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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2018年1月号

フォーラム2018

国連審査と日本の人権

馬橋憲男

国連人権理事会で日本の第3回普遍的定期的審査(UPR)が昨年11月に行われ、106か国から合計218の勧告がなされた。折から日本の人権に厳しい国際評価が相次ぐ。男女格差が世界114位、国連世界幸福度51位、報道の自由度72位など。経済が第3位の「先進国」を自負する私たちと国際社会の見る目に大きなギャップがある。そこで、UPRを通して日本の人権について考えてみよう。

人権は国際社会で監視

いわゆる「共謀罪」法の制定過程で国連の人権特別報告者から国民のプライバシーや報道の自由が脅かされかねないとの懸念が表明された。これに日本政府は「内政干渉」「国連ではなく個人の見解」と反論した。

すべての人に普遍的な人権は、国だけではなく国際社会全体で取り組む。そのために国連に国際人権保障制度が構築された。国連人権理事会、国際人権条約、UPR、それに特別報告者がそうである。

では、人権の「国際基準」とは何か。障害者や女性の権利、人種差別や拷問の禁止など、主に国際人権条約を指す。あたかも日本独自の人権が存在し、国連勧告は外部からの「押しつけ」との声があるが、国際人権保障制度は日本を含め世界の国々が協力して作り上げたのである。各国は、それに基づいて人権政策を実施する。

UPRとは

UPRは、すべての国の人権状況を5年ごとに審査し、改善に必要な勧告を行う。審査の基になるのは3つの報告書。まず、政府の国家報告書は前回の勧告の実施状況を述べたものである。次は、国家人権機関とNGOの意見を国連で要約したもの。特に国家人権機関の意見は重視され詳細に報告される。今回、日本のNGO37団体から意見が提出された。最後は、その国のUPRや人権条約の勧告・履行などを国連でまとめたものである。

UPRの特徴は、各人権条約でうたわれている主要な人権を網羅している点である。単一のテーマを取り扱う人権条約の審査と違い、具体的で詳細な分析まで踏み込まない。審査委員も人権条約のように人権専門家ではなく各国の政府代表が務める。

UPRの役割は、すべての人権条約の実効性を確保するための土台づくりと言えよう。

UPRの主な勧告

◇障害者の権利:前回、日本は障害者権利条約の批准、保護・差別禁止法の制定について4つの勧告を受けた。日本政府は権利条約の批准と第3次障害者基本計画での自立と社会参加の支援、障害者差別解消法の施行、不当差別の禁止と合理的配慮への対応などで履行したと報告した。

今回は障害者の権利の促進と差別の撤廃、教育・保健・仕事へのアクセスの提供の促進など7か国から新たな勧告がなされた。自国の青年が滞日中に身体拘束され死亡したニュージーランドは自由を奪われている障害者の安全を守るために権利条約第14条の責務の履行を求めた。

◇人権条約の批准:全218の勧告のうち人権条約の批准を求める勧告は30(国数は48)にも上る。

特に多かったのは「選択的議定書」の批准である。日本では知られていないが、市民・政治的、女性、障害者などの権利条約には別に選択的議定書がある。個人が人権を侵害され、しかも国による救済を受けられない場合、国連に直接訴えられる「個人通報」を認めるものである。

日本はUPRや人権条約審査で、毎回勧告されるが批准していない。先進国では極めて異例である。

◇国家人権機関の設置:国家人権機関の設置を求める勧告も14(国数31)を数える。これについては後で詳しく述べる。

◇死刑の廃止:この関心が今回も圧倒的に多かった。死刑はひとの生命に関わり、国の人権全体への基本姿勢を象徴するからである。

市民的政治的権利の国際規約の第二選択議定書(死刑廃止条約)の批准勧告とは別に、死刑の廃止・一時執行停止を求める勧告が約30か国から出された。

約140か国が死刑を廃止し、先進国であるのは日本と米国だけである。日本はえん罪の問題もあり、廃止勧告を再三受けている。政府は「世論調査で国民の約8割が死刑制度の維持を求めている」と説明している。

