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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2018年3月号

列島縦断ネットワーキング【徳島】

徳島県立近代美術館のユニバーサル事業について

森芳功

だれもが楽しめる美術館づくり

近年、各地の美術館で、ユニバーサル・ミュージアムの活動が活発に進められています。意欲的な催しの様子を知り、眩しく感じつつも、徳島県立近代美術館が地域密着型で行なってきた取り組みもご紹介できたらと思います。

当館は四国の東端、徳島市にある郊外型の美術館です。20世紀美術の巨匠ピカソやクレーなどの人間表現、徳島ゆかりの作家の作品、そして現代版画のコレクションで知られています。

1990年の開館以来、来館者の方々が楽しく鑑賞できる方法を探し、試みを重ねてきました。今では、1、2歳の子どもから高齢者まで、さまざまな年齢層の見学案内を行なっています。保育所や学校、高齢者団体への出前授業も少なくありません。

当館におけるユニバーサル・ミュージアム事業は、そのような、だれもが美術鑑賞を楽しむ活動の延長線上で進めてきました。せっかく来館したのに楽しめない人がいたとすれば、美術館としてはとても残念です。それは、大人でも子どもでも、障がいのある人でも同じですので、それぞれの人がどうすれば楽しめるのか方法を模索してきたのです。

そうは言いつつも、障がいのある人と楽しむ活動を本格的に始めたのは、2011年度のことです。特別支援学校勤務の美術教員が人事異動で当館に移動してきたのをきっかけにして、美術館でそれまで積み重ねてきた鑑賞活動と、支援学校での経験や問題意識が結びついたのです。それから毎年、ユニバーサル・ミュージアムの活動の幅を広げてきました。

当事者の方からのアドバイス

どのような活動を行なってきたのか、簡単にご紹介しましょう。最初手探りで始めたのは、手話通訳付き展示解説でした。ある時、県の聴覚障害者福祉協会に特別展「〈遊ぶ〉シュルレアリスム」展(2013年)のポスターとチラシを持っていくと、「シュルレアリスムって何? 意味が分からない」と指摘されました。確かに、美術用語の手話は確立されていませんし、内容を説明するのも難しい。そこで、手話通訳者と相談し、比喩的表現を考えたり、補助的な資料を作ったりして、分かりやすく伝える工夫をして本番にのぞみました。

その翌年、水彩画家三宅克己の回顧展で、要約筆記を用いた展示解説を行なった時は、2台のタブレットをどのような位置に配置すると見やすいのか検討しています。展示解説とは、展示中の作品を見ながら解説を聞いたり、感想を交換したりする鑑賞の催しです。その時、文字を写すタブレットをどう用いるかは、利用者の意見を聞かないと分かりません。この時は「徳島県難聴者と支援者の会」の方などからご意見をいただきました。当たり前のこととは言え、このようにして当事者や関係する方々と相談しながら活動を進めてきたのです。

手話のできる人が集まる催しでは、「私はこう思う」「こう感じる」という意見のキャッチボールが活発に展開されます。気取りのない意見交換は美術鑑賞を楽しむ大事な要素ですが、そのような会の活気も参加者の皆さんとともにつくってきました。

当事者の方と一緒に

視覚障がい者の方々が参加する活動もそうで、彫刻を触って鑑賞する催しや絵画の形が分かる触察図を使った、交流を楽しむ案内を重ねています。さらに、徳島県出身の現代美術家・岩野勝人(いわのまさひと)さんと「てさぐり彫刻」のワークショップを行い、2015年には、西日本で初となる「視覚障害者とつくる美術鑑賞ワークショップ」の皆さんを招いた催しも開催しました。特別支援学校・学級と連携してきたのは言うまでもありません。

そして、県内の視覚障がい者のグループ「戸部さんの会」の参加と協力により、対話を楽しむ鑑賞が根を張るようにして広がっています。メンバーの方々は、視覚障がい者対象の催しだけでなく、一般の展示解説に参加し、グループで展覧会見学にも来てくださいます。対応する学芸員にとっても、今まで聞けなかった感想や新鮮な反応に接することができる大切な時間となっています。しかもグループのなかから、線描で絵を描き、その線を浮き上がらせたものに触って交流する新しい催しも生まれました。アートイベントサポーターという、ボランティアの活動に参加し、特別展ごとに相談しながら触察図を作る活動に加わっている方もいらっしゃいます。

交流を広げる

「戸部さんの会」の代表の方は、よく美術館に来てくださいます。先日もご夫婦で来館され、「まだ見ていないものがある」と長い時間見学をされていました。対話によってご夫妻でコミュニケーションを楽しんでおられるのです。そのお姿は、すてきな鑑賞者の一人であり、力強い美術館の応援団に思えます。

徳島県聴覚障害者福祉協会理事長の平光江(ひらみつえ)さんも、そのような応援団のお一人です。会員の皆さんに催しを勧めてくださるのはもちろん、2017年度から進めている手話ビデオへの出演など、パワフルに活動を支援していただいています。手話ビデオは、一方的な作品解説ではなく、素直に感想を出したり質問したりする作品鑑賞の楽しみ方を伝える内容になっています。学芸員も手話で登場するこのビデオは、当館ホームページにアップしていますのでぜひご覧ください。鑑賞と交流の楽しみをもっと広げていけるよう、これからも手話ビデオを作成し、順次公開していく予定です。

活動を重ねていると、参加しつつ応援してくださる方々が増えてきます。関東から年に何度も参加する熱心な方がいるほどなのです。そしてその中から、障がいの違い、障がいのあるなしを超えて鑑賞を楽しむ活動が生まれました。手話通訳を通して、聞こえない人、見えない人と障がいのない人が感想を交流できるようになり、その経験が制作のワークショップなど、どなたでも参加できる催しに活(い)かされています。館内のサイン改善でご意見を聞く場にも参加してもらっています。

もっと幅の広い人と楽しむ

当館の活動は、その他、外国人、高齢者、保育所の幼児などへ広がっています。保育士さんと協力しながら、幼児に対する展覧会やベビーカーアワーといって、小さな子どもさんを連れたパパ・ママを対象とした催しも試みています。

この数年の間に、ユニバーサル・ミュージアムのシンポジウムなど、全国から参加者を集めた催しも行なってきましたが、当館で育まれてきたものを考えると、これまで以上に地道な活動を進める必要があると考えています。今年度はヒアリング・ループ(磁気ループ)を講座やワークショップ等で用い始め、立体コピー機を導入することで、展覧会場の見取り図など、触る資料もいろいろと用意できるようになりました。今後は、そのような機器も使いつつ、今まで美術館に足が向かなかった人、聴覚や視覚以外のハンディのある人を含めた多様な人が集い楽しめる美術館となるよう、チャレンジしていければと思っています。

(もりよしのり 徳島県立近代美術館企画交流室長)