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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2017年11月号

ワールドナウ

さくら・車いすプロジェクトを通して垣間見たパキスタン

山之内俊夫

さくら・車いすプロジェクトとは

みなさんは、「さくら・車いすプロジェクト」をご存じだろうか。日本から中古の電動車いすをアジアの途上国に送り、同時に修理やシートの調整ができる現地の人材の養成をも行うことで、電動車いすが必要な重度障害者の社会参加を進めていくことを目的としている。

このプロジェクトは、2015年よりJICAから3年間の資金協力を得て、1.電動車いすを送る、2.電動車いすを修理できる人材を育てる、3.電動車いすをもらった障害者をエンパワーメントする、という3つの事業をパキスタンにて推進してきた。

今回、私がパキスタンを訪問することになったのは、3について。電動車いすを使うようになった彼らのその後の変化や現状を、障害当事者の視点で見に行ってほしいということだった。

パキスタンのマイルストーン

8月16日、関西国際空港を正午頃に発つ飛行機に乗って、目的地のパキスタン・ラホール市に到着したのは現地時間の22時半。日本とは4時間の時差があるので、日本から14時間ほどかかったことになる。そして、到着した翌日、当プロジェクトを現地で担っている「マイルストーン」の事務所を訪れた。

「マイルストーン」とは、2003年にダスキン・アジア太平洋障害者リーダー育成事業で来日したシャフィックさんを中心に活動している自立生活センターだ。その事務所と車いすの制作・修理工房には、車いすユーザーはもちろん、聴覚や知的、発達に障害をもつさまざまな当事者が集まっていて、とても賑やかで和やかな雰囲気だ。そこにいろいろな人が相談や打ち合わせに来る。特にこの日は、プロジェクトの最終報告を兼ねた大きなセミナーを翌日に控えていたので、みんな入念な準備に追われていた。

最終報告セミナーは、街中のホテル会場を貸し切って行われた。電動車いすを寄贈された本人やその家族はもちろん、現地政府関係者や日本大使館の方々が総勢200人以上集まった。その中で目を引いたのが、やはり車いすを利用している人たちだ。全員で40~50人はいただろうか。当たり前のことだが、「パキスタンにもたくさんいるんだなあ」と実感した。

セミナーの間中、なるべくたくさんの当事者の声を聞きたいと思い、話しかけた。「なんの障害なの?」「どんな生活をしてるの?」「で、電動車いすはどう?」。そこで、ちょっとわが身を振り返ってみたい。頸髄損傷で上肢にも障害のある私には、手動の車いすだと自由に行動できない。当たり前に手に入れることができた電動車いすだけれど、初めてそれに乗って自由に出歩いた時の開放感は今でもよく覚えている。そう、電動に乗ることによって、外出先や仕事場で移動する自由を手に入れた彼らは、「人生が変わったよ」と笑顔で答えてくれた。

サバさんとアリさん

サバさんという女性と知り合った。骨形成不全症による小さな身体を電動車いすに預け、快活に動き回るとてもチャーミングな女性だ。聞くと年齢は19歳。ついこの前まで、19年間、毎日ほぼ自宅の中だけで過ごしてきたという。学校も骨折の危険から通わなかった。そんな彼女がたまたま休日に公園に外出した時にマイルストーンのメンバーと出会い、電動車いすをもらった。今はマイルストーンの事務所に通い、メンバーの一員として活動している。

「今、とても楽しい」と彼女は言う。誰の付き添いもなく近所で買い物ができたり、友達も増えたり、そして、これから英語や日本語の勉強をして、いつか日本で障害者福祉を学びたいと語ってくれた。そこで、後日、サバさんの自宅を訪問させていただくことにした。

ラホール市の旧市街地にある彼女の自宅周辺は、古い建物がびっしりと建ち並び、狭く状態も悪い道路が建物の間を縫うように広がるような場所にあった。自宅でご両親やご兄弟といろいろと話した後、いつも彼女が散歩するコースを、彼女の後ろについて少しだけ案内してもらった。

「おじさん、ちょっと!」(現地語は全く分からないけど、多分そんな感じ)と、十字路の角にある小さな商店のおやじさんに、サバさんは大声で声をかけた。商店のおやじさんは「おや、なんだい?」といった感じで店から出てきて彼女に歩み寄り、彼女の注文を聞く。そして、店からポテトチップスを持ってきて彼女に渡し、それを彼女が私にくれた。その時のサバさんの自信に満ちた表情!ついこの前まで人生のほとんどを自宅で過ごしてきた人が、こんなに変わるものなのかと驚いた。

アリさんは、日本でピアカウンセリングを学んだこともあるマイルストーンの中心メンバーの一人だ。筋ジストロフィーの彼は徐々に障害が進行し、今は電動車いすを使用している。毎日、自宅と事務所を40分もかけて電動車いすで通勤している。柔らかくて落ち着いた物腰の彼と、パキスタン滞在中よく語り合った。

電動はもちろん、手動車いすさえ入手することが困難な障害者が大勢いること、障害を理由に教育が受けられない人もまだまだたくさんいること、障害者の社会参加が進んでいないので好奇の目に晒(さら)されること、交通のインフラが整っていないので、ちょっと外出するのも大変なこと、そんな現状をあれこれ教えてくれた。

けれど、アリさんは幸せなのだそうだ。この国では何をやるにしても大変なことだらけだけど、こうやって仲間同士、みんなで協力しながら問題解決の道を探って、それでうまくいった時にみんなと分かち合う喜びは、その分何倍にもなる。だから幸せなんだと。

最後に

1週間という短い滞在で何が見えたわけではないけれど、障害者自身が自信と誇りを取り戻し、社会を変えていこうと行動しているマイルストーンのメンバーの姿は、国連の障害者権利条約の理念が少しずつ、しかし、確実に世界に広がりつつあることを実感させた。障害者の権利意識が世界中に根付いていくことは、福祉の後退を許さない強い歯止めになる。それは、日本の障害者にもプラスに働くはずだ。だから、途上国の障害者を支援していくことは、決して他人事ではない。

最後に、これも書いておこう。私は日本の自立生活センターに所属しているが、ある程度、福祉制度が整ってきた中で活動していると、なんというか“型”にはまってしまうところがあって、活動の充実感が以前よりも薄れてしまった気がしていた。今回、パキスタンで彼らと交流したことで、逆に私の方がすっかりエンパワーメントされた。みなさんもぜひ、現地を訪ねてみてください。元気をもらえます。

(やまのうちとしお NPO法人障害者自立応援センターYAH!DOみやざき)