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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2017年10月号

ワールドナウ

イタリアのソーシャル・ファーム現地調査報告

寺島彰

ソーシャル・ファームは、障害者など労働市場において雇用されることに不利がある人々を雇用することを目的とした社会的企業である。一般就労による社会参加の実現と、企業の活用による社会保障費の抑制の手段として世界的に期待がもたれている。ソーシャル・ファームは、企業であり、当然、利益の追求を目的にしているが、障害者等に一般就労のみちを開くという社会的な目的も同時に有している。

筆者らは、これまで、イギリス、ドイツ、フィンランドの現地調査を行なってきた。また、ヨーロッパを中心にソーシャル・ファームの先進国から識者を招聘し、セミナーやシンポジウムを開催し、それぞれの国の状況を紹介していただいた。このたび、その活動の一環として、去る8月7日~9日にかけてイタリアのトリエステのソーシャル・ファームであるラコリーナの現地調査を行なったので報告する。

表1 イタリアソーシャル・ファーム現地調査日程表

●8月7日(月)
9:00-11:00 講義(担当:ステファニァ グリマルディ)
 イタリア社会的協同組合の歴史と改革、トリエステの経験
11:00-12:30 見学(担当:フランチェスカ ティア)
 トリエステ県立精神病院の移り変わり
 サンジョバンニ公園内散策と施設見学
12:30-13:00 見学 社会的協同組合(B型)リスターLISTER
14:30-16:30 講義(担当:ステファニァ グリマルディ)
 社会への再復帰に寄り添う手立てと役割

●8月8日(火)
9:00-11:00 講義(担当:ステファニァ グリマルディ)
 社会協同組合の法的外観、組合組織、販売市場
11:00-12:00 見学(担当:ジャンカルロ カレーナ)
 社会的協同組合(B型)アグリーコラ モンテ サン パンタレオーネ
12:00-13:00 対談(担当:アルトゥーロ カンナロッツォ)
 実験段階の新モデル、新しい地域福祉welfareの従事形態
14:30-16:30 講義(担当:ファビオ インツェリッロ)
 社会的協同組合の販売戦略と財政

●8月9日(水)
10:00-11:00 見学(担当:ルチア ヴァッツォレール)
 ラジオ放送局「ラジオ フルゴラ」の経験
11:00-13:00 対談(担当:デニス メッツ、アレッサンドロ メッツ)
 企業活動 レストランカフェ、イベント企画
14:30-16:00 対談(担当:ルカ ガブリエッリ)
 企業活動 文化的サービスとコミュニケーション

イタリアのソーシャル・ファームの歴史

今回訪問したのはイタリアのトリエステである。トリエステは、ソーシャル・ファームの発祥の地である。

1971年に、精神科医フランコ・バザーリア医師がトリエステのサンジョバンニにあったトリエステ県立精神病院の院長に着任した時、同病院では十分な治療もせずに長期にわたって患者を入院させ、病室に閉じ込めたり、無給の労働を強制したりしていたという。その惨状を改善したいと考えたバザーリアは、患者を自宅や地域社会に戻すことと、労働の対価を支払うということの2つの改革を行なった。前者は、精神病院の閉鎖につながり、後者は、1972年の患者の働く場としての労働者生産協同組合(CLU)の設立につながった。

イタリアの憲法第45条で協同組合の役割について規定しているように、同国の協同組合には、相互扶助の精神に基づき公益的機能を果たしてきた伝統がある。バザーリアは、この協同組合制度を活用して、精神障害者を労働者とする相互扶助組織として協同組合を設立したのである。これが、イタリアのソーシャル・ファームの原型になっている。

このバザーリアの取り組みは、バザーリア改革と呼ばれ、1978年には、世界初の精神科病院廃絶法(バザーリア法)がイタリアで成立し、また1991年には、社会的協同組合法の成立につながった。

社会的協同組合法では、新しい枠組みとしてA型とB型の社会的協同組合が設けられた。A型は、組合員以外の人々を対象に社会、医療、教育サービスを提供できる協同組合であり、B型は、障害者など社会的に不利な立場の人々に働く場所を提供する労働組合である。これが、ソーシャル・ファームの範疇に該当する。

社会的協同組合とこれまでの協同組合との違い

協同組合は、わが国の生活協同組合や農業協同組合などをイメージしていただければ分かるように、基本的には組合員のための組織である。イタリアでは、特にそれが徹底していて、社会的協同組合法成立前には、協同組合は組合員のみを対象にした相互扶助組織でなくてはならなかった。それが、A型社会的協同組合では、地域住民を対象に福祉サービスや医療サービスなどを提供できるようになった。たとえば、障害者施設を経営したり、薬物依存者の支援などを地域住民を対象に行えるようになったのである。

またB型は、障害者の組合員だけでは組織の維持が難しいことから、障害のない組合員やボランティア組合員を加入させることで、利潤を確保できるようにしたのである。

イタリアの社会的協同組合は、基本的にA型とB型があるが、その混合型や連合型(C型)もある(表2)。

表2 イタリアの社会的協同組合の類型

  A型協同組合 B型協同組合=ソーシャル・ファーム
目的 必要な人たちへの社会・医療・教育サービスの提供 社会的に不利な立場の人たちの労働統合
事業内容 社会・医療サービス、教育サービス 多様な事業。農業、工業、商業もしくはサービス
組合員 ・労働者組合員
・利用組合員
・労働者組合員
(社会的に不利な立場の人々の割合が30%以上)
・ボランティア組合員(組合員の50%以下)
財政優遇 なし 社会的に不利な立場の人たちの報酬に関する社会保険料等の組合( 事業主)負担分は免除

社会的に不利な人々の定義

イタリアの特徴であるが、他の国々に比べて社会的に不利な人々の定義は広範である。身体障害者、精神障害者、感覚障害者、精神疾患施設退院者、加療中の精神疾患者、薬物中毒者、アルコール依存症者、家族的事情により労働に従事する未成年、拘置代替措置を認められた受刑者などが対象になっており、さらに、ソーシャルワーカーが必要に応じて追加認定できる。

ラコリーナ社会的協同組合(LA COLLINA SOCIETA'COOPERATIVA SOCIALE)

今回の調査は、ラコリーナ社会的協同組合(B型)を中心に調査した。同社会的協同組合は、バザーリアが設立した労働者生産協同組合の流れをくむ団体で、1970年に閉鎖された精神病院の跡地を利用してつくられたサンジョバンニ公園の中に事務所や事業所を持っており、トリエステで最大の社会的協同組合となっている。

もともと、精神病院は、サンジョバンニにある丘(LA COLLINA)全体に広がり、24万平方メートルの敷地を有しており、ヨーロッパで一番美しい精神病院として建てられたもので、非常に美しい景観を呈している。その病院が、残念ながら患者虐待に使われたという暗い歴史があるのであるが、病院閉鎖後、現在でも、病院の建物は残っており、それを改造して、複数の社会的協同組合の活動拠点、教会、シアター、カフェ、レストラン、地域サービスセンター、トリエステ大学の学部、市役所の事務所、ラジオ放送局、カルチャーセンター協会、育成コースセンター、ヨーロッパ最大のバラ園、共同菜園、サマースクールセンターなどとして活用されている。

ラコリーナには、現時点で組合員労働者140人、うち56人が社会的に不利な人々で、身体障害者12人、精神障害者34人、元薬物依存者9人、元アルコール依存者1人の構成になっているとのことである。社会的に不利な人々の割合は45%であり、B型の要件を満たしている。

ラコリーナは、レストラン、カフェ、ホテル、放送局、シアター、情報処理、公的機関や民間機関の事務受託などさまざまな事業を行なっており、社会保険料などの事業主負担を除いては、特別な公的支援は受けていないにもかかわらず、利益を上げているとのことであった(図1)。

図1 ラコリーナの組織図
図1 ラコリーナの組織図拡大図・テキスト

経営実態など詳しいことは、2017年9月17日に実施した報告会の報告書が、近々、日本障害者リハビリテーション協会のウェブサイトに掲載される予定なのでそちらをご覧ください。
http://www.jsrpd.jp

(てらしまあきら 日本障害者リハビリテーション協会参与)