している。その犬たちの奇跡は何度も起こった。心を閉ざした思春期の白血病患児に笑顔が戻った。不安で死ぬことばかり考えていた50歳台末期がんの患者は、犬と出会ってから、桜の花見に行きたいなどの希望を言うようになった。医療従事者たちにも医療の原点を教えてくれた。

動物介在療法が補助療法として確立するためには、一例一例実績を積み重ね、発信していくことが重要と考えている。それを元に動物介在活動や動物介在療法が多くの病院に取り入れられ、患者の笑顔を取り戻す一助になれば本望である(図6)。
※掲載者注:写真の著作権等の関係で図6はウェブには掲載しておりません。

(きたがわひろあき 聖マリアンナ医科大学病院長)