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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2018年2月号

手触り感のある未来

島影圭佑

OTON GLASS(以下OG)は、文字を代わりに読み上げてくれる眼鏡である。対象は視覚障害者である。また、その後の展開として読字障害者、高齢者、海外渡航者に応用できる可能性を持っている。OGをかけた状態で、左側のフレームにあるボタンを押すと、目の前にある活字を撮影する。OGはインターネットにつながっており、そのほとんどをクラウド上で行う。撮影した画像に対して文字認識技術(OCR)でテキストを抽出し、その後、音声合成技術(TTS)によってテキストから音声を生成する。クラウド上で前記の処理を行い、生成された音声がOGに返ってきてイヤホンかスピーカーを通して再生される。視覚障害者であっても、目の前の文字が音声になることで、その内容を理解することができるのである。

OGは、以上のような実用性から、現時点で15台の受注での生産が行われ、購入者が存在する。購入者は、視覚障害者本人、障害者団体、盲学校、点字図書館、眼科、目の健康を促進する企業などである。現在は、その受注生産品のOGで実社会での利用や眼科医との臨床試験を行い、次期モデルのOGの仕様検討のための知見を集め、開発を行なっている。今年の春に次期モデルのプロトタイプを完成させ、夏に100台ほどの少量生産を行い、冬に3000台ほどの大量生産を完了させ、来年の始めには一般に販売することを目標としている。

本稿では、OGの製品としての革新性に焦点を当てる、というよりも革新性を持ったOGという製品を社会に普及させるために、どういったものづくり、とりわけ福祉機器開発が必要なのかという点に関して言及していきたい。なぜならば、根本的な課題はそこにあるためである。障害者の生活を劇的に変化させることができる人材も技術もすでに存在しているのである。

一方で、それが生み出しにくいのは、既存の社会構造やそれが生み出すものづくりの在り方そのものに大きな欠陥が存在しているためである。

まず、既存の福祉機器開発との比較。次に、我々の独特な実践について。最後に、それが生み出す未来の製品や社会について構想し、今この文章を読んでいるあなたにもその未来をつくる一員として参加してほしいというメッセージを沿えて本稿を締めくくる。

従来の福祉機器とOGとの違いはなんなのだろうか?切り口としては「時間」「場所」「態度」という三つの切り口で論じたい。

まず一つ目の「時間」に関しては、「全くもって新しいものである」という点が挙げられる。OGは、今や明日ではなく「未来」という投機的な時間軸を持っている。この時間軸を持っているからこそ、視覚障害者を今補助しているものの改善など既存の延長にある考え方から脱し、ユーザーの生活を劇的に変えるもの、ひいては社会に大きな影響を与えるものを構想し、それを実現するためにより大きな課題を設定することが可能になる。

二つ目の「場所」に関しては、「実験室が現場である」という点が挙げられる。OGの開発は、実験室に潜って研究開発を行い、そこでの成果物を検証するために、現地に出向いてユーザーテストをする、といった大半が実験室で少しばかり現場というバランスではない。また、実験室と現場が二項対立の場所ではない。むしろ、実験室と現場は融けて一緒になっている。現場で得た着想を元にプロトタイプを開発し、当事者はもちろんのこと、医療や福祉の現場の人とそれを元に議論し、未来を想像し、次の行動に移す(プロトタイプの開発に関しては後述)。ここでは業者とそれを購入する市場という関係性ではなく、自分たちが望む未来をつくるためにそれぞれの立場から知恵を絞り、未来を想像し、実現したい未来に向かって、それぞれの専門性を活かした行動に移すための場所になっている。

三つ目の「態度」に関しては、「ブリコラージュである」という点が上げられる。旧来の製品開発の在り方は、会社がある基礎技術を持っていて、それを応用することで会社の事業の規模を拡大するという思考。もしくは、すでに保持している市場に対して新たな商材を提供するという思考である。そうでなければ、その会社がその事業に取り組む必然性がない。

一方でOGの開発においては、そういった思考からは完全に解き放たれている。OGが持っているのは二つだけ、目の前のあの人に製品を届けたいという強い動機と使命、それを実現するために今すでに民主化されている技術を統合し(ブリコラージュし)、野性的にプロトタイプをつくり、それをきっかけに共に実現してくれる人々を巻き込んでいく活動である。現に、今のOGはハードウェアに関して、処理部分はRaspberry Piという拡張性の高い民生品のマイクロコンピュータを用いており、カメラやバッテリーなどもその生態系にあるものを用いている。造形部分は3Dプリンターで出力している。