◇メディアの独立性:日本で政府による放送メディアへの介入が議論を呼んでいる。4か国からメディアの独立性を求める勧告がなされた。米国は政府の行政指導を定める放送法第4条の廃止と独立した規制組織の設置を求めた。

◇従軍慰安婦:韓国、中国、北朝鮮から勧告。韓国は日本の将来世代が従軍慰安婦問題をはじめ歴史の真実をきちんと学ぶように求めた。

国家人権機関とは

1993年に国連で採択された「国家人権機関の地位に関する原則」で、国家人権機関には実質的な国の最高機関として、すべての人権の促進・保護、人権の啓発・教育、被害者の救済、政府への勧告など幅広い任務と権限が与えられる。

その一番の特徴は「政府からの独立」である。歴史の教訓から、ときの政府の恣意的な判断から国民の人権を守るためである。そのため、構成は政府以外のNGO、労働組合、弁護士など多元的な代表でなる。予算、人事、活動は独立性が保証される。

120か国以上が設置し、先進国でないのは日本と米国だけ。肝心の「独立性」については、当の国家人権機関でつくる国家人権機関世界連盟(GANHRI)が厳しく審査する。これに合格した78機関だけがUPRや条約審査への参加を認められている。

国連審査を人権の改善へ

日本の人権の低い国際評価と多くの国民の実感は相通じる。政治、経済社会政策への不安や不信が広がっている。子どもの貧困、いじめ、経済格差の拡大、非正規労働者・女性・障害者などへの差別…。こうした人権問題に公正・公平に対処し、信頼に足る、権威ある国の機関が存在しない。

国連審査を一過性の「行事」ではなく、こうした国民の人権の改善につなげるにはどうしたらよいか。

◇情報の積極的な公開を

UPRや人権条約はもとより、自らの人権状況が国際基準に照らしてどうか、国民はほとんど知らない。情報がきちんと伝えられないからだ。

筆者は死刑について大学生を対象に調査をした。情報を提供せずに尋ねたら、約9割が賛成した。その後に賛否の理由、犯罪の抑止効果に根拠がないこと、国際社会の動向などを学ぶと、逆に反対が過半数を占めた。意見が変わった理由に「知る機会がなかった」を挙げた。このように情報の有無や内容で判断が容易に変わり得る。

政府が死刑維持の根拠とする世論調査の質問は、国際社会の動きに触れていない。この点、今回のUPRでカナダ、フランスなどは廃止に向け、きちんとした情報に基づいて国民的議論を展開し、その間執行を停止するように勧告している。

デンマーク、オーストラリアなどでは、国家人権機関独自のホームページが内外の人権状況をわかりやすく伝えている。自国の国連勧告の実施状況は〇×で評価。子どもは、いじめをワンクリックで訴えられる。好ましくない情報も国民に知らせ、国民全体で改善をはかる。

◇国家人権機関の設置を

国連審査では国家人権機関がますます重視され、それなしでは審査の意義と実効性が失われる。主要な判断材料である政府の国家報告書が客観的で国民の意見を反映していることが大前提である。そのための国際社会の結論が「政府から独立」した国家人権機関の参加である。

この国家報告書の作成で国家人権機関は政府とNGOの協議を促す。さらに、報告書の独自評価と勧告を盛り込んだ報告書を国連に提出する。

国連審査では口頭で意見を述べる機会を与えられる。審査後は、国連勧告を国民に伝え、政府に実施を促す。

人権侵害や差別の予防に政策や法案の国民への影響を人権の視点から事前調査し、政府や国会に勧告するのも国家人権機関ならではの重要な役割である。

日本の人権の改善には国際基準の採用が不可欠である。

(うまはしのりお フェリス女学院大学名誉教授)