ソフトウェアに関して、文字認識はGoogleが公開・共有している技術を、音声合成はAmazonの公開・共有している技術を組み合わせることで実現している。ある目的に応じて、有り物を組み合わせていくという態度によって、前述した現場での声に対して、基礎技術の研究開発のために地下に潜る時間をつくることなく、素早く対応することが可能である。今は、その組み合わせの対象が誰にでも公開・共有されているものになっているが、それに限定するものではない。基礎技術やそれに同等するものを有した組織との協働によって、それを共有してもらい統合することもありえ、現在そういったプロジェクトがすでに進行している。この態度の本質は、自分が持っている何かに固執することなく、求めているユーザーのために、今すでにあるもので最善を尽くし、オルタナティブな未来を迅速につくってしまうところにある。ユーザーを想って取り組んだ統合的作業において生まれた工夫、それ自体が結果的に誰かに真似ができない部分になる。以上の三つが、我々の旧来の福祉機器開発と異なる点である。

前述部分を導入に、我々の実践を下支えする「プロトタイプ」「コミュニティ」「ファシリテーション」について深掘りしていくことで、我々の実践や方法のユニークネス、その本質を紐解いていきたい。

まず、我々が大切にしている一つに、先ほども挙げた「プロトタイプ」が存在する。一般的に言われるプロトタイプとは、製品という完成品ではなく、その答えを導くにあたって、ある一部分を検証することを可能にする未完成品を指す。一方で、我々はプロトタイプを単なる検証だけの役割ではなく、そのプロトタイプによって人々が議論し、未来を想像し、行動する、その欲望を引き出すための役割を担っていると考えている。

現状のOGは、「眼鏡をかけると目の前の文字を音に変換できる」という本質部分の機能のみが実装され、それが安定的に動作するという条件を満たしている。この条件を満たしていると、普段、テクノロジーとの関わりが薄い視覚障害者や医療や福祉の現場の従事者が、実現可能性を踏まえながら、現場での知見を生かして、このOGをどう成長させていくべきかを言葉にすることができる。また、拡張性を持った設計思想の元に生まれているという条件を満たしていることで、技術を持った人々はこのプロトタイプを開発ツールとして自身が持っているアイデアを実装することができる。

次に、そのプロトタイプを起点に集まった人々の創造力を余すことなく発揮することを推し進める「コミュニティ」が重要になってくる。そしてそのコミュニティ自体が、OGが存在する未来社会の前身なのである。ここで、当事者や医療福祉従事者は製品開発への知見を与えてくれるとともに、完成した製品が本当に求めている人々にスムーズに届くサプライチェーンの構築や、適正な価格で届くように日常生活用具へ認定してもらえるような活動を共に実践してくれる。ここではOGが当たり前にある社会自体をボトムアップ的に自分たち自らの手でつくり上げているのである。

また、技術者たちもOGをテクノロジーによる知覚の拡張を民主化するツールとしてハックすることで、未来社会にありえるかもしれない人間の新たな知覚を自らの手でつくり確かめていく。ここで協働する技術者たちのハックは、製品としての基本的な性能向上に貢献することもあれば、OGが持っている未だ見ぬ可能性を探索する野生のR&Dとしての営みにもなる場合もある。とりわけ後者の取り組みにおいて、我々が予想し得ないものが生まれていく中で、視覚障害者はもちろんのこと、テクノロジーによって人類の知覚をいかに更新するかを草の根的に発明していく重要な機会となる。また同時に、それによって生じる社会的な問題に対しても自らの手を動かしながら考えるという意味でも重要な機会にもなる。

このコミュニティにおける我々の役割とは、そこに存在する人々の創造性を解き放つための「ファシリテーション」に徹することである。未来を想像し、恐れることなく、現場の人々と共に、未来を形にしてきた我々の知見を元に、コミュニティでの活動を加速させる関わりをしていく。また、挑戦する上で発生しうる問題を先んじて予見し、それを回避し、創造性を加速させるようなアーキテクチャを構築することも、我々の役割である。

以上のような実践を通じて、我々は未来を手触りのある形で提供している。この感覚は、従来の作り手と使い手が分断された社会ではありえなかった。また、その分断が著しい医療福祉の現場においては、それが原因となってイノベーションが阻害されてきた。

一方で、医療福祉の世界には障害者の力になりたいという強い気持ちを持った人々がたくさんいる。今一度、当事者、医療福祉従事者、開発者が一丸となって、我々が本当に求める社会、そこにある製品とはなんなのかを手触りのある未来を中心に議論し、想像し、実現していきたい。ぜひ本稿を読んで、少しでも自身と関係があると思った方は連絡してもらい、この活動の渦中に入ってもらいたい。また分野は異なるものの我々の活動に共感し、自らもそのような実践を行いたい方もぜひ連絡していただきたい。私でも役に立てることがあれば協力させていただきたい。そしてまずはこの医療福祉の世界から、新たなものづくりの在り方を体現していきたい。

(しまかげけいすけ 株式会社OTON GLASS代表取締役